イタリア1日目ー日本からミラノへー
ミラノのホテルにて
2013年3月24日。
日本時間8時19分。ミラノ時間0時19分。
ミラノ中央駅から歩いて20分ほどのホテルのベッドの上で、僕はこのメモを書いている。
外は小雨。僕はベッドの上でパソコンを広げて、コーラを飲みつつ、この日の出来事を振り返った。
初めての飛行機。
初めての海外旅行。
初めてのイタリアだった。
成田空港まで
空が白んできた。
僕は寝ないまま電車に乗って、成田空港を目指すことになった。
出発ぎりぎりまで荷物の準備をしたのだ。旅行の準備をいつするのかと言えば、前日やればいい方で、ひどいときには当日やる人間である。80リットルのスーツケースに荷物を詰めるのは思ったより時間がかかった。
まあ飛行機で寝ればいいだろう。時間はたっぷりある。
朝食は納豆と味噌汁と卵焼きを食べる。しばらく和風の料理は食べられないだろう。
荷物が多いので、駅までは父親に送ってもらった。
父は海外経験豊富で、ヨーロッパの国は一通り行っている。
いくつかアドバイスを貰う。そのとき父は「スキンは持ったか?」と言った。
ちょっと面食らってしまった。普段はこんな会話をしないので、死亡フラグかと思ったくらいである。
「友達もあったほうがいいって言うから、行きの電車で買ってくよ」と答えた。
結局使うことはなかったけど、父とのこの会話は、妙に新鮮だった。
電車内ではKindleで中島義道の「対話のない社会」を読んでいた。
ちっとも旅情が湧いてこないけど、抜群に面白い。
「日本には対話の文化がねぇ! そもそも対話ってのを分かってねぇ! いいか!対話ってのはなぁ……」
という本である。
これから海外に行くわけで、日本人と欧米人の違いを書いたところに興味が沸く。
日本人は「その場で多い方の行動に従う」
欧米人は「自分が合理的だと思う行動をする」らしい。
中島義道は、友達にはなれそうもないけど、読むといつもハッとする。僕が言語化出来ないイラツキむかつきを言葉にして鋭くえぐりだしてくれる。本田透を読んだときも感じた感覚だ。
何冊か読んだけど、この「対話のない社会」は非常におもしろいので特におすすめである。
そんなわけで、成田空港までは本を読んで過ごしていた。
成田空港でNと合流。そして出国へ
成田空港に着くと、僕のテンションは上がった。いよいよだ。奇妙な高揚感があった。
そのとき、登山用のデカいバックパックを背負った怪しい男が近づいてきた。
「来ましたね。ぐへへへ」
成田空港で友人のNと合流する。Nは何度も海外旅行に行っている男であり、ぐへへと笑う。
イギリス、タイ、ケニアその他10カ国以上回っており、パスポートは出入国のスタンプだらけである。
英語が得意で、彼がいなかったら僕はミラノでのたれ死んでいたかもしれない。
空港の勝手が分からないので、Nに着いて行く。
予約したスカンジナビア航空の受付に行って、チケットをもらい、荷物を預けた。
預けるとき、「ライターは入ってますか?」と訊かれた。
素直に「ああ入ってます」と答えたら、「ライターは預かれないから持って行って下さい」ってことになった。
ライターを持てるのは一人一個だそうだ。ライターは3個あった。
僕が一個。Nが一個。残り一個は?
