暁の雫
リーナ=キリシマは、調査する遺跡地で連日連夜起きる『揺れ』の発生源を突き止める一方、一人の少年と遭遇した。
少年はリーナを警戒する故、闘いを挑むが敗れてしまう。
『アキラ=ヤナギ』と名乗る少年は、キャンプ地に引き返すリーナの背中で小川のせせらぎを彷彿する寝息を吹くーー。
***
キャンプ地に張る数個のテントのひとつに、アキラは居た。
頬に陽の温もりと、目蓋が受け止める光の眩しさを覚えたアキラは、掌の感触に堪らず飛び起きると、見下ろす先にいるのが誰かと思考を膨らませる。
ーーリーナ=キリシマ……。で、良いでしょうか?
鼻を明かすと云わんばかりの態度を示した『本人』が、傍で夢見心地を貪る寝顔を惜しみなく剥けていた。
今度こそ仕留めると、アキラは拳を握り締めて腕を大きく振りかぶるが、寝返りを打たれて決意が脆く砕かれる。
ーー『ボク』くん。
例えるならば、牙を抜かれた獣。思い出す度、屈辱感を覚える。
二度と関わりたくないと、足音を響かせないようにつま先立ちをする最中だった。
足首に硬く。そして、背中を圧着する重い衝撃が迸る。
「朝食の時間迄、しっかりと寝なさいっ!」
「……。要らないっ! 俺を帰せ」
「帰してやるわっ! 但し、此方の質問にちゃんと答えるが条件よ」
「特に無しだっ!」
「ならば、此れならどうかしら?」
ーーこちょこちょこちょこちょこちょ……。
ーーひっ! や、や……。やめろぉおおおっ!!
アキラが相手に『弱点』を見破られた瞬間だったーー。
***
リーナ=キリシマの隣で、アキラがうつぶせ状態のまま、息を絶え絶えしていた。
「所詮は『子供』……。突っ張っても無駄は、解ったかしら?」
「あの手、この手で弱味を握るが『大人』の手段は、解った」
「足の裏を擽られただけで屈折するとはーー」
リーナは吹き出し笑いをすると、腰ベルトに装着するホルダーから小型通信機を取り出して、通信を始める。
「着いて来なさい」
「俺をどうするつもりだ?」
「先ずは、腹拵え」
テントの外に出たリーナとアキラが向かった先は、遺跡調査メンバーの休憩所として使う広場だった。
簡易テーブルの上で並ぶ皿に盛られる『朝食』のひとつをリーナは手にすると、ぱくりと口に含んで咀嚼した。
「沢山あるから、貴方もどんどん食べなさい」
「俺に気にするな」
「どう見ても育ち盛りの癖に、妙な言い方をしたら駄目でしょう?」
「『食事』だったら、俺は出来ないだけだ」
アキラの言動にリーナは思わず顎を突き出し、更に眉間に皺を寄せる。
「訳あり?」
「さっき、あんたは俺の何かを知りたがっていた。だが、こんなにぞろぞろといる『侵入者』の前では言わないっ!」
叫ぶアキラに食事中の音が止まり、一人の男がざくざくと、雑草を踏み締めながら近付いて来る。
「さっきから黙って聞いていれば、横着な態度と生意気な口の突きかたは何だっ!」
「おまえこそ、草を踏みつけた。痛がってるから、謝れ」
男が瞬時に目を細くして、アキラを見る。
「ダンッ! 子供相手にみっともないーー」
リーナは、ダンと呼んだ男が拳を振り上げる仕草を見逃さなかった。
アキラの一歩前で足元が微弱に振動すると、覚えた時ーー。
ダンは陥没した地面に吸い込まれるように、墜ちていた。
***
「所長、近くで“威振”がーー」
「うろたえるな、ナック=ジェイ。傍にリーナが居る上に『発生源』をもうすぐ此処まで連れてくる」
ドーム式のテント内で、所長と呼ばれた灰色の髪に蒼い瞳の男がベッドに横になっていた。
「所長、ですがーー」
「私を肩書きで呼ぶなと、忘れたのか?」
「……。ミリオン=ワン、貴方のお体は既に限界なのです。入院をされて万全なケアを受けてください」
「遺跡が……。歴史が私を迎えてくれるーー」
ミリオン=ワンは、近付く足音に耳を澄ませる。
「師匠、ナック=ジェイを困らせていたでしょう?」
「リーナ。先ずは『客』を紹介するのだ」
笑みを湛えるミリオン=ワンにリーナは苦笑すると、渋渋とした面持ちをするアキラを手招きするーー。