イタリア6日目ーミラノオペラー
ホテルケネディで朝食
今までホテルの朝食はどれも豪華だったけど、今回は若干グレードが低い。何しろ二人で4€だ。コーヒーとパンが2つ付く。2€なら安いけど、それまでのハッピー朝食に比べたらしょぼいものがある。でも、今回は朝食にスペシャルメニューが加わっている。
日本から持ってきた「あさげ」を朝食に食べたのだ。これが素晴らしく良かった。
味噌汁の旨味が五臓六腑に染み渡る。
今まで味噌汁を心から味わって食べたことなんてなかった気がする。こうして飲んでみると、味噌汁の旨さがよく分かる。日本に帰ったら味噌汁と白米と納豆が食べたい。
そんなことを思った。
スカラ座でチケットを買おう
今日の目的は一つ。スカラ座でオペラを見ることである。
イタリア語のオペラなんて、はっきり言ってさっぱり分からない。物語に感動するために行くのではなく、単に話の種に行く感じだ。一度ちゃんとしたモノを見たいと思っていたのだ。悪くないかもしれない。映画で見るような壮大な劇場に一度行ってみたかった。
ただこのオペラ鑑賞が曲者で、一日がかかりの観光になった。苦労はしたけど、得たものは大きい。楽しい。最高の時間だった。
ホテルを出たのは9時くらいだ。とりあえず僕らは歩いてスカラ座を目指した。
ミラノ中央駅から南西の方角につらつらと歩きまわる。途中のBARに何度か立ち寄り、カフェラテを飲んだりしていた。本屋を見つけたら気ままに入店した。海洋関係専門の本屋で、店内には本だけじゃなく、絵やキーホルダーなどの小物も多数売っていた。僕はそこでかっこいい絵葉書を二枚くらい買った。
なぜか絵葉書ばかり買っている気がする。
かさばらない土産物として、絵葉書は丁度いいのだ。
歩きまわって、ようやくスカラ座近くのドゥオーモ広場に到着する。
ドゥオーモ広場からは壮大な宮殿が見えて、観光客でごった返していた。宮殿の名前はよく分からない。後で調べてみようと思う。そのまんまでドゥオーモ宮殿だろうか。その手の施設には随分入っていたし、僕としてもあまり興味もなかったので、スルーした。もちろん写真は撮った。人が多いドゥオーモ広場だけど、ベネチアのサン・マルコ広場で感じたような違和感は不思議となかった。ここがまだ街だからだろう。
街の延長線上にあったから、素直に受け取ることが出来たのかもしれない。
ドゥオーモ広場の宮殿を正面に見て左手側にショッピングモールがある。このモールがかっこいい。イタリア伝統の30メートル超の天井でガラス張り。柱には彫刻が施されており、超雄大。
世界各国のブランドが店を構えており、通りを歩くだけで楽しい。おかしいな。ベネチアも似たような雰囲気なのに、どうしてこっちはよくてあっちはダメなのだろう。僕も僕の感性がよく分からない。
モールを過ぎて少し歩くとスカラ座がある。
チケットの買い方が実にややこしい。
僕らは近くに居た老夫婦にチケットの買い方を尋ねた。
何度もスカラ座に足を運んでいるであろう老夫婦は、親切に教えてくれた。
それによると、チケットの買い方は以下の通りだ。
1.整理券の番号を聞く(整理番号を受け取る権利をやろう!)
↓
2.整理券を受け取る(チケットを買う権利をやろう!)
↓
3.チケットを購入(仕方ないから買わせてやる!)
