番外編 1
今日明日は、信じられないことが実現する日。
準備はこの事が決まったその日から張り切って、昨日は興奮で一日ハイテンション。夜はもちろん眠れなかった。
「霙澪お嬢様…、あと20分もしないうちに詩尋様がいらっしゃるそうです」
控えめなノックと共に、部屋の扉越しに声が掛けられる。
「予想していた通りだな…。ありがとう、準備はできているから」
「では、敷地内に入った時点で下にいらっしゃらない場合は呼びに参りますね」
我が家は広いからなぁ…。敷地内に車で入ってから玄関に到着するまで3分というところか。
「ん、頼む」
「はい、失礼します」
彼女は、つい一週間ほど前に入った女性だ。名前は高塔流雨さん。
さくらが長年溜めていた休みを一気に消化中のため私付きのカバーに入ってくれている。そこそこの名家の出で、将来の夢のための経歴作りに家同士のツテで入ったのだったか。とはいえ、もともとのスペックの高さと人柄の良さから、私付きにまで抜擢されたんだと。
確かにすごく話しやすかった。その存在感と滑らかさはまるで昔からずっと居たような、それこそさくらといるような感覚だ。
…あ、そろそろ仕度を最終段階に移行させなければ。
今回は泊まりだからな。忘れ物をしてもなんとかなる身分ではあるが極力無くしたい。
「ん、これでいいか?」
と、携帯のバイブが鳴った。
………完璧に存在を忘れていたことは置いといて、連絡アプリには、うたからあと5〜6分で到着という旨が送られてきていた。
ふむ、ならばもう下に降りてもいいだろう。
荷物を両手に廊下にでる。そして、どこからともなく現れた流雨さんに大荷物を持ってもらっていつもうたを待つ部屋に行く。
するとそこには父、つまり柊家現当主がいて、
「気をつけてな霙澪。お前に限ってないだろうが、くれぐれもハメを外し過ぎないように」
……うたのことだろうか。親公認とはいえ父はまだ少し不満そうだな。幼い頃からうたを知っているとはいえ、末の娘の父親はこういうものだろうか。
「分かっている。そっちこそ、根を詰めすぎないように…」
「失礼します。霙澪様、詩尋様が到着されました」
「ああ、分かった。では、行ってきます!」
「気をつけて行ってこい」
詩尋が着いたと聞いて、不覚にも緩んでしまった私の顔を見てか、最後に苦笑いした父に送り出されて玄関へ向かう。
玄関には母がいて父と似たようなこと言われたあと、笑顔で行ってらっしゃいと言ってもらった。
※
玄関から出ると、黒の高級車にもたれてるうたがいた。
「みぞれおはよう。ちゃんと寝れた?」
「おはよう、うた。寝られるわけ無いだろう。だが問題はない、大丈夫だ」
「そっか。じゃあ荷物ちょうだい」
「うん、ありがとう」
車の運転手にドアを開けてもらい乗り込むと、すぐにうたも乗り込んできた。
運転席との間に防音かつ運転手側から見えないようになっている特殊なパネルがある車で、つい、父と母からの『ハメを外しすぎないように』という言葉を思い出してしまう。
……うたに限って、そこまで思慮がない人ではないはず、だよな?
「みぞれ、今日は」
「っ、あぁ‼ついに、ついに…!」
そう、今日こそが!
「『流れの中で』のアニメ特別版の初日舞台挨拶の特別観覧席に呼ばれたんだぁ‼‼」
私が『流れの中で』を愛しているのをどこかで知ったらしい関係者が呼んでくださったそうだ。また、いま人気絶頂のモデルでターゲット世代である『ヒロ』も呼ばれたそうで、あれからほどなく婚約を発表した私達の仲を知って二人一緒に、と関係者様方が気を利かせてくださった。
ああ、こんな素晴らしい日が訪れるだなんて思いもよらなかった。私の愛が認められたようですごく嬉しい。
「やっぱり、楽しみにしてると思った。でも、寝てないんでしょ?霙澪がなにしようと舞台は逃げないんだから…。ほら、寝なよ」
「んぅ、それは分かっているが…楽しみで眠れないし?」
若干の上目遣いでそう言うと、優しく微笑んだうたは、私の頭を肩に引き寄せて言った。
「じゃあ、寝かしつけてあげる。霙澪が落ち着くまでこうしてるよ」
その言葉とともに背中に回されていたうたの手が私の二の腕あたりを子どもを寝かせるようなリズムで叩く。
最初こそ驚きと羞恥で緊張したが、ずっと気を張っていた私の体はだんだんと緩んで………、いつの間にか、眠ってしまっていた。
お待たせしてすみません…。
タイトル通り、番外編は一話で収まらなかったのですが、次話の投稿予定は未定です…。