当然没収である。イタリア旅行に早くも暗雲が立ち込めた。まだ千葉県である。
その次はポケットWi-Fiをレンタルする。Wi-Fiがあれば、海外でもネットが使える。
僕は100Mbpsのネットがあり、Amazonさえ届けばどこで暮らしてもいいと思っている人間であり、ネットは必須だ。Wi-Fiの値段は10日間で15000円くらい。当然使うことにした。
更に向かうは税関だ。ここで手荷物をチェックして、飛行機の搭乗口まで行ける。
金属物を外してゲートを潜るあれだ。バッグを下ろしてベルトも外して、トレイに置いた。
税関職員は言った。
「バッグにパソコンと液体のドリンクは入ってますか?」
両方入っていたが、さっき航空会社の受付で面倒なことになったから、今回はシラを切ってみた。
「入ってないよ」
そう言って悠々とゲートを潜る。
くぐった先で荷物を待っていると、ブザーが鳴ってバッグがゲートに引っかかった。
当たり前だ。
係員が色めき立つ。
「XYZです!」
専門用語を叫んでいた。バッグが開けられる。パソコンを出され、品川で買ったアセロラドリンクが出された。再検査だ。液体も持ち込み禁止である。
ドリンクはどうする? ってことになって、この場で飲むかボッシュートって話になった。
仕方ないからちょこっと飲んで、没収された。飛行機に乗るまでにすでに二品目没収されている。
どうなってるの。くどいようだが、まだ千葉県である。
Nは横で大笑いしていた。
税関をくぐった先は免税店だ。煙草が安い。ワンカートン2000円くらいで売ってた。近所に免税店があればいいのに。
ぐるぐると見て回りつつ、出発の時間まで待った。
12時30分出発で、12時には搭乗開始だ。
最初は女性や子供連れが乗り、最後に男が乗る。
レディーファーストは世界のルールみたいだった。
飛行機の席はもちろんエコノミーで、かなり狭い。
しばらく待っていたら動き出した。
飛行機から見る景色は窓で切り取られてとても狭いけど、空港の外の風景は広々としている。
飛行機が加速する。景色も加速する。飛び立つとき、「成田空港」と書かれている植え込みが見えた。
その向こうに桜の木が見える。ちょうど見頃だ。帰ってくる頃には散っているだろうと思うと、少し残念だった。
飛行機は空中に浮かび上がる。それが体全体で分かる。
これは……飛ぶ!
浮かび上がった飛行機はみるみる加速して、高度を上げた。しばらくすると人が見えなくなり、車も小さくなり、民家の区別も着かなくなる。最後は空から「街があるな」としか思わないくらいの高さ。高度10000メートルに到達した。雲が下に見える景色。映画でしか知らない景色だ。
飛行機は太平洋に出て、Uターンして栃木県を横断、さらにロシア上空を飛びながらウラル山脈を越えてヨーロッパに入る。
一眠りしたあとは食事が出た。ご飯とチキンとサラダ。おいしく食べた。特におかわり自由のパンが美味しかった。食事は2回出て、どれもパンがうまい。
飛行中読んでいた藤沢道郎の「物語イタリアの歴史」がなかなか良い。
せっかくイタリアに行くのだから、多少はイタリアの歴史について知っておこうと思ったのだ。
運命に翻弄された女帝の話や、色情狂のカサノヴァの話を読んだ。
特に女帝の話は最初に墓のシーンを持ってきてからの生い立ちに至る展開が見事で、最後に墓のシーンで締めるところは映画のようだった。
到着! マルペンサ空港。ミラノ市街へ
途中コペンハーゲンで乗り継ぎをして、イタリアのマルペンサ空港に着いたのは日本時間の朝4時くらいだろうか。16時間近く飛行機に乗っていたことになる。
空港の荷物受取所で、ベルトコンベアから出てきた自分の荷物を受け取ると、さっそく喫煙所を探した。
空港を出てすぐのところで灰皿を発見。一服する。長旅の疲れと、久々の煙草。
さて。どうしようか。
とりあえず電車に乗ってミラノ中央駅を目指した。
職業柄、電車の施設をまじまじと見てしまう。設備が日本よりずっと少ない。
どうやって制御しているんだろう。ちょっと気になった。
ミラノ中央駅に着いて、まず驚いたのは天井の高さだ。駅が芸術作品のようになっている。何とか大聖堂みたいに天井が高い。日本の駅ならギリギリまで切り詰めた天井に、ところ狭しとケーブルが這いまわっているだろうに。配線どうやってるんだろうな、なんて考えていた。
