源の燭台〈5〉
長い夢を見ていたと、リーナ=キリシマはアキラ=ヤナギの呼び掛けに応えるように目を覚ます。
「おかえり、リーナ」
アキラは、リーナの目覚めに安堵を表す。
「アキラ。私は、あなたに謝らないといけないわ」
リーナは、ベッドの上でアキラに背中を向けて枕を抱きなから声を震わせた。
「僕はこの通り、ぴんぴんしているよ。だから、僕を見てよ」
「……。あなたの顔を見る自信がない。今の私をあなたに見られてしまった。あなたと誓ったことを私は破ってしまった……。」
「リーナ。今のキミは、間違いなく《称号》としての姿だよ。でも、僕はキミから『称号』を解放させたい。僕に必要なのは、キミそのもの……。だから、リーナ。僕のことをこわがらないでよ」
アキラはやさしく、リーナの紫水晶の色を思わせるの髪に手櫛をしながら言う。
「あなたが、私から『称号』を取り除くと、いうこと? どんな方法で私をふつうの生き方にすることを、あなたは知っているというの?」
リーナはアキラに背中を向けたまま、ベッドに両手をつけて上半身を起こした。
「キミは、僕に愛を注いでくれた、僕を支えてくれた。僕だけではなく、キミに助けられたくさんの魂が新しい時を刻む旅にでた。そして【此処】にキミが知っている人がやって来た。みんなもキミが大切だと、気持ちを溢れさせていた。みんな、キミのことが大切だというのが僕はわかった」
アキラは、紺色のズボンの右ポケットから取り出したふたつの石を、振り向くリーナに見せた。
リーナの顔が、光を浴びたように明るくなった。
「今でも覚えているわ。私たちの出会いは、運命的な縁だった。また会えると想いをつのらせて、私は、ふたりにあなたが持っている石を託した……。巡り合いという奇跡を、私は見ることができた。アキラと一緒に見ることが出来た……。」
「リーナ、すぐに会えるよ。キミの友達は、すぐそこにいるよ。キミも会ってくれるよね?」
アキラのいうことに、リーナは静かにうなずいた。
リーナはアキラからふたつの石を受け取り、ベッドから床へとおりる。
リーナは石を両手で握りしめて、呼吸をととのえる。
ベッドの両わきにならぶゴブレットの形の薄紫色の炎を焚かせる燭台。リーナは、それぞれに石を入れたーー。
***
《源の燭台》の天辺から、空と大地と海に薄紫色の光が眩しく解き放されていた。
「やったな、アキラ」
空を見上げるソールが笑みを湛えていた。
「エリカさぁん~、何処にいるのですかぁあ~?」
「ミリィ、私の足を踏んでいるがわからないのですか」
ミリィとエリカはお互いの身体を寄せていた。
「〈トト〉わたしは……。」
「メリ=アン、しっかりしなさい。あなたが『母親』ならば『我が子』を抱きしめるのが愛の伝え方。親と子の縁は、どんなに時が経っても断つことは出来ません」
蒼い鳥(メリ=アン)は〈トト〉に広げる翼を押さえられていた。
「アキラのお父さん、ニャルーは大好きがたくさんあるよ。一番の大好きは、リーナとアキラの髪の毛の中に入ってねんねすること。リーナにニャルーのおつむをなでなでしてもらうこと……。あとは、ニャルーを……え~と、ウイウイがーー」
「私は、感謝する。息子を小さな種族が大切に育てた、リーナは私が教えた『歴史』を学んだ。そして【此処】に集ったそれぞれの時を刻む者たちの勇気ある行動、このうえなく素晴らしい時を私は見ることが出来た」
焦げ茶色の鳥(ミリオン=ワン)の羽毛に埋もれるニャルーは、ウイウイに抱きついていた。
「オレもニャルーが好きなお姉さんと会えてよかった。ニャルー、お姉さんとあんちゃんみたいにずっと大好きをしようっ!」
ウイウイは、ニャルーの頬に口吻をする。
「うん、ニャルーもウイウイをいっぱい好き好きするよ。だから、ずっと一緒にいるをゆびきりげんまんーー」
ニャルーは右手の小指をウイウイに向けて……がっかりといわんばかりの顔をした。
「オレ、手と足がほしい……。なんて、わがままだよね?」
