イタリア3日目ー国境の町トリエステー
トリエステの朝
未明から降り始めた雨はまだ止まない。
4時に起きた僕は、とりあえずメモを書いていた。
トリエステ。
書くほどが山ほどあった。見るもの聞くもの全てが新しく、興味深い。
結局朝食の時間まで書き続けて、6000文字ほど書いていたと思う。
トリエステ。
夜が明ける。まだ一日は始まったばかり。Nが起きてきた。トリエステの強い風が、窓をガタガタと揺らす。
文学の街トリエステの朝が始まる。
エスプレッソ苦い
とりあえず、朝食を食べる。当たり前のことだけど、朝食はいつも洋風である。パンとかハムとか、ヨーグルトとか。しかし何だかんだで和食を食べたい瞬間が訪れる。僕らは日本から持ってきた「あさげ」を食卓に持っていく。お湯があればそれで飲もうと思っていた。しかし残念ながらお湯がない。最初のホテルではお湯あったんだけどな。結局この日もやたらとうまいパンを食べて、エスプレッソを飲んだ。エスプレッソはクソ苦い。エスプレッソについては、荒木飛呂彦が「最初はクソ苦いと思っていたけど、そのうち食後はこれじゃないとってなった」と言っていたけど、僕には今のところただのくっそ苦いコーヒーである。僕は普段からコーヒーを飲む人間じゃないのだ。緑茶とか紅茶ばかり飲んでいる。うう、ちょっとしかないのになかなか飲めない。
ようやく観光だ!
食事の後は部屋に戻り、観光の準備だ。イタリアに来て三日目。ようやくちゃんとした「観光」が出来る。よくよく考えたら、イタリアに着いてから歩き回っていただけでいわゆる「観光」を全くしてない。歩きまわるだけで楽しいからそれはそれで問題ないんだけど。
とにかく、今日は丸一日トリエステに居るので、遊びまわることが出来るだろう。スーツケースを持たずに身軽に歩き回れるのもうれしい。僕はスーツケースに荷物を詰め込んでを部屋の隅にどけた。グレゴリーのデイパックを背負い、いざ文学の街トリエステへ!細かい雨が叩きつけるように降っている。これから始まる波瀾万丈の観光を暗示するかのようである。
今日の行動のアウトラインを書いておこう。
僕らが訪れた主な場所は以下のとおりだ。
ウニタディタリア広場
鉄道博物館
ジム
カフェ・トンマセオ
レヴォルテッラ美術館
ミラマーレ城
サン・ジェスト聖堂
ウニタディタリア広場と鉄道博物館
ホテルから出て、とりあえず行こうと思っていたのは、トリエステ駅から南の方角にある鉄道博物館だ。
大宮にもあるけど、トリエステはどうなんだろう。ヨーロッパの鉄道技術を見ておきたいと思った。
もちろん、鉄道事業従事者としての使命感からではなく、単に一番南にあったから、そこから北上すればいい感じに見て回れるからだ。
天気は最高に悪い。ウィキペディアによると、トリエステの3月の平均気温は12℃だという話だけど、今日の最低気温は1℃、最高気温は2℃である。とんでもない日に来てしまったみたいだ。気温も低い上に、風も強い。
トリエステはボーラと呼ばれる強風が吹くことで有名で、その風速はしばしば40m/sに達する。トリエステの路地の隅々までこのボーラが吹き荒れている。この風に乗って叩きつけられる雨は回避不能の散弾銃のような威力であり、顔に当たると普通に痛い。地面も冷たく凍っている部分があり、排水口の蓋などは恐るべきスリップトラップになっている。歩きまわるには最悪の状態である。日本にいたら間違いなく引きこもってゲームでもしている。しかしイタリアに来てまで丸一日ドラクエ7をやっているわけにもいかない(持って来ていた)。
雨にも負けず、風にも負けず、僕らは南下して鉄道博物館を目指した。
その道すがら、とても広くて美しい広場に出た。ウニタディタリア広場だ。
まるで映画のような、絵画のような、美しく開放的な広場である。
ここはトリエステを歩き回っているうちにに何度か通りかかり、その度に癒されていた。いいなぁ。
200平方メートルくらいある広場の中央にどでかい石像がある。広場はコの字型に壮麗なイタリア建築物に囲まれて、開放部からはアドリア海が一望出来る。超美しい。晴れていたらもっと最高だっただろう。