ミラノ中央駅に着いたときにはもうミラノ時間で21時を過ぎていた。
治安が悪いと聞いていたけど、思ったほどでもない。
終電のなくなった横浜駅みたいな雰囲気だった。
イタリアの街は美しい。
何気ない店一つ取って見ても美しい。どうなっているんだろう。道行く人は伊達男に妖艶美女だし。とんでもない街である。これも欧米コンプレックスという奴なのだろうか。
二人でふらふら歩いてホテルを探す。何はともあれ泊まるところを確保しないといけない。
今回のイタリア旅行は、航空券だけ押さえてあり、あとはノープランである。とりあえずセリエAは見たいなぁくらいにしか考えていない。
今夜の宿もない。
歩いている途中にピザ屋を見つけた。
ミラノ時間21時半を回っているのに、ちゃんと営業していた。
Nと話して、とりあえず一杯やるかってことになった。脳天気な二人である。
ピザを二枚とビールを注文。二人で乾杯して飲んで食べた。最高の気分だった。
このとき飲んだコロナビールは、イタリアとは全く関係無いけど、僕の中のイタリアとして強烈な印象が残っている。
ビールとピザは、長旅の疲れと旅先の開放感でめちゃくちゃうまい。
そして安い。一枚6€である。当時のレートで780円くらい。その安さでピザ~らのLサイズ(3000円)ほどのピザが出てくる。二人で楽しく飲んで食べた。
そのあとホテルを探す。
最初目を付けていたホテルは満室で入れなかった。やばいんじゃないのか。
と思っていたら次のところで部屋をゲット。何とかなるものだ。
ホテルの予約ついでにセリエAのチケットについてフロントの女性に訊いてみた。
どうやらチケットを取ってくれるみたいである。
日程を鑑みて、3月30日のインテルVSユヴェントスを見に行くことにした。
この辺の対応は英語の達者なNが行った。
パソコンを操作しながら、フロントの女性は言った。
「インテルのユーヴェ、どっちを見に来たの?」
「インテル!」
Nは力強く答えた。
「「いえーい!」」
受付の女性はNと握手をした。
どうやら女性はインテルファンのようである。
それにしても素晴らしいコミュ力である。
僕らはホテルが決まって、セリエAのチケットも何とかなりそうだったので部屋に向かう。
そのとき、ホテルのボーイが僕のスーツケースに見て何かを言った。
僕のスーツケースには、空港の荷物受け取りで間違えないように印を付けている。多くの人はバンドを巻いたり、シールだったりで区別しているけど、僕の場合は白いのビニールテープをばってんマークで貼っていた。それを見たボーイが「アニメのキャラがやる包帯みたいだ」と言って笑っていたのだ。
まさかイタリアに「みつめがとおる」を知っている人が居るとは。違うか。
「彼はアニメーションが好きなんだ」
Nは言った。
「その通り。大好きなんです」
僕が親指を立てると、イタリア人ボーイは「oh!」と言って笑っていた。
部屋に入ると、風呂に入って、着替えた。
ようやくのんびり出来るというわけだ。
喉が渇いたので、ロビーでジュースでも買おうと思って部屋を出る。
自動販売機を探してロビーをうろうろしていると、さっきとは別のボーイに声をかけられた。
「何を探しているの?」
「自動販売機……はないか。コーラ飲みたいんだけど」
僕は慣れない英語で応じた。
「イエス、オッケー」
名前を書いて、部屋番号を伝えると、コーラを持ってきてくれた。
外人と一対一でコミニュケーションが成立したことがうれしかった。
部屋に戻ると、この日あった出来事をパソコンでメモした。
そういえば、明日から何をするのか全く決まっていない。
「明日はどうしようか」僕はNに尋ねた。
「ガイドブック(地球の歩き方イタリア編)見て適当に決めよう。北の方行ってみたくない?」
Nは言った。
「北の方?」
イタリアの北の方……イメージがさっぱり沸かない。
「北の方」
多分Nも分かってない。
「まあいいか。じゃあ北へ行こう。明日は7時起きで」
「了解。じゃあそういうことで」
Nは寝て、僕はメモの続きを書いた。
とりあえず北へ行くということだけが決まり、イタリア旅行第1日目は終わった。