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チュートリアル!

 「こんなクソゲー二度とやるかぁぁああああ!!」

 金髪、左右不対象の髪形がトレードマークの―金城裕二かねしろゆうじが勢いよく立ち上がりスマホを投げようとして踏み止まる。

「また、あなたはそんな事を。」

 部長である―本堂紗香ほんどうさやかはタブレット端末を腕に抱えて、裕二を見て目を細めた。

「言ったろ?そのクエスト鬼畜だって。……あ、裕二。ドラストのリーダー、バハムに変えてくれ。すぐにな。」

「えー。今俺落ち込んでるのに、それは無いだろ……。それでも親友か?…もっと優しくしろよ。」

「あ、部長。デスとイブ、どっちがいいですかね?」

「無視かよぉ!?…ったく、仕方ねーなぁ、変えてやるよ!だから無視すんな!」

「はいはい。早く変えてくれよ。」

「お前。友達少ないだろ…。」

「多くてもいい事無いだろ。」

「……まーな。」

 呆れた様子で裕二は席に着く。

「変えたよ。」

「さんきゅ。」

 俺はアプリのタスクを切り、再起動した。


 

≪GAME START≫



 俺は『スマゲ部』という部活に所属している。

 活動内容は、スマホゲームを楽しんで、協力し合い高難易度クエスト・ダンジョンをクリアする。そして、あわよくばスマホゲームを通じて交友関係が広がればいいなぁ…と、まぁ、要するに暇人の集まりだ。

 俺の通う高校―私立彩賀高等学校は部活動にかなり力を入れていて、殆どの生徒が部活に所属している。

 元々、部活の推薦なんかで入学する生徒が多いため、俺らみたいな運動苦手、文系も苦手な生徒は自主的に作った部活に所属することが多いんだ。

 部室として利用できる教室が多くてグランドも広く、多様な部活が存在する彩高は県西地区では人気がそれなりに高く、競争率もそれなりに高い。偏差値は中の上と言ったところだろうか。

 俺―宮城憐太みやぎれんたは、容姿、頭脳ともに平均的な高校二年生だ。

 顔はバレンタインにチョコを数個貰うレベルで悪くはない。だけど、彼女がいた事が無い。これと言った特技は無いけど、苦手な事も無い。

 学校机を六つ繋げて作った即席長テーブルを挟んで、俺の前に座るのが裕二。

 裕二は同い年で幼馴染。金髪は染めてるだけで、中学の時に「俺、イケメンになりてぇ!」と言い出して今に至る。

 元々、目鼻立ちが整っていて身長もあるくせに何を言いだすんだ!と、当時は腹が立ったけど、今は中身が残念な裕二に憐れみすら抱いている。

 そして、誕生日席で難しい顔をしているのが紗香先輩。今年三年生で受験生だ。

 タブレット端末とスマホを常時持ち歩いていて、いつも画面を真剣に見つめている。ただゲームをしているだけなんだけど……他の生徒には「勉強してる」とか「家の仕事を手伝ってる」とか色んな噂が立っている。それは、紗香先輩が美人で家柄が良いのが要因だろう。