鉄道博物館に行くまでに2回くらいBARに行った。こっちのBARは、酒を飲む所っていうより、日本のカフェに近い感覚である。風雨があまりにもひどいので、避難するように、ことあるごとにBARに入った。
グーグルマップを確認しつつ、BARではまたエスプレッソを飲んだ。何度飲んでもクソ苦い。だったら頼まなければいいじゃんと思うかもしれない。でも、カフェの店員さんにコーヒーを頼んだら、「エスプレッソ?」と言うから、思わず「yeah!」と言ってしまう。アホだ。英語が喋れないってつらい。
そんなこんなで、鉄道博物館に着いたのはいいんだけど、何と開いてなかった。建物もボロボロだったし、普段営業しているかも定かじゃない。大丈夫なのか。
扉の前に張り紙があり、「土曜日と日曜日と水曜日は休み」みたいなことがイタリア語で書いてあった。さすがイタリア。よく休んでいるみたいで大変結構である。
でも今日は月曜日だぞ。
ジム
鉄道博物館の近くには灯台があり、灯台の手前にあるジムに入った。地元トリエステの人が温水プールで泳いでいた。雨に打たれた僕らはそこに避難した。ジムでもう一度次の行き先を確認して、出発する。びしょ濡れの怪しげな東洋人を見て、彼らは何を思っただろう。
レヴォルテッラ美術館
次に目指したのはレヴォルテッラ美術館だ。
実業家レヴォルテッラ男爵の邸宅だ。内装が豪華絢爛で、ロココ調時代のようなキラキラ邸宅である。地球の歩き方イタリア編に載っていた書斎の写真があまりにもかっちょいいから行くことにした。
レヴォルテッラ博物館には1時間くらい居たのだろうか。大人二人で10€くらいだったと思う。
受付で鍵をもらい、荷物を預けて5階から順々にイタリア美術を見て回った。写真撮影がオッケーだったので、写真も撮った。
どうでもいいけど、警備員みたいな人がずっと僕に付いてくる。
日本だと自転車に乗っているだけで警察に呼び止められて職質を受けるくらい胡散臭い僕だけど、何なんだ。
外人から見ても胡散臭いのか。欧米人はアジア人の顔を区別出来ないんじゃないのか。
胡散臭い奴は分かるってか!クソ!僕くらい善良な市民はいないって!
英語がしゃべれたら、話しかけて警戒心を解けるのに、それもままならない。5階のフロアにいる間、警備員はさりげなくずーーーっと着いてきていた。クソ!英語がしゃべれたら!
僕は絵画鑑賞がよく分からない。だから、見るときは想像することにしている。絵を見たら、これはどんな場面なんだろう。悲しそうな表情をしている女の子は何を思っているんだろう。影から見ている男は彼女のパトロンだろうか。彼女は情婦なのだろうか。そんなことを考える。ぐへへ(ゲス顔)。
イタリアには人魚伝説があるらしいというのも分かった。絵のところどころに、下半身が魚の人間が居る。人間の夫婦が、下半身魚の赤ちゃんを抱いている彫像もあった。成人の夫婦の足は普通の人間だけど、足にうろこ状の文様が刻まれている。最初は人魚として生まれ、徐々に人間に成るということだろうか。説明文を読みたいところだけど、当然全てイタリア語である。さっぱり分からない。
美術館を見て回っているときは、Nとは別々に好きなペースで動いていた。合流した時、一緒に絵を見ていたら、イタリアの老婆が英語で絵や彫像の説明をしてくれた。これは奴隷解放宣言のときの彫像だよ。この絵は〜だよ。みたいな。あまり分からないけど、とても親切だ。イタリア人はみんなこうなのか? 親切過ぎるだろ。そんなこんなで、芸術鑑賞は終わり、一階に戻ってきた。
一階には売店があったので、ポストカードとA4サイズのポスターを買った。
イタリアでは支払の時、「1セントないか?」みたいな事をよく言われる。日本で570円のモノを買って、1000円札を出したら70円ないか?と言われるみたいなものだ。どうやらイタリアではお釣り用の小銭をあまり用意していないみたいなのだ。何度か同じ場面に遭遇した。僕もあまり小銭を持ってないので、「ないよ」と言うと、美術館の職員はレジを立って、どこかに行き、五分後くらいに戻ってきて僕にお釣りを渡してくれた。グラッツェ。大変だな。