↓
4.チケットで入場&開演
このように書くと簡単だけど、問題は時間だ。1は13時から。整理券の番号だけ聞く。2はそれから3時間くらいに空く。さらに一時間後に3。そこから2時間後に入場になる。確実チケットをゲットするには午前中から並ばないといけないし、1〜4まで大幅に時間があるのでその辺で暇をつぶさないといけない。
マジでめんどくさい。
まず、僕らは13時に教えられるチケット番号をスカラ座の側面にある道で列を作って受け取る。僕らがスカラ座に着いたのは11時過ぎくらいだったので、2時間くらい待つはめになった。しかしもう何人か行列が出来ていた。とんでもない施設である。
演目はマクベス
ただ、少しイイことがあった。何とこの日の演目はシェイクスピアの「マクベス」だったのだ。
スカラ座前のポスターを見て驚いた。まさかイタリアに来て知っている劇を見ることが出来るなんて!知ってると言っても、ちゃんと読んだ訳じゃないし、劇を見たこともない。何となくあらすじを知っているだけだ。
だから、僕は待っている時間でマクベスを全部読んでしまおうと思った。
幸いKindleを持っていたので、Wi-Fi経由でネットに接続してAmazonでマクベスの新訳を買う。この新訳はハムレットでも読んでおり、とても分かりやすくそれでいてシェイクスピアのかっちょいいセリフの雰囲気があるので気に入っている。
僕はもくもくとマクベスを読みながら整理券の番号告知を待つ。行列でしっかり待つのは日本人だけかと思ったけど、イタリア人もちゃんと待つみたいだ。そりゃそうか。
しばらく待っていたら、整理券の番号の告知が始まった。ぞろぞろと並んだ人たちに整理券番号を教えていく。この段階では、整理券の番号しか言われない。僕は44番だった。
クワンタクワットロ。
このとき免許証とクレジットカードの番号で身分確認。
身分確認があるから随分と時間がかかる。
1時間くらいかかってようやく番号をゲット。番号が分かっただけである。整理券の配布は4時半からだ。
迷惑極まりない。最初から整理券を配って欲しい。
時間が空いたので、一度ホテルの部屋に戻ってメモを書いた。
それから再びドゥオーモ広場に行く。このときの移動は電車だ。ちょうどいい所に駅があった。
4時半になったら整理券を受け取り、その後に整理券を持ってチケット売り場でチケットを買う。
それでようやくチケットをゲットできた。長い道のりである。どんだけー!!
絶対に整理券の番号だけ教えるところいらないと思うんだよな。整理券をもらうとき、係の人が番号を読み上げて、それに返事をしないと整理券はもらえない。
読み上げる言語はイタリア語だ。クワンタクワットロ。
僕はスマホでイタリア語の数え方を調べて、読み上げられる数字を確認しながら待つ。
係の人の頭がおかしいのか、読み上げる数字が英語だったりイタリア語だったりする。順番に読んでいたかと思えば数字が飛んだりする。本当に勘弁して欲しかった。クワンタクワットロが呼ばれた時、再び身分証を提示。マジでめんどくさい。
普通に窓口で一括販売したほうが良くないですか?映画館みたいに。
まあ何はともあれチケットをゲットできた。チケットがあれば気楽なもので、軽やかな気分で開演するまで正面入口でマクベスを読んでいた。正面入口には身なりがやけに整っている人がぞくぞくとやってくる。イタリアの上流階級かもしれない。そうそう、チケットを貰ってから少し時間があったから、売店でオペラグッズを買ったりした。ポスターとか、スカラ座の説明冊子とか。マクベスを見るのだ。
テンションあがってきた。
スカラ座へ入場
しばらく正面入口で待っていると入場時間になった。Kindleのマクベスは半分くらいしか読めなかった。
ちなみに正面入口は一等席の人の入り口で、僕らは5階席なので違う入り口だった。テンションが上がっていたので、スカラ座前で変なポーズの写真を撮って恥をかいてしまった。自業自得である。
スカラ座に入場すると、階段をのぼるときにすでに「オーラ」みたいなものを感じた。階段の壁にかけてあるポスターからは歴史の重みを感じる。階段を一段ずつ登るたびにテンションが上がる。