 本堂は小さい子供から大人までが一度は聞いたことがあるであろう大手ゲームメーカーで、主にゲーム機本体とその専用ソフトを作っている。その本堂の一人娘が紗香先輩だ。

 もう一人、部員がいるんだけど……今日はまだ来てない。



「なぁなぁ憐太。」

「んー?」

 俺はパズルゲームのコンボ上手く決まって小さくガッツポーズする。

「……やっぱ。部長、いいよなぁ……。」

 裕二は恍惚とした表情で紗香先輩を見つめていた。

 こいつ、イケメンのくせに彼女がいない。イケメン=彼女持ちなんて式は成立しないんだ。

 最近はどうやら紗香先輩が気になってるらしい。

 裕二は真剣な表情で、俺に向かって自分の胸を揉む仕草をする。

「特にここがなぁ……。」

 突如、裕二の表情はとろけ、イケてる面は変態的顔面へと変わる。

 ……変態だな。

 確かに、紗香先輩は服の上からでもわかるくらいたわわな胸を持っている。初対面なら誰もが、そのブラックホール的吸引力に視線が吸い込まれる事だろう。

「紗香先輩。裕二が何か言いたいそうです。」

「ばかっ、おま!?……へへ。何でもないっすよ部長。……ほんと、何でもないっすから…そんな目で見ないでくださいよぉ。」

「裕二君。そういえば昨日、もふプロにログインしてないわよね?宿題出したでしょ?ログインしてないって事は宿題忘れてたの?」

 優しい声音なのに、恐ろしいくらい鋭い目つきの部長。睨まれた裕二は「ひぃ!?」情けない声を上げる。

 スマゲ部では、ほぼ毎日部長の紗香先輩から宿題を出される。

 その内容は日によって難しかったり、簡単だったり。「一つのゲームで高難易度クエストをクリアしろ」みたいなのが一番多い。

「でも部長?もふプロは最近流行りじゃないっすよー。今はやっぱり……ドラストっすよ!ストーリー性とかキャラとか、諸々ドラストが他より頭一つ出てますよ。」 

 裕二は身振り手振りで持論を紗香先輩に語った。

 俺も裕二と同意見だ。

 もふプロこと『もふもふプロジェクト』は、獣人の女の子達が冒険するゲームだ。クエストは進行ボタンを只管クリックするだけの、俗に言う「ポチポチげー」だ。だけど、ストーリーは微妙で、やる事と言えばキャラの育成くらい。その上ガチャの確立が鬼畜で限定キャラ(特に可愛いキャラや露出の多いキャラ)はリセマラか重課金勢じゃなきゃ当たらない。リアルラックが乏しいユーザーには入手が非常に困難なんだ。

 それに比べ、ドラストこと『ドラゴンストーリー』は、ストーリー性はスマホゲームの中ではトップクラス。同じ色のパズルを組み合わせてコンボを繋ぐ「パズルゲーム」だ。ガチャサービスも立派で、『沢山回せる』『限定キャラ確定』を売りにしてる。キャラはかっこいいキャラから可愛いキャラまで様々で、個性あふれるキャラが存在する。もふプロは男性ユーザー向けな部分が多かったけど、ドラストは男女両方が楽しめるようになってる。無課金ユーザーに優しいところが一番評価すべきポイントだろう。

「裕二君。」

 紗香先輩がタブレットを机に置く。

 俺は不穏な空気を感じ取って「ちょっとトイレ……。」と言って席を立った。

 横目に見た裕二はそわそわした様子で姿勢を正す。

 鈍感なのが可哀そうに思えた。十中八九で部長は怒ってる。声がすっげぇ怖いもん。

 裕二は愛の告白を期待してるような眼差しで紗香先輩を見つめてる。

 俺は部室を出てから扉に向かって手を合わせる。どうか裕二が無事でありますように。と。

 因みに、このシチュエーションは前にもあった。

 その時も俺は不穏な空気を察知して部室を出た。そして、戻ってきた時、裕二は魂が抜けたようなうつろな目をしていた。後日、何があったのか尋ねたけれど裕二は何も教えてくれなかったが……きっと途轍もなく恐ろしい事をされたんだろう。



 俺は暇つぶしのため、校内を散歩することにした。

 彩賀高校は三つの校舎に分かれている。

  一つは各学年や職員室、保健室などがある一般棟。二つは多目的教室や特別授業で使う教室がある特別棟。三つは我がスマゲ部がある部室棟だ。一般棟と特別棟は渡り廊下で行き来できるようになっていて、部室棟だけが少し離れた場所にある。他には体育館、格技場、講堂、食堂がある。

 とりあえず、自販機がある中庭まで行こう。十分も経てば紗香先輩のお仕置きタイムも終わっているはずだ。

 途中、階段を下りていると、見覚えのある女子生徒とすれ違う。……そう、どこかで見たような…。

「あ、憐だ。……って、無視すんなぁ!」

「ぐほぉ!?」

 背後からドロップキックをくらい、俺は踊り場で四つん這いになる。幸い残り三段くらいだったから怪我は無いけど、打った膝は痛い。

「なにすんだよ!!」

 振り返って睨みつけると、うんこみたい……もとい、ソフトクリーム的な髪形で膨れっ面の―門田鈴かどたりんが腕を組んで仁王立ちしていた。

 鈴はスマゲ部の一員で幼馴染だ。裕二は小学校の頃からだけど、鈴は幼稚園の頃からだから付き合いは一番長い。家が隣同士で親が学生時代の友人なんて関係で、所謂腐れ縁ってやつだ。

 鈴は、あらゆる面で平均的な俺と違って、成績優秀で眉目秀麗だ。欠点はあほな所。因みに、中学時代の鈴のあだ名は「マウンテン鈴」だった。俺に暴力を振るう凛が凶暴に見えて、強そうなマウンテンゴリラからとった名前らしい。…なんとも言えないネーミングセンスだ。

「なんで無視すんの!?声かけたじゃん!」

「……お前、頭に汚物ついてるぞ?いや…頭が汚物になってるぞ!」

「汚物なわけないでしょ!…見てわかんない?」

 ……やっぱ、うん…じゃなくてソフトクリームだよな?

