嗚環里は葉時芽
物語は、翠。
時に薫りを、想いを華にさせると誓う種族の間の子がいた。
ひとりは、リーナ=キリシマ。
もうひとりは、アキラ=ヤナギ。
種族を越えた『歴史』が今、彩られる……。
***
《都》とは、中心を表す呼び方。
《志》とは、心に決めた目標に向けて進もうとする気持ち。
【志の都】に篩はない。
【志の都】にあるのは、来るもの拒まず。
権力、欲望、野望。望むものはすべてを受け入れる。
「師匠は【遺跡】で生きていた、誰かの歪んだ想いを見抜いてた。日に日に混沌となる『時代』を阻止しようとしていたけれど、渦巻く“闇”は想像以上に強大だった。私の母は『おとぎ話』として私に語っていた……。」
リーナは、空を翔ぶミリオン=ワンの背中で言う。
「リーナ、私はおまえが私の弟子であることを誇りにしている。おまえは、おまえの母親によく似ている」
ミリオン=ワンの言葉に、リーナは心を擽らせた。
「師匠、ちょっとだけ冷やかして良いかしら? 私の師匠との思い出は師匠が〈怪人〉だったこと。考えによっては、師匠はわざと私に会うための口実をしたのかしらと、思うの」
「偶然……。と、いうことにしとくのだ」
ミリオン=ワンは言葉を曖昧にした。
「父さん、ちゃんと翔ぼうよ」
失速しているミリオン=ワンにアキラが叱咤する。
「心配するな。アキラ、目の前を見るのだ」
「ああ、よく見えているよ。今度こそ、僕は……。僕は〈彼奴〉に【此処】で志したことの意味を伝えてやる。今と先にあるものは何かと、気付かせてやる」
師と弟子。そして、親と子の絆を確かめるような触れ合いを経て、二羽の鳥は琥珀の宮殿の上空にたどり着いたーー。
***
ーー願うことをけして、失わないようにしてください……。
琥珀の宮殿にいるノームの心の中に呼び掛ける声は、はっきりとしていた。
誰の声だと、思い出すところで忘れるを繰り返していたが今度は頭の中は霧が晴れるように、すっきりとなっていた。
何のために【此処】に来たのか……。
ノームは、目的までは思い出すことはしていなかった。
水晶の床に靴を鳴らす音がする。
音はノームの耳の奥を擽らせていた。
ノームは、薄紫色の装束を身に纏う女性が近付くのをじっと見つめていた。
「私は、リーナ=キリシマ。あなたは私を『称号』と呼びたいでしょうが『称号』は私の中にはありません。そう、私はリーナ=キリシマとして、生きることを決めたのです。何故なら、私は地上で最高の時を刻むのはどんなことかを学んだのです」
ノームは目の前に佇むリーナと目を合わせていた。
「何かお訊ねしたいことがあれば、なんなりとお申し付けてください」
リーナは、甘い果実の薫りを含ませた吐息をする。
「リーナ……。そなたの名の由来は、どこからきたのだ」
ノームは凍りついたような顔色で、リーナに尋ねた。
「特別な由来はありません。でも、私は自分の名が好きです。私の名を呼んでくれる方々へ、感謝をしております。私は生きていると実感するのと同時に、あたたかい気持ちになる。名を呼んでくれるのは私を受け入れている『証し』だと、信じています」
リーナはまっすぐとノームを見つめていた。
「どうやら、私は尋ね方を間違えたようだ。では、あらためて訊く。名は、誰につけられたのだと……。な」
「拘る必要はないと、申し上げます」
リーナはきつい口調でノームに言う。
「……。ならば、覚悟をするのだ。私は容赦なく、そなたと対峙をする。そして与えられた使命を放棄したことに、生涯嘆きと苦しみを味わうのだ」
ノームは顔を険しくさせて、右腕をリーナへと伸ばして掌に焚きつかせた黒い炎を解き放す。
「あなたが何をどんなに言おうとしようと、あなたのかたくに凍る“重威”を溶かします」
リーナは身に纏う薄紫色の装束の長い袖を扇ぎ、黒い炎を吹き飛ばす。
ーーリーナ、溶かしたあとに退かすが必要だよ。
「アキラ、大丈夫よ。だって、あなたのご両親と私の母が近くで見守っている、ニャルーとウイウイが手を取り合っている、大切な友達から受け取った証の《象》が輝いている。そして、私のアキラが一緒にいる……。」
リーナは黒い炎を扇いだ反動で水晶の床へと落ちる間際に、アキラが駆けつけてリーナを庇った。
「気に入らない」と、呟くノームはこめかみに針金のような青筋を浮かべて下唇を歯で噛み締める。
「あなたの『歴史』で何が起きたのかはわからない。でも、すべてを拒むほどの“闇”があなたに巣くってしまった。アキラのご両親と私の母は、あなたの“闇”を振り払う方法をずっと探していた、私とアキラが《志》を預かった。だから、あなたもあなたが本当に見たかった《時》をどうか恐がらないで今から始めてください」
リーナはアキラと蒼い球体に両手で包み込んでいた。
「メリ=アン。あなたもふたりのお手伝いをしてください」
〈トト〉がメリ=アンの羽毛ををやさしく掌で拭って言う。
「〈トト〉わたしもあの人の傍に付いて新しく始まる《時》へと行くことをゆるしてくれますか」
メリ=アンは茶色の瞳を涙で濡らしていた。
「あなただけではないわ。私と私が愛するミリオン=ワンも一緒について行くわ。ね、あなた」
〈トト〉は微笑んでミリオン=ワンと頷いた。
「ふたりともありがとう。わたしは『あの人』の細くて震えるおもいを今度こそ支えると、決めます。本当に、今度こそ……。」
メリ=アンは翼を広げて羽ばたくと、琥珀の宮殿の最上階にいるリーナとアキラの傍へと舞い降りた。
「〈トト〉私たちも参るぞ」
ミリオン=ワンは〈トト〉を背中に乗せて、メリ=アンの後を付いて羽ばたいた。
ーーあなたの見たかった《時》にいってらっしゃい……。
琥珀の宮殿は、蒼い光に包まれ紫色に染め上げる。解き放された紫の光は【志の都】の空と大地と海を夕暮れのように塗り替えて、一度夜の帳をおろすと黄金色の輝きがまぶしく照らされたーーー。
ーーリーナ、キミは何処に行くか決めている?
