灰色姫と
第一王子婚約の熱狂をやさしく冷ますような、さわやかな日でした。
しかし、どんな日だろうと灰色姫の生家・レドリオン家の屋敷は、主人を最後に変えて以来静寂とは無縁でした。悪い意味で。
今日もいつものように義母は商談をまとめに荷物を詰め込み、義姉たちはドレスが決まらないとクローゼットをひっくり返しているのでしょう。屋敷のあちこちから騒がしい音がします。
もういいかげんスルーにも慣れた灰色姫は、あらためてそれを検分しました。
美しい指輪でした。指を通す部分は透明で、飾りの部分に差し掛かるとだんだん青みが入り、濃藍のガラスと銀の花弁の造形には一見の価値があるといっていいでしょう。どう見ても宝物と呼ぶにふさわしい逸品です。
だからこそ、舞踏会のあと指輪を見たときには嫌な予感がしました。
この国・ナナツマには、男性が女性にガラス製のアクセサリーを渡して突き返されなければ結婚の意思ありとみなされる、この場合は迷惑な風習があるからです。
「とはいっても、渡された時の言葉が転送装置に乗せてくれ、ですからね……。実はすごい御曹司で、手元にあったものを適当に投げただけ、とかそういうお話だといいんですけど」
指輪がどうみても女性もののサイズなことはこの際置いておきます。
「そういえばどこのどなたか名も聞きませんでしたし、見たところ家紋も入っていないようですが……これほどのものなら所有している家も限られますよね」
転送装置の改良は進めていますが、そもそもどこへ送ればいいのかわからなければ意味がありません。聞けば教えてくれそうな心当たりはあるものの、外出したくない灰色姫にとっては選択肢のうちに入らないのです。だから、とりあえず考えます。
「ええと……背が高くて細めで、髪が赤っぽくて、顔が……うん?まあ、そんな子息がいる家、ですよね」
灰色姫はしばし記憶をたどりました。確かに外出は嫌いですが、貴族たちにセールスかけている義母と金持ちのイケメンにはもれなく反応する義姉たちが全員声が大きいおかげで、国内のめぼしい家が分かるようになってしまったのです。
しかし、偏ってはいるにしろ結構な人数を網羅していた情報の中に、当てはまりそうな人物はいませんでした。
「公式の場に出られない年齢……ではない。なら、情報を隠されている人物?王宮のつくりにもそういえば詳しかった、となると……え、いやいや決めつけるのは早計ですよね」
のちに彼女はこう語ります。
「なぜあんなに一生懸命フラグを立ててしまったのか」と
ふと、屋敷中から聞こえる音をスルーしていた灰色姫が、人数分以上の音が聞こえてくることと、さすがに長すぎることを不思議に思ったときには、数年ぶりに扉が破られる音が聞こえました。
埃のおさまった先には、
「痛たた……この家とんでもないノック要求するんだな」
しっかり受け身を取った、舞踏会の日に王宮で会った少年が。
「挨拶は普通でいい?シュテン・ツェル・ナナツマ。舞踏会ぶりだな」
砕けた口調とは裏腹に、しっかり立ち上がって綺麗な礼をした貴人に答えないわけにもいきません。
この国の名を苗字として名乗る家など、一つしかないのです。
「ルシエルナガ・シグ・レドリオンと申します。またお会いできるのをお待ちしておりました」
「まあ、国宝だしなあ」
一番の会いたかった理由である物を受取って、とても重要なことを軽く言ってのけた王子様は、赤に近い金髪という指輪とは対の色を持っていました。
「そんなものをよく投げられましたね……」
灰色姫が、その名の由来にもなったいろいろ雑な扱いと手入れ不足ですっかり色のくすんだ銀髪を揺らして応えます。
「由緒正しい国宝を盗んだ疑いに比べれば、第二王子を魔法の道具の実験台にすることくらい大したことないだろ?」
つまりは、転送装置に乗せる約束が果たせないときは、国宝を盗んだ容疑者となっていたということです。
ちなみに名乗り出ずとも、灰色姫までたどり着くのはあまり難しくないとのことでした。そもそも魔法の道具を作る職人は多くない上に、若い娘がその中にいることはまずないのです。しかも秘密裡に開発していたならまだしも、義母の手によって灰色姫原案の魔法道具は絶賛販売中です。
「正直、どっちもどっちですよ。そしてよくここまで来られましたね、いろいろな意味で」
義母や義姉に自室に入ってほしくないため、部屋の周りにたっぷり仕掛けられていたトラップをたいした怪我もせず潜り抜けたこともそうですが、仮にも王子が王宮をあっさり抜け出していていいのでしょうか。
「いいんだよ、今日は『その指輪を渡すために持ってきた』んだから」
「……ああ、そういう口実なのですね。転送装置はこちらです。王宮までの片道ならなんら問題ないことは確認済みですので、今すぐ指輪と一緒にお帰りください」
「俺もそれだけのつもりだったんだけどな」
「え、なんですかそれ不吉なことを言わないでください」
王子は何か言いかけましたが、転送装置が忠実に勤めを果たし、聞き取ることはかないません。
後には、ドアが壊れた部屋にたたずむ灰色姫が残されました。
直さなければなあ……と思うことで、王子が言いかけた言葉から意識をそらそうとしていますが、
「また会ったらよろしくな」
嫌な予感しかしないとはこのことでした。
灰色姫と王子様




