瞬く草と照る樹木
翠は光に色を塗す。
大地を緑と輝かせ、風が言霊を含ませる。
雲に積むのは、新たな時を刻む準備をする樹と草の魂。
何処に参ろう。
何処を目指そうーー。
***
「行ってらっしゃい」
東の地平線から昇る陽が、手を振るリーナ=キリシマを真上から朱色に染めあげる。
「リーナ。あんたは“歴史”を掘って、染み込む“残生”を解放させていた。下手すれば、奴等はあんたの魂を喰ってまで抵抗する。其処までして何故“生き跡”を調べているんだよ」
アキラ=ヤナギが木陰を裸足で踏み締めて訊く。
「『あんた』て誰?」
リーナは頬の内側を噛み締めると、アキラを睨みつける。
「何だよ? 気に入らない言い方だったのかよ」
「アキラ。貴方にやってもらいたいことがあるから、絶対に言うことを聞きなさい」
リーナは左肩の関節を回しながら、アキラに一歩ずつと近付いていく。
「内容によっては『断る』と言う」
アキラは一歩二歩と、木陰の中を後退りして樹の幹に背中を押し付ける。
「『断る』をお断りするわ」
「意地でも強制をする。やる気満々ですね? リーナさん」
「今さら『さん』呼びしても無駄よ。覚悟は良いかしら?」
リーナは満面の笑みを湛えながらアキラの胴体に両腕を絡めて肩に担ぐと、キャンプ地を目指して駆けていくーー。
***
「アキラ、服を脱ぎなさい」
リーナはテントの中にアキラを放り込み、ファスナー式の扉を閉めて言う。
「おいっ! 気は確かなのか」
「あら? 結構、真面な反応を示すのね。 でも、残念でした」
アキラの顔面が、炎を焚くように色付いていくのをリーナは見逃すことをしない。愉快で堪らないと、声を高らかにしていく。
「うっふっふっ! ああ、愉しい」
「何を企んでいるのだよっ!」
「別に、大したことではないわ。あった、あった! はい、さっさとこれに着替えなさい」
リーナが衣装箱から取り出すのは、紫の色調のベストと半ズボン。
アキラが渋渋と手にしていると、テント内に緑の半袖Tシャツが舞い上がる。
「ソックスと靴も要るわね。ああ、何処にあったかしら」
「要らねぇよ。足が蒸れそうだ」
「お黙り、アキラ。服装は大事なのよ」
「何の為にだよ」
「文句は要らないから、言うことを聞きなさい」
「降参だ」
諦め気味のアキラは口を閉ざすと、白のタンクトップを脱ぎ捨てるーー。
***
ーーニャルー、お待ちなさい。
女神〈トト〉は、風に任せて跳ぶニャルーを呼び止める。
「ニャルーは、アキラを持って帰ってくる。アキラのお家は此処だから」
ニャルーの見つめる先にあるのは、大木の枝分かれに構える家。
ーー貴女の姿は“真人”には〈虫〉で映ってしまう。形は“真人”によっては様々です。
「まっ白けっけの“真人”なんて怖くない。ニャルーがちくちくしてあげるだけだもん」
ーー貴女はウッドブリンク族の希望。アキラはアキラの道がある……。
「アキラは一人でお片付けが出来ない。新鮮な『称号』が困るだけだもん」
ーーニャルー、私がどんなに止めても止まらない思いを、次期『称号』にうち明かしなさい。
〈トト〉はニャルーに言うと、樹の枝に止まる鳥の背に乗って空を目指していく。
ひとり……。いや、一匹で残るニャルーの頬が膨らむ。
「ぷう。ニャルー、いけない事を言っちゃった? でも、アキラを持って帰ってくるもん」
ニャルーは透き通る羽根を背負い、風に乗ると西の方角へと綿毛のように羽ばたく。
しかし………。
「ユララ。リーナ先生へのお土産はお花が良いと思うよ」
「先生はキラキラしているのが好きと言っていた。プク、ぐずぐずしていると授業に遅れてしまって、宿題を沢山出されてしまうよ」
「嫌だよ。だったら走ろう」
プクと呼ばれた少年は、ユララと呼ぶ少女の手を握り締めると草葉を足で掻き分けながら駆けていく。
ーー助けてぇええっ!
ユララが左の掌で握り締める紐付きのピンクの小袋の中で、ニャルーが藻掻くーー。