カフェ・トンマセオ
美術館を出た頃にはお昼過ぎになっていたので、どこかで飯を食おうって話になった。でも、あまり探しまわる気がしない。相変わらず小雨が散弾銃のごとく僕らを襲ってくるのだ。
結局、北上していく途上にある適当な店に入ろうってことになった。とりあえずイタリアに来たんだから、パスタは食べたいよねってことで、パスタのありそうな店にした。
そこで入ったのがカフェ・トンマセオである。白亜の彫り物がある落ち着いた店内に、イタリア人が何人も座っていた。店には活気があり、地元民にも人気であることが伺える。あとで知った話だけど、こここそが、トリエステの観光ガイドに書いてあった歴史あるカフェの一番手カフェ・トンマセオなのだ。何気なく入って、すごいところに来てしまった。
いかにも出来るウェイトレス!って感じの巨乳トリエステ美女に促され席に通される。そこでメニューを見て、パスタがあることを確認。大きく書いてあるメニューはイタリア語だけど、二段目は英語だから何とか分かる。会話はままならないけど、読むだけなら何とかなるのだ。
メニューが決まり、店員に呼びかける。しかし店員は忙しいのかなかなか気づかない。近くに座っていたイタリア老婆が気遣ってくれて、一緒に店員に呼びかけてくれた。どうもこの旅はイタリア老婆に世話になることが多い。結局店員は気づかなくて、Nが直接呼びに行った。
パスタは最高においしかった。麺が違うのかな。絶妙な茹で加減である。頼んだのはボンゴレビアンコ。超うまい!
食事をしている最中、さっき一緒に店員を呼んでくれたイタリア老婆の席に、何人かの若い男が集まって挨拶をしていた。何を言っているのかはさっぱり分からないけど、男たちの態度と、老婆の物腰から、どうもこの老婆はこの辺の顔役みたいな雰囲気がある。結構すごい人なのかもしれない。
支払いを終えて、店を出るとき、老婆とすれ違った。グラッツェ。そう言うと、老婆はにっこり笑った。もしかして、この店のオーナーだったりするのかもしれない。イタリア老婆おそるべし。
ミラマーレ城
次に目指したのはミラマーレ城だ。
トリエステ駅前からは少し離れていたので、バスに乗って北上する。
食事をしたあと、インフォメーションセンターに行って、バスチケットの売り場を教えてもらった。バスチケットは雑貨屋みたいなところで売っていた。なぜ雑貨屋なのか。イタリアだとチケットをまとめて買って、どこか出かけるときに使うのかもしれない。イタリアは鉄道もそうだけど、時間単位でチケットを買うから、そういう使い方でもいいのだろう。距離単位の日本とは違う。僕らはそんなに時間はかからないだろうと思って、一時間チケットを買った。
6番乗り場に行け!
そう言われたので、駅前の六番乗り場に行った。問題なくバスは来て、乗り込むことは出来た。
しかし向かう場所がおかしい。東に走っている。ミラマーレ城は北だ。おまけに途中でバスがUターンして終点になってしまった。この頃には雨は雪になっており、道路にも積もり始めていた。雪のため運転中止なのか。ともかく、一度戻らないといけない。バスから降りると、とりあえずBARに入り、コーラを飲みながらもう一度ミラマーレ城の行き方を確認する。コーラは2,2€だった。高い。
もう一度駅前に戻ってきたのはいいけど、どうもミラマーレ行きのバスが出てないみたいだった。
仕方ないので僕らは歩いてミラマーレ城を目指した。北に6Km。歩けなくはないけど、歩きたくはない距離だ。
まあ仕方ない。途中でバスが通ったら乗せてもらおう。イタリアのバスって割りとそんな融通が効きそうなのだ。
先ほど僕らがバスに乗っている間も、出発直前に乗客が駆け込んできて、バスの運転手はそれを見て一度閉めた扉を開けていた。乗ってきた乗客は「グラッツェ」と言う。まあ開けないときもあったけど。対応の違いがよく分からない。
ともかく、僕らは北上してミラマーレ城へ。バスが全然通らないので、ヒッチハイクで行こうかとも思ったけど、Nが危険だと言う。実際僕はヒッチハイク用にノートに「TO Miramare」に書いていた。書いた瞬間にバスが来たので使うことはなかった。
