イタリア2日目ーミラノからトリエステー
少人数旅行について
少人数の旅行の楽しさは、何と言ってもフットワークの軽さが魅力だ。
道々を歩いて、気になるピザ屋があれば、「うまそう。あそこに行こう」と寄り、怪しげな店があれば「ぐへへ、入ってみるか」と路地をそれる。気の向くまま、思いのままだ。今日はトリエステに行くけど、最初はトリエステに行く予定なんて全くなかった。地図を眺めて適当に決めた。
大人数だとそうはいかない。だから僕は旅行に行くなら少ない人数に限ると思っている。人数が増えるほどに、旅行は自由が減る。少なければ少ないほど良い。
最小単位はもちろん一人旅だ。一番自由で気ままな旅行が出来る。一人で行く旅は孤独や寂しさがあると思う人がいるけど、それもまた楽しいものだ。
もちろん、大人数の旅行も悪くない。話し相手がいることの楽しさ。異国の地で興味や感動を共有できる事の楽しさ。それもまた素晴らしいものだ。
目覚め
というわけで、イタリア旅行記二日目。
起床はミラノ時間で7時。日本時間だと真夜中だったと思う。
目覚めると、Nが窓辺に座って煙草を吸っていた。ミラノの朝は静かだ。窓を見ると外はしとしと小雨が降っている。余計な音がしない。
目覚めて、ベッドから起きるとしばらくメールやラインをしていた。ネットも見ていた。イタリアに居ながら、日本と変わらない事ができる。技術の進歩さまさまである。
ケータイ電話……特にスマートフォンは偉大な発明だ。これ一つで時刻を確認して、ホテルを見つけて、地図で目的地を探せる。実は僕はケータイ電話が大嫌いな人間だったけど、この旅行で少し親近感が湧いた。
実に使えるアイテムである。しばらく部屋でのんびりしていると、風呂に入っていたNが出てきた。
食事に行こう。ホテルのロビーに行くと、朝食の準備はまだみたいで、少しだけロビーで待っていた。その間に読めもしない英字新聞を広げて、イタリアの本を眺めていた。
この旅で随所に思うのは、英語の重要さである。僕はほとんど話せないので、Nが外人とのコミュニケーションを請け負っていた。今まで英語は受験勉強以外に必要を感じたことはなかった。でも今回ばかりは心の底から英語を話したいと思った。話して、他国の人間とコミュニケーションを取りたい。話して笑いあいたい。心の底からそう思う。
「英語をマスターするということは”大きな図書館の鍵”を受け取ること」
と会議通訳者の高松珠子氏が言っていた。
まさにその通りで、日本語だけの世界から、世界標準語の英語の世界が広がるのだ。インターネット界の最大派閥英語をマスターすれば、もっと楽しい世界が広がっているだろう。
ほどなくして、朝食の準備が整った。朝食はもちろん洋風で、パンは相変わらずおいしかった。ハムやソーセージ、卵焼きを食べた。朝から甘い菓子パンが出てきて、驚いた。どれもうまい。ただ、サラダがないのは残念だった。ヨーグルトを食べて、エスプレッソコーヒー(クソ苦い)を飲み、大いに満足して食事を終える。
ミラノからトリエステへ
食べ終えたあとは出発の準備だ。荷物を片付けて、いざ出立。
受付の女性と話す。チェックアウトもあるけど、それより何より30日のサッカー観戦チケットが欲しかったのだ。イタリア語で仲介してくれて、チケットを取ってくれた。80€から140€までのチケットを示され、どれにするか訊かれた。イタリアに何しにきたのかと言えば、そりゃあもうサッカーを見に来たのだ。
当然140€のチケットを選ぶ。チケットはキャッシュでしか払えないので、銀行で両替することになった。雨のミラノを二人で歩きながら銀行を探す。Nは途中で傘を買ったりした。傘は10€。高い。
歩いていて気付いたけど、ミラノは日曜日で銀行が閉まっている。結局ミラノ中央駅の両替屋で両替することになった。荷物はホテルに預けていたので、ミラノ中央駅とホテルを往復する。駅までの道で、何人かのランナーとすれ違った。どうやら今日はマラソン大会の日らしい。ちょっと出てみたいと思った。
ランナーたちがまたおもしろい。お国柄が出ているっていうか。