「ウイウイ、ごめんなさい。ニャルーは、ニャルーは……。」
ニャルーは涙を流水のように目から溢して、とうとうしゃっくりをあげる。
ーー泣かないで、ニャルー。あなたのやさしさは、ウイウイにちゃんと届いているわ。ウイウイ、これからもニャルーを護る強い願いに胸をはりなさい。あなたたちの想いを、私が受け止めます……。
すべてを照らす薄紫色の光は、うっすらと積もってすぐに溶ける雪を思わせるように消えていく。
「ひとつの光を、ウイウイに捧げます。ウイウイ、あなたの新しい『歴史』に幸を与えることを私は誓います」
なつかしく、あたたかい……。
ウイウイは、やわらかい声の主によって夢見心地にいざなわれたーー。
「……。ウイウイ、目を開けなさい」
ウイウイは、目を半開きにして声の主を見る。
「ニャルーに『ゆびきりげんまん』をするよ。オレはずっとニャルーと一緒にいる、大好きなニャルーをずっと護る。お姉さんから貰った身体を大切にするよ」
「ウイウイ、お礼をするのは私よ。あなたがいなかったら私は私を失っていた、誰かを哀しませる存在になるところだった。大切なことは何かを教えてくれたのは、ウイウイ……。あなたなの」
声の主は、リーナだった。
ウイウイは、ニャルーと同じ《かたち》となってニャルーの小指に小指を絡ませ、ニャルーを腕のなかに手繰り寄せた。
***
「リーナ、あなたとの思い出をミリィと一緒に語り合いところだけど、時間がゆるしてくれない状況ですわね」
エリカは、リーナと握手をしながら言う。
「あなた達に会えた。私は、それで十分よ」
リーナは笑みを湛えていた。
「リーナさん。お話しの途中で申し訳ないですがぁ~、こちらの《鳥》さんに声を掛けてほしいですだぁ~」
リーナはミリィに促され、蒼い鳥に振り向いた。
「メリ=アン。さあ、お行きなさい」
蒼い鳥(メリ=アン)は〈トト〉の傍でうつむいて身動きをしない様子だった。
「……。お母さん、相変わらず『子供』みたいなところがあるのね」
「ふふふ。たまに、わたしも手を焼いていましたわ。そして、今もこうして……。ですよ」
リーナは〈トト〉とはじめて顔を合わした。
リーナは、アキラから〈トト〉のことを聞かされていたので、初対面という意識はなかった。
〈トト〉も地上ではリーナに姿を見せることはなかった。
「〈トト〉様、落ちついたらお茶を飲みながら語り合いたいと願って良いでしょうか?」
「勿論よ、リーナ。私もアキラがお世話になっていたと、お礼を兼ねてになりますけどね」
「リーナ、あの……。」
「お母さんは『お母さん』よ、会えてうれしいわ」
リーナはメリ=アンの胸元からやわらかい羽毛に埋まり、愛おしいく両手でメリ=アンの背中を撫でていたーー。
***
【志の都】に夜の帳が降りていた。
《源の燭台》はかたちを手で掴めるほどに変えて、高台にいる一行の傍で、緋色の炎を火花を散らしながら燃えていた。
「ソールさん、僕を鍛えてください」
アキラは、腹拵えをするソールに頭をさげて言う。
「何の為にだ」と、ソールは胡座をかいてアキラに言うと、木の串に刺さる焼けた海の幸を頬張る。
「あなたは闘いについて学んでいた時期があったと、ミリィさんがおっしゃっていました。さっきもあなたの判断のおかげて僕たちは助かった。僕は、あなたから本当の強さを学びたいのです」
「アキラ。おまえは、俺のようにならなくて良い。おまえは手が届くものを護るで十分だ。その為には、おまえが誓う知識を学ぶことがおまえの義務だと俺は、思う」
ソールは頬張った海の幸を頭と骨にして、暖を取る焚き火の中へと放り込んだ。
「今だけで、良いのです。僕は【此処】で〈彼奴〉と決着をつけたい。僕が〈彼奴〉に勝たないと、リーナと未来を見ることが出来ない」
ソールは溜息を吐くと、腰をあげてアキラと目を合わせずに何処かへと去っていった。
アキラは焚きつける炎を見つめながら拳を握りしめて、踏みしめる地面に“威振”を軽く解き放したーー。