そして係の人間にチケットを見せて入場。
輝くステージで、また会える。
そんな言葉を思い出す。
完全に映画で見るような、ありとあらゆる物語でモデルとなるような赤と金の豪華絢爛な劇場が広がっていた。
イタリアは何度も僕を驚かせる。二次元世界で見てきた舞台が、何度も僕の目の前に出現する。
僕らは席につくと「すごい!」と連呼しながら写真を撮っていた。
物語の舞台を見ている。そこでマクベスが演じられるのだ。
僕が席でマクベスを読んでいると、前に座っていた品のいい老婆が話しかけてきて、写真を撮ってくれと言ってきた。もちろん僕は快く了承する。
Nは日本人のカップルの写真を撮ってあげていた。わざわざカップルのところまで行って「写真撮りましょうか」と言っていた。結構なことである。
マクベス開演
しばらくするとオペラが始まった。
演奏にまず圧倒され、声に圧倒される。イタリア語だから何を言っているのかは分からないけど、音と舞台の様子でなんとなく察しながら見ていた。
よく分からないけど、なぜか圧倒される。生演奏と、生声の迫力だ。これでもっと近くで役者の表情を見ながら鑑賞できたら最高だろうな。あと言語が分かれば尚良い。
そんなこんなで眺めているうちに第一幕が終わった。マクベスが王を暗殺したところで終わった。
オペラは休憩が入る。僕とNは休憩の間に煙草でも吸おうと外に出た。しかし中に喫煙所はない。しばらく探して戻ると、扉に鍵がかかっていた。中に入れない。な、なんてことだ。
唯一鍵がないところに入り、そこから眺めた。遠い上に人が多くてよく見えない。困った。次の休憩時間に速攻で戻った。
僕らが戻ってしばらくしてから、イタリア人が僕に声をかけてきた。何かと思ったら、チケット購入のときに購入方法を教えてもらった夫婦だった。奥さんが日本人で、旦那がイタリア人。二人としばらく話していた。その節はお世話になりました。みたいな。
そのあとである。僕らが日本語で話していると、僕の前に座っていた品のいい老婆が「日本からいらしたんですか?」と綺麗な日本語で訊いてきた。
そうです。
僕らは応える。
そこからどういう流れになったのか覚えてないけど、品のいい老婆と仲良くなり、何とアドレスまで教えてもらった。アメリカのニュージャージーに住んでいるらしく、もしアメリカに来ることがあったら寄ってくれと言う。
「あなた方は信用できそうだから」
そう言っていた。日本でわけもなく職質を受けること3回になる僕が、珍しく信用された!
老婆は日本生まれで、アメリカやヨーロッパを転々としていたらしい。今は孫が20人以上いるとか。
とても良い歳の取り方をしている女性だなと思った。柔らかい物腰で、上品でありながら、人生の酸いも甘い分かっているような、見通しているような雰囲気だった。
彼女は色々な若者を世話しているみたいだ。何者なのだろう。偉大な人間であることは間違いない。
福祉の仕事をしているけど、翻訳の仕事もやっているのだとか。55歳で博士の資格も取ったらしい。
そんなすごい人から、「自宅に来てもいい」と言われてしまった。これはいつか行くしかないでしょと思った。
まあとにかく、素晴らしい出会いだった。チケット売り場で世話になった夫婦もそうだけど、人との出会いが面白い。もちろんミコルやミラノのホテルのアンナもだ。
世の中おもしろいことで満ちている。旅にはいい人間がたくさんいる。
そう思った。
マクベス終演
オペラが終わり、僕らは老婆に丁重に挨拶して別れた。そのあと人の減ったスカラ座で何枚か写真撮影をした。スカラ座を出るとすっかり遅くなっていた。僕らは一服して、この旅を軽く振り返る。
「すごく濃い」Nがイタリア旅行を振り返って言った。
「濃すぎるでしょ」僕は応えた。
ここまでの旅について、僕らは濃いと表現した。
たった6日だけど、毎日想定してないイベントが起こる。
それがとても楽しかった。
帰りにマクドナルドでハンバーガーのセットを買って、地下鉄に乗って帰った。
ホテルに戻り、マクドナルドを食べて、しばらくしたら眠った。
マクベスの続きを読みながら、一瞬で意識が闇に落ちていった。