調べてみると、ヒッチハイクは危険な行為であることは間違いない。アメリカでもヒッチハイカーがよく死んでいるらしい。どうも平和ぼけしている。
バスはミラマーレ城の近くに降りた。
しかし、様子がおかしい。海岸沿いの道だけど、ミラマーレ城はもっと崖っぷちにあるのだ。そこへ行く道のりがない。二人で海岸までの道を探す。
しばらく歩くと、海岸方面にいかにも怪しげな門扉があった。門の前で20代と思われるイタリア人の女の子が居て、扉を明けようと押したり引いたりしていた。僕らも彼女のアトに扉を開けようとするが、当然開かない。
どうしよう。
そう思っていたら、イタリア人の女の子が話しかけてきた。彼女の名前はニコル。僕らのミラマーレ城観光の旅に現れた新しい仲間である。RPGで言うゲストキャラ。僕はわくわくしていた。異国の地で、風雨が吹き荒れる中、ミラマーレ城に行く方法を探して、一人で途方に暮れているニコル。こんな雨の中、たった一人で何をしているんだろう。何者なんだろう。物語の出会いのように、劇的な何かを感じた。
僕らのROAD TO MIRAMAREにニコルが一緒に行くのは自然な流れだった。どうしよう。あっちに行ってみようか。こっちだろうか。そんなことを話しながら、一緒にミラマーレ城を目指す。
僕らが見つけたのはおよそ観光客が通らないような脇道である。海岸沿いにあるミラマーレ城だけど、逆に山側の山道に入って、上から道路を越えて行こうってルートだ。一応人が通れる道だけど、草木が生い茂り、道に枝が垂れ下がっている。とても普通の観光客が使うルートではない。僕ら3人は、ちょっとずつ話しながら、獣道みたいなルート進んだ。ニコルはイタリアのチェザーレ在住。中田英寿は知らない。キリスト教徒ではないし、キリスト教は大嫌いだと言う。
観光でトリエステに来たそうだ。以前ヴェネチアにも行って、とても良かったとのこと。イタリア人だけどラファエロを知らない。学生である。
もちろん僕らの身分も明かす。日本人で、鉄道の仕事をしていること。イタリア最高!ってことも伝えた。まあほとんど喋っていたのはNで、僕は名前を言ったり、どこから来たのか聞いたくらいだ。
今日この時ほど英語をしゃべれなくて悔しいと思ったことはない。英語がぺらぺらだったらと思わずにはいられない。
僕らが歩いた道は途中通行禁止になっていたけど、構わず進んだ。そしてしばらく歩いたら「この先ミラマーレ」という看板が出てきた。3人で「イエイ!」と手を叩き合う。スマホのナビで位置を確認しながら歩いて行くと、見事にミラマーレ城に到着した。ちょっとした冒険だった。
ミラマーレ城は美しい、断崖絶壁に立つ城だ。中は美術館になっており、これまた見どころがたくさんある。だけど、僕はニコルのことが気になって仕方なかった。何かしゃべりたい。英語が使えたら。そればかり思っていた。
僕は結局ほとんどしゃべることが出来ない。僕はあまりニコルと同じペースにならないようにゆっくり見ていたけど、いつの間にかニコルと同じ部屋に居ることが多くなった。大きなグランドピアノが出てきたとき、僕はニコルを促して、ちょうど執事が主人に食事を進めるように手を出したら、ニコルはピアノは弾けないの、と言った。僕は昔やってたかから、少し弾けるよ。と言った。なぜ見栄を張るのか。
結局ろくにしゃべれないまま、僕らはミラマーレ城を出た。城を出たあと、他の観光客に頼んで三人並んだ写真を撮ってもらった。いい思い出になった。
バス停まで歩きながら、3人でふざけあっていた。海岸沿いになぜかむき出しのシャワールームがあって、そこでタイタニックみたいに手を広げて海を見た。乗ってきてはくれなかったけど、結構うけていた。ほどなくしてバスが来た。3人で乗って、僕ら二人は駅前で降りた。
「have a nice travel!」そう言って、僕らはニコルと別れた。
まるで物語のようだった。偶然の出会い。冒険を経て、力を合わせて目的地に着く。そこで距離を縮めようとして、結局縮められなくて、そのまま別れる。