雨が降っているから、帽子を被っている人が多かったけど、かぶってない人もいる。普通の帽子を被っている人もいたし、水泳帽を被っている人もいた。ビニール製のシャンプーハットを被っている人もいた。やりたい放題である。ランナーにはゼッケンが付けられているんだけど、ゼッケンのないランナーもいた。
何でもありか。この調子だと、当日飛び入りで参加しても普通に走ることができそうである。っていうか、今この瞬間一緒に走りだしても平気そうな雰囲気だった。
僕らはランナーたちを撮影しながら、沿道で拍手をして応援しているイタリア人の真似をして、「グラーディオ!」と叫んだ。多分「がんばれ!」って意味だろう(あとで調べたら違った。多分人の名前?)。すると、近くにいたイタリアの老婆が楽しそうにイタリア語で話しかけてきた。
イタリア語で応援していたから、イタリア語が分かると思ったのかもしれない。すごく嬉しそうに話しかけてきた。「イエイイエイ」と笑顔で応えるN。「なんて言ってたの」とあとで尋ねると「全然わかりません」だ。ノリだけでコミュニケーションは成立するようだった。
ミラノの中央駅で僕は10万円を両替して、Nは5万を両替。ついでにトリエステまでの電車チケットも買った。
ホテルに戻ると、受付の女性にサッカーチケット代金を支払い、荷物を受け取った。いい人である。
異国の人間である僕らのために、色々と骨を折ってくれた。まさか普通のホテルでサッカーチケットを取れるとは思わなかった。またミラノに戻って29日と30日にこのホテルに泊まるから、彼女のためにお土産を買おう。
ホテルを出たアトは、近所のスーパーに行っていくつか買い物をした。ビールにチーズ、ポテチにコーラ。ミラノからトリエステまでは長い電車旅になる。その間の宴会用だ。
ホテルから、ミラノ中央駅に向かう。もう何度も通った道である。ちょっとした地元感まで出てきた。
また来よう。もちろん29日に来るけど、来年来てもいい。
ミラノ中央駅
ミラノ中央駅ではトイレに入った。わざわざ書くほどじゃないけど、驚いたのは有料トイレだったのだ。1€である。秋葉原の有料トイレみたいなものだ。利用者は金を払ってトイレに入り、綺麗なトイレを使う。駅は金をもらうことでトイレを綺麗に維持する人件費を得る。意外と理にかなった商売だと思った。
ミラノ中央駅は素晴らしく広い上に天井が高い。外壁はパルテノン神殿のような柱があり、20メートルはあろうかという天井には曇りガラスがはめ込まれている。いちいちかっこいい。
発着場はハリーポッターの3/4番線みたいな広々とした雰囲気だ。
天井は黒い鉄骨が網目状に組まれて、ドーム状になっており、ガラス張りだ。
ハリーポッターみたいというのは、Nの表現で、僕の第一印象はサクラ大戦3で大神一郎が降り立ったパリの駅だ。
広々と美しく、これから始まる冒険を否が応でも想像してしまうようなワクワク感がつまったパリ駅である。欧州の巨大ターミナル駅はみなそうなのだろうか。いちいちかっこいい。
僕らは駅の電光掲示板で自分たちが乗る電車の発着場を確認にして、電車に乗り込んだ。僕とNの席は予約上は離れていたけど、かまわず向かい合わせに座った。客も少ないし、何の問題もないみたいだった。
電車内で印象的だったのは、僕がスーツケースを網棚の上に乗せたら他の乗客に注意されたことだった。「スーツケースを置くスペースはこっちだよ」と教えてくれた。
僕はちょっと感動してしまった。日本だったらあまり考えられないことである。だって、日本で外国人が電車の網棚にスーツケースを載せて注意する人がいるだろうか。言葉も通じない外国人に。積極的に話しかけて。僕に注意してきたのは中東系の顔立ちの中年婦人だった。多分本当に普通の人だろう。他人には極力構わないようにしている日本人とは随分違う。
電車の中ではチーズを食べてビールを飲んだ。車窓の景色を眺めながら、会話をする。トリエステにはミラノ中央駅から電車でヴェネチア手前のメストレで乗り換えて、そのままトリエステだ。ミラノ中央駅から少し進むと、もう田園風景である。この辺は東京と一緒だ。車窓から景色を楽しみつつ、電車の設備を眺めていた。どうも職業病なのだろうか。「あ、インピあるじゃん」「トラフもある」とか二人でわいわい喋っていた。鉄道の仕事は世界共通で存在するから、それを眺めるのがまた楽しい。
