無色の結晶
ミリオン=ワン。
リーナ=キリシマが『師匠』と呼ぶ中年男性の名。
ーー歴史が迎えてくれる。
幾何かの命と、ミリオン=ワンは知る。
「じっとする」より『残す』を選ぶーー。
***
アキラ=ヤナギはミリオン=ワンをじろりと、見つめる。
「あんたは、此処で何を探している?」
ミリオン=ワンは瞳を曇らせることなく、言葉を紡ぐ準備を整える。
「『昔の証』から“種”を分けてもらう……。が、目的だよ」
一度深呼吸をしての言葉を傍で耳を澄ますリーナ=キリシマは、ナック=ジェイに脇を支えられる『師匠』の顔付きを見ると同じく、アキラ=ヤナギの顔色を伺う。
「師匠、アキラは私達の『仕事』が気に入らないのよ。見てよ、子供らしくない目をしてるわ」
「ほう、それは悪い事をしたものだ。そうか、アキラと呼ぶのだね?」
笑みを湛えるミリオン=ワンは、アキラに向けて右手を差し出す。
「おっさん、俺は……」
「私はな、キミの目の『理由』を知りたいのさ。教えて貰えるかな?」
「根競べになってもか?」
「経験済みだよ。そうだったよな? リーナ」
「私とアキラを似たもの同士と、呼びたいの? 師匠」
リーナが、眉を吊り上げながら頬を膨らませる。
「ふぉふぉふぉ。おまえも、この少年のような時期があったと私が記憶していた」
「私も忘れるなんてなかったわ。だってそうでしょう? 白昼堂々と、しかも住民がいる前でスコップを手にしてる『おじさん』が庭を片っ端から掘りまくる姿は、どうみても“怪人”だったもの」
思い出を語るリーナに「ぷっ」と、吹き出し笑いをするアキラ。
堪えれば堪える程、全身がこそばゆい。とうとう「わっはっはっ」と、高らかと声に出してしまう。
「あんた、笑い過ぎ」
「誰が『あんた』だよ?」
「あら、失礼。どんな呼ばれ方だったら良いの?」
「『アキラ』だ、リーナ」
目頭を手の甲で拭うアキラが言うーー。
***
「アキラ、帰ってこないよぉう。お腹を空かせていたらどうしよう」
大木の葉の陰の下で、花の蜜を集めるを生業をする生き物を彷彿する姿の象が花びらの器を抱えて言う。
ーーニャルーは、心配性ね?
「お花達、今朝もアキラのご飯を頑張って貯めていた。皆、アキラの為とニャルーは知っている」
ーーアキラは“真人”の生き方を学ばせないといけない。
「アキラのお母さんは“幻人”だけど、お父さんと同じ“真人”は嫌と、ニャルーにお話ししたよ」
ーー“真人”の所為で“種”が失われてると、思い込んでいる。同じく『称号』の本来の役目が何かさえ、勘違いしている。
「トト様のご飯が無くなっちゃうから。トト様は、皆の為に〈灯火〉を焚いてくれてる。アキラは、トト様がお腹を空かせるのが嫌だと思う」
ーーニャルー、私は大丈夫よ。
「アキラはトト様を一生懸命守ってる。だから“真人”が『称号』を使うと、トト様が〈器〉に戻れなくなる」
ーー『称号』を守るのが“真人”なの。
「トト様は新鮮な『称号』に誰を選んだの?」
ニャルーは透明な羽を背負い、風に吹かれながら〈トト〉に訊く。
ーーリーナ=キリシマ……。彼女もアキラと同じく“真人”と“幻人”の間の子。
〈トト〉は目蓋を綴じて、ペパーミントの薫りを吐息に混ぜて吹くーー。