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吐息は甘くして

作者: もずく

今日も私は嘘をつく。

 

 彼の胸で抱き締められながら囁かれた言葉に気持ちよかったよって。大好きだよって。

 

 今日も私は嘘をつく。

 

 一晩二万円で人間の尊厳を売り払って、灰色の吐息を洩らす。前戯もろくにしなかったせいか下腹部に違和感と痛みを隠して。甘い声でおねだりする。

 

 今日も私は嘘をつく。

 

 DV のあとの彼の優しい言葉にすがり付くように謝る。

 

 でも私、知ってるよ。

 

 DV の彼は私を独占したいだけだって。

 ファッションのように、ブランドのように私を纏いたいだけなんだって。私から借りたお金も帰ってこないの知ってるよ。

 

 私知ってるよ。

 

 あの一晩がなければ私は私を愛せていたことを。

 

 私知ってるよ。

 

 ベッドの中での愛の告白も、もう君しかいないんだって誠実な言葉も、たくさんの人に使い慣れた戯れ言だってことを。

 

 私は決して美人じゃない。だから私を愛してくれる人は他の人にも愛を囁くことを知っている。

 いくら君しかいないなんて言われても、例えそれが真実の愛だとしても、私は誰も信じられない。

 

 初恋だった年上の彼に溺れた私はもう彼のことしか見えなくなって、携帯の履歴も、不自然に首筋に貼ってある絆創膏も、奇妙なほど自然な愛の言葉も、全部気にしなかった、気づかなかった、気にしない振りをしてた。それでも好きだよって言ってくれるだけでよかった。

 彼から告げられたあの言葉。重い、キモい、遊びだった、目障りになった。その一言一言で私の心は灰になる。

 

 でも。

 

 彼は知っている。

 

 私にたくさんの言えない過去があることを。

 

 彼は知っている。

 

 私が彼のことをそんなに好きじゃないことを。

 

 彼は知っている。

 

 私がどうしようもなく軽薄で価値がない人間なことを。

 

 それなのに彼はなにも聞かない、探らない。

 薄汚れて、醜くて、真っ黒な私の心を抱き締めて今の私がどうしようもなく綺麗だと囁く。

 

 長い前髪に隠された眠たげな二重の瞳、少し潰れた鼻。あんまりタイプじゃないけど笑うとちょっと可愛くて。

 囁かれた耳が熱くなって、撫でられた腰がもどかしくって。その唇で愛されると力が入らなくなって。

 なにも聞かれない関係が心地よくて。

 このままじゃダメだってわかってるけど。

 

 そんな考えも甘い吐息と一緒に夜に消える。

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