物乞いに出会う
電車内で印象的な出来事は、物乞いが現れたことだ。10代前半の中東系の少女である。めちゃくちゃかわいい。手のひらにあるユーロ硬貨を見せて、1セントくれと言ってきた。僕は最初何かと思ってフレンドリーに応対してしまう。どうも異国の地で話しかけられると嬉しくってすぐに乗ってしまうのだ。ミラノでも酔っぱらいのじいさんに話しかけられたから、喜んで応対してしまった。Nにも注意された。しゃべれないのに、アホなことである。
僕は1セント硬貨が見つけられず、結局Nが払った。どこにでも物乞いはいるし、結局のところ無視するしかない。Nはそう言っていた。
僕はそんな話を聞きつつ、あの物乞い少女の生活を思った。少女は物乞いの親玉みたいな奴の命令でここに来たのだろう。か弱そうな少女を使えば、金を貰えると思って。電車内を一通りめぐってきた少女は親玉の元に戻って言うのだ。
「これしかもらえませんでした」
親玉は激怒する。
「この糞ガキが!誰のお陰で食わしてもらえてると思ってやがる!今日の飯はこれだけだ!」
親玉は豆とスープだけの食事を出す。
「さあ、これを食ったあとは仕立屋のジョージのところに行け。今日は3€でお前が売れたぞ。喜べ」
「はい……」
みたいな!
トリエステ到着
4時間近く電車に揺られて、トリエステの駅に着いた。外に一歩出て、あまりの寒さに驚く。
冬である! 完全に冬の寒さだ。
そして天気が悪い。イタリアに着いてからというもの、日差しを拝んでない。
観光ガイドによると、トリエステは国境線沿いの文学と芸術の街である。
着いた時にはもう夕方だったから、ホテルを探して食事をするくらいが今日の目標であるけど、明日から楽しくなりそうである。ミラノもそうだが、イタリアの街は歩くだけで楽しい。何でもない建物まで芸術作品のように美しい。眺めながら歩くだけで、わくわくする。
僕らは電車の中で見繕っていたホテルを探しながら歩きまわった。
最初に入ったホテルはホテルトリエステ。受付のお姉さんが素晴らしく美人だった。でも、ホテルトリエステは値段が高いのでやめた。
次のホテルはホテルコロンビアだ。
受付はエロそうなジジイだった。安かったからここに決めた。おもしろいのは、なぜか部屋を取りながら手続きをしていると、二人で一泊95€から85€になった。理由はさっぱりわからない。安くしろといった覚えもない。謎のタイミングでエロジジイが紙に値段を書いて、安くなったよ!と言った。イタリアは謎が多い。
部屋に入るとき、立て付けが悪いのかなかなか扉が開かなかった。
部屋に入って荷物を置くと、さっそく出かけた。トリエステの街を歩き回り、パスタが食べられそうな店を探す。しかし見当たらない。ピザ屋はそこら中にあるけど、パスタ屋がない。ピザばかりだ。バスの行き先表示にも「PIZZA〜」と書いてある。ピザ屋に行くのか。バス停はピザ屋なのか。よく分からない。
色々歩きまわってNはスーパーに寄ってスリッパを買っていた。僕はスリッパは持っているはずだったけど、最初のホテルに忘れてきた。アホだ。
僕らは大通りから横道に入った場末のバーみたいなところに入った。そこでビールを飲みフライドポテトを食べ、サラダにオリーブオイルをたっぷりかけた。バーはつなぎで、そのあとどこかに行こうかと思っていたけど、お腹いっぱいになったのでおとなしくホテルに帰った。
ホテルに戻る道すがらも街を眺めていた。そのとき思ったけど、街のアパートの明かりがほとんどない。何なんだろう。人々はどこで暮らしているのだろう。寝るのが早いのだろうか。なぞだ。
ホテルに戻ると、着替えてベッドで横になる。気付いた時にはもう眠っていた。疲れていたのだろう。イタリア時間で22時過ぎのことである。
ホテルコロンビア
起きたのはイタリア時間で4時くらい。おもむろに起き上がって、テーブルに。
そして昼間の出来事をメモする。2時間くらい書いていたと思う。
外は雨。キーボードを叩きながら時間がゆっくりすぎていく。
夜が明けてきた。今日も楽しくなりそうだ。
僕らが今居るのは文学と国境の町トリエステ。古本屋めぐりでもしますかね。