 茶髪なのが狙ってる感があって反応に困る。よく見ると、ソフトクリームの所々がキラキラしていた。

「お前、なんでうんこデコってっ、ぐはっ!?」

 鈴のローキックが俺の左骨盤に直撃。悶える俺を見下ろして鈴は言う。

「ドラストのソフトちゃんの真似してみただけよ!ソフトちゃんが穢れるからそんなこと言うなぁ。」

 確かに、ドラストに『ソフト』と言う名前のキャラはいる。髪形は鈴がしてるようなソフトクリーム状。

 小さな女の子でアイスの妖精設定で、91アイスコラボの時に来た限定クエストのキャラだ。

 だが!これだけは言わせてもらおう。

「ソフトの髪色は白だ!お前のはチョコには見えないからやっぱうっぐはっ!?」

 言い切る前に顔面側頭部に強烈なミドルキックをくらった。

「さいってー。憐のあほぉお‼」

 横たわる俺に渾身の罵声を浴びせて、足音を荒げながら去っていく鈴。

 ……まぁ、白は見れたからいっか……。

 鈴が踵を返す際、俺が見上げる角度からは純白の何かが見えた。だが、その瞬間を保存する前に俺の視界は真っ暗になって気を失ってしまった。

 その後、俺は階段を通りかかった先生に発見されて保健室まで搬送された。



 俺が保健室から帰ってくると、皆が座席についていた。

 鈴は髪形をいつも通りに戻して何食わぬ顔で座っている。

 そして。

「それでは、部活を始めます。」

 紗香先輩の掛け声。俺は慌てて席に座る。

 部長のこのセリフは、『協力クエスト』に行くときにかかる。

 協力クエストとは、難易度が非常に高いクエストや特定キャラが必要でユーザー同士が協力してクリアを目指すクエストの事だ。

 最近のスマホゲームにとって、協力プレイは売り文句にもなっていて、それを通じて友達と楽しさを共有したり、強力なユーザー又はプレイヤーに助けてもらいゲーム進行を有利にするなど多くの利点がある。

 協力プレイができるから友人とゲームを始めよう、と言った事が最近では多い。特に流行りのゲームで協力することによって『友達が増える』なんて事もあるくらいだ。

 俺は出遅れながらもドラストのアプリを起動して協力参加画面で暗証番号を入力する。

「憐、遅い。」

「誰のせいで遅れたんだろーなぁ。」

「自業自得でしょ?人のせいにしないで。」

「いや、俺に顔面キックしたのは鈴だろ?……まぁ、もういいけど。」

「あれ?今日は引くの早いじゃん。あ、私に蹴られて性格変っちゃった?」

「あほ。」

「なっ!?憐のあほ!馬鹿、ボケぇ!!」

「二人とも。静かに。……裕二君を見習って。」

 紗香先輩のトゲのある声が会話を強制的に終わらせる。

 ふと裕二に目をやると、うつろな瞳でスマホを見つめていた。きっとお仕置きで精神が崩壊しているんだろう。……かける言葉が見つからない。

 クエスト開始の怪しげな音が、四つのスマホから若干ズレて鳴る。

 今回挑むのは、ドラストの『ウロボロスの脅威』だ。

 ドラストの中でもトップクラスの難易度を誇るこのクエストは、多様なギミック対策が必須でソロ攻略はかなり厳しい。その上コンテニュー不可クエストで「石で勝つ!」なんて事はできない。

 今回は、俺と裕二がお邪魔ギミック対策。紗香先輩と鈴がデバフと毒対策だ。

 操作する順番は紗香先輩、裕二、鈴、俺の順。

「まずはスキル溜めね。整地して耐久するわよ。」

 『了解。』

 三人の声が重なる。

 ウロボロスの脅威は最近実装されたクエストで、スマゲ部部員では紗香先輩と鈴しかクリアしてない。二人ともソロでクリアしてるから……かなりのやり込み度だ。というか、四人協力でクリアするのが運営の狙いだろうに、それをソロ攻略するなんて青春をドラストに捧げすぎだ。

「ちょ!憐下手すぎない!?なんでそんなへなちょこコンボしかできないの?」

  エリア二階層、俺のターンで敵の攻撃をくらってHPが30%をきる。

「ちょっとすっぽ抜けただけだよ。てか、そんな怒るなよ…マウンテン凛。」

「その呼び方すんなぁ!」

 紗香先輩は真顔で黙々とパズルをこなし、HPが50%以上、整地された盤面で裕二のターンになる。

  「祐二くん。ここ重要よ。ミスは許されないわ。」

  ドラスト上級者の部長が、ドラスト初心者の裕二にプレッシャーをかける。

  裕二はフーッと息を吐いて、真剣な表情で画面に触れる。その指は軽やかに画面上を滑り、次々と色を揃えていく。

  そして。

  「あっ。」

  裕二のスマホ画面に着信表示。

  俺らの画面では、祐二が持っていたパズル無造作に横断する。「ぷいっ」と腹の立つ効果音をともに、裕二のターンはゼロコンボで終了し、雑魚敵数体の攻撃をいっきに受けたHPはゼロになった。

  暫しの沈黙。画面にはゲームオーバーの文字。

  部室には裕二のスマホのバイブ音が響いていた。

  「…はい、もしもし。」

  裕二は真顔で電話に応答する。

  どうやら相手は姉だったようだ。

  電話を終えるとまだ動かず口を開かない俺、凛、紗香先輩に対し、裕二は涙目になりながら席を立った。

  「申し訳ありませんでしたぁ!!」

  裕二は土下座しながら叫んだ。

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