ーーアキラ、あなたは何を今さら訊くのかしら?
ーーニャルーは、みんなが好き好きをちゃんと言えるところが大好きだよ。
ーーオレ、手を振り上げて地面を思いっきり駆けるをする処が良いと思う。
想いを重ね合わせた4つの光がたどり着いた場所は、辺り一面に淡くて蒼い瞬きで花を咲かせる《発光草》が生い茂っていた。
リーナとアキラが初めて出会った場所だったーー。
***
【遺跡】の近くに発掘調査スタッフが拠点とするテント村があった。
夜が更けている頃、ひとつのテントはまだ灯りが消えていなかった。
〔オメガグリン遺跡 発掘調査 リーフマンスの末日を以て終了〕
リーナは、デスクに備える椅子に腰掛けて、同じくデスクの上に備えるノートブック式の電子機器の画面を見つめながら文字列が並ぶキーボードを使い、指先で文字を打ち込んでいた。
「リーダー、夜食はどうします」と、ジロウ=ラコがテントの外からリーナに呼び掛けた。
「そうね、軽くでいいから身体が温まるのをお願いするわ」
「お湯を注ぐだけのスープと柑橘類のジャムをのせたクラッカーをお持ち致します」
ジロウ=ラコの枯れ葉を踏み締める足音が遠退いていく。
リーナは、ジロウ=ラコの足音が途切れたところで「かふり」と、欠伸をした。そして、テントの壁際に置くボックス棚に並ぶ書籍の隙間から一冊の帳面を抜き取り、頁を捲った。
〔翠は微笑む〕
リーナは、翠の色の筆先で書き記す表題の紫色の帳面の頁を捲る指先を止めて、手書きの文字を目で追うと「ふふふ」と、愉快そうに吹き出した。
「リーダー、愉しそうですね」
夜食を運んできたジロウ=ラコに声を掛けられて、リーナは顔を赤くして頁を開く帳面を両手で挟んで閉じた。
「よくも見たわね」と、リーナはジロウ=ラコを睨み付けて言う。
「ははは、そういう仕草はやっぱり女性ですね」
「からかうのは止しなさい」
リーナはマグカップに熱々並々と注がれているスープを啜り、舌をたまらず出してしまう。
「リーダー『あの少年』と暮らすのは本当なのですか」
「ジロウ=ラコ、あなたがアキラの立場だったらどうしたいの」
リーナの強い口調に、ジロウ=ラコは何も言い返せなかった。
***
ーー数年後。
リーナは、歴史の跡がある場所に訪れた。
「おかあさぁあん、みてみてっ!」
リーナを母と呼ぶ緋色の髪をふたつに縛り、リーナと同じ焦げ茶色の瞳をする女児が地面を埋め尽くすかのように生い茂る草花に指差しをしていた。
「ササ、お母さんのお腹に赤ちゃんがいるから急がせたら駄目だよ」
はしゃいで駆け回る女児……ササの後を緋色の髪と濃青色の瞳の青年が息を吐かせて追い掛けていた。
「あ」と、ササは足を止めて、リーナの右手を小さな両手で包み込んだ。
「ごめんなさい、おかあさん。赤ちゃんがびっくりして出できたら大変だよね」
「ササはやさしいね。大丈夫よ、赤ちゃんもお腹のなかであなたに会えることを楽しみにしているからと『合図』をしてくれたわ」
リーナは、お腹にササの耳を押し当ててやさしく言う。
「わあ、ぽこぽこと動いているぅうう」
ササはリーナにしがみついて、無邪気な顔をリーナに見せた。
「さてと、お昼ご飯にしよう」と、青年は草原の中心で根付く一本の樹木の根元にレジャーシートを敷いて、蔦で編まれる籠の蓋を開いて中から『昼食』がつまった箱を並べる。
「おとうさん、どうして小さいお皿を持ってきたの」
ササは、自分の口より大きな揚げた鳥を具材にしたサンドイッチを一気に頬張った。
「約束していたからだよ。あ、噂をしたらなんとやらだ」
「え」と、父親が振り向く先をササが見る。
「ササ、お父さんとお母さんのお友だちよ」
リーナは掌にのせた小さな種族をふたり乗せて、ササに言う。
「こんにちは、リーナとアキラ。ニャルーとウイウイは元気だったよ。え~と、あなたのお名前はなんていうのかな?」
「ササ=メリ=アンよ。わたし、名前を呼んでくれるときが一番大好きなんだっ!」
ササはニャルーに満面の笑みを湛えて言うーー。