彼女の目的ってホント謎なんだよな。どうして雪の降るトリエステに一人であんな城に来たのか。僕は自殺でもするんじゃないかと心配だった。
きっと本当に物語の主人公なら、ちゃんとミラマーレ城で心の距離を縮めて、彼女の秘密を理解して、世界の危機を救うのだろう(中二病)。
サン・ジェスト聖堂
駅前に戻ってきた僕らは、次にサン・ジェスト聖堂を目指した。雪はほとんど止んでいたけど、風は相変わらず強い。そのうえ雪の降った地面が凍ってとても危険な状態になっていた。
サン・ジェスト聖堂は駅前から南東方向に進んだ高台の上にある。行くには坂道を登らないといけないんだけど、石畳の坂道は凍りついてつるつる滑る。僕とNは何度も転びそうになりながらサン・ジェスト大聖堂を目指した。
サン・ジェスト大聖堂に着く頃にはもう夕暮れ時だった。駅前に戻った時に17時半くらいで、サン・ジェスト大聖堂に着いたのは18時過ぎだから、暗くなり始めたところだろうか。
サン・ジェスト聖堂は外観からすでに「やばい」オーラを放っている。
何がやばいって、その威厳だ。僕の胸は自然と高鳴る。
そして中に入って、息を飲んだ。
そこは聖堂だった。その荘厳さにため息が出る。高い天井、正面に描かれた宗教画。信者たちが座る使い古された椅子。わずかな灯りに浮かび上がる壁面の神の姿。
サン・ジェスト聖堂の歴史は知らない。キリスト教にも興味はない。僕の宗教観は、近代日本に生きる典型的な日本人だ。要するに興味がない。
でも、入った瞬間に、神はいるのかもしれないと思ってしまうほど、サン・ジェスト聖堂には神性とでも言うべき異質な空気があった。
僕らの他に誰もいないのがまた良かった。誰もいない聖堂に僕らのコツンコツンという足音だけがこだまする。息をするのも忘れるくらい、聖堂内の空気に酔った。
聖堂の荘厳さにくらくらしながら、僕は頭の冷静な部分で、これが神なのかもしれないなと思った。
壮大な演出と、圧倒的な美。美の演出こそが神を作り、人を信じさせるに至ったのだと思う。
もし僕がトリエステ生まれで、毎日聖書を読んでその世界に思いを馳せて、日曜日にサン・ジェスト大聖堂でお祈りをしていたとしたら、きっと神の存在を信じていたと思う。聖堂とは、聖書という一つの物語を現実にする試みなのだろうなと思った。現代のオタクが美少女キャラのポスターを飾り、聖地を巡るのと本質的には同じなのではないか。そんな不遜な考えが浮かぶ。とにかく素晴らしい美しさだった。
ピッツァリアで夕食
サン・ジェスト大聖堂を後にした僕らは高台の銅像の上で記念写真を撮影して、帰路に着いた。
19時を過ぎており、そろそろ夕食時だった。カフェトンマセオにまた行きたかったけど、お腹が空いて死にそうだったので、近場のピッツァリアに入った。ピッツァリアって何度も目にする文字だけど、イタリアのピザ屋チェーンなのかもしれない。
店内は日本の大衆食堂のような雰囲気。僕らは席につくとメニューを見てパスタを注文する。僕はペペロンチーノを頼んだ。やたら辛いけど、とてもうまい。パスタだけじゃなくてピザも食べて、これもおいしかった。さらにワインも飲む。お昼のカフェトンマセオでもワインを飲んだけど、ここでもワインだ。何かにつけて酒を飲んでいる。
ピッツァリアでは500mlの赤ワインを飲んだ。
食べ終わる頃には酒も進み、すっかり酔っ払っていた。
普段なら、500mlのワインを飲んだくらいではほとんど酔わない。
風雨に打たれて歩きまわって疲れていたのだろう。
それだけだろうか。なぜかひどく酔っていた。
きっと、トリエステの街に酔っていたんだ(どや顔)。
ホテルに帰る
食事を済ませると、まっすぐホテルに向かった。かなり疲れていた。
途中でまたウニタディタリア広場を通ったので、夜の広場を撮影する。
ホテルの部屋に戻ると、僕は風呂に入ってすぐに着替えた。
次にNが風呂に入る。
Nは、風呂上がったら飲もう!と言っていた。
僕は待っている間タバコを吸って、少しだけベッドに横になって、アイマスクを付けた。
そのまま寝た。