夢路真地を越えて
〈志〉とは、心に決めた目標。
リーナ=キリシマは『称号』の歴史を変えると、決めた。
アキラ=ヤナギは《癒しの女神》から選ばれた時期『称号』のリーナを護ると、決めた。
【志の都】はふたりの心を受け止めるように、大気と大地を震わせた。
〈意志〉は『維新』となるのか。それとも『依然』としてに、なるのか。
リーナは知らない、アキラは、なおさら知らない。
新しい始まりを目指す方向にあるのが、琥珀の宮殿……。
ノームも【志の都】に路をのばしたものが誰かとは、知らなかったーー。
***
「アキラ、ニャルーはここにいるわよ」
リーナはアキラと共に樹木の外へ出ると、目の前の発光草が生い茂る場所へと向かった。
「この中にあいつが?」
発光草の一株にくっつく銀色の繭玉。
アキラは、けしてリーナの言うことに疑うわけではなかったが、咄嗟に突いたひと言だった。
「ウイウイ、外はだいじょうぶよ。ニャルーといっしょに出てらっしゃい」
リーナは、腰を下ろして繭玉に右の指先で軽く三回突いた。
ーーお姉さん? お姉さんなのね。
繭玉の中から蠢く音と嬉々とした声がした。
「はあ? ウイウイだったのか。何故、こんなところにいるのだよ」
アキラは、呆れ顔をしながら訊く。
ーー悪かったな、お姉さんを困らせた奴め。
「さっさと表に出ろっ!」
アキラは眉毛を吊り上げて言う。
「アキラ、感情的になったら駄目よ。そして、あなたはウイウイを知っていた」
リーナはアキラの頬に両手を乗せ、目を合わせた。
「ごめん、リーナ。でも、僕だって驚くさ。キミだったら理由をわかってくれるよね」
「勿論よ、いろいろと訊きたいわ。だけど、私たちが此処に来た目的を果たしてからにしましょう。さあ、ウイウイーー」
リーナはウイウイを再び呼ぶ。
ーーお姉さん、出られない。
弱々しい声のウイウイに「アキラ、どうしよう」と、リーナは焦る。
「繭の糸が硬すぎる。ウイウイでは破れない」
アキラは、繭の表面に指先を押して首を横に振った。
「そんな……。ウイウイが自分でつくったのよ、どうして破れないの?」
「《イキモノ族》が繭をつくるのは、身を守る為。ニャルーまで包むとなれば、かなり強度を増さないといけなかったのだろうな。糸をめいっぱい吐いて繭の厚みを増したのも原因があるかもしれない」
アキラは繭玉を指の爪で掻いて毟る。しかし、擦りあとが残るだけで破ることができない。
「僕でも無理か」
欠ける爪先に息を吹くアキラは落胆した形相で言う。
ーー大変なことになってきたみたいだね。
嘲て笑いをするウイウイに、アキラは頬を痙攣させて拳を握りしめていた。
「アキラ、さっきも言ったでしょう」
「僕は、怒ったぞ。止めるな、リーナ」
リーナは、アキラが振り上げる右腕を両手で掴んでアキラの激昂を抑えようとした。
ーー叩いて潰してもいいけど、ちっちゃいものまで大変なことになるよ。
「ぐっ」と、アキラは喉をつまらせるように声を出す。
「ウイウイのいう通りよ。そうよ、ニャルーもこの中にいるの。ふたり……いえ、二ひき……。兎に角、どっちも傷つけないようにして助けてあげる方法を考えましょう」
リーナは地面にアキラを座らせて、背中を何度も撫でて言う。
「……。ウイウイ、中で息苦しいは有るか」
渋々とした顔つきのアキラは、胡座をかいていた。
ーー全然ないよ。むしろ、空気が美味しい。
「ちっとは、焦ろよーー」
がっかりと、いわんばかりのアキラは唇を噛み締める。
「ウイウイ、私たちに気をつかってるのでしょう。でも、アキラはこれでも心配しているの、わかるかしら」
ーーオレがじたばたしたら、お姉さんたちがもっと苦しい思いをする。オレは、オトコだ。オトコだから女のコのちっちゃいものを守るも決めた。こうなったら、オレだって……。
リーナは、繭玉の中から聞こえるウイウイの声と糸を咬みちぎる音に耳を澄ませる。
「待ちなさい、ウイウイ。歯が……いえ、顎が疲れるだけよ」
「リーナ、こうなったら最後の手段だ」
アキラはリーナを退けると、深呼吸をして息をととのえる。
「アキラ、え? ちょっと、それはさすがにーー」
「加減は、する。ウイウイ、ニャルーをしっかりと守っとけよ」
リーナは、アキラの右の人さし指が緋色に瞬いていたのを見逃さなかった。
ーーわかったよ、あんちゃんっ!
「調子がいいな……。俺は、おまえが『オトコ』だと見込んでの決行だからな。すこし火傷はするかもしれないが、我慢しろよ」
ーーおうっ!『メイヨのクンセイ』として、しっかりと焼きつかせる。
「ウイウイ……。私は、あなたを食べたくないわ」
「リーナ、これ以上のツッコミは止してくれよ。ウイウイ、おまえは『勲章』と言いたいことはわかるがもう、喋るな」
「数の掛け声は?」
「要らないっ! 一発で決めてやる」
リーナの言葉をアキラは遮る。そしてーー。
ーー点火っ!!
アキラは、緋色に焚き付けた指先を繭玉の表面に押し当てるーーーー。
淡い朱と白色の煙が立ち上ぼり、溶けた飴のように繭玉は液状となる。ウイウイは、燃えて溶けた繭の粘液にまみれながらニャルーに覆い被さっていたーー。
***
ニャルーと外に出たウイウイはアキラが指先で抓み、引き上げる。
「俺に練りつけるな」
アキラは、肩に乗せるウイウイに粘液をつけられてしまい、怒りを膨らませて言う。
「痒いからだよ。ああ、まだ落ちない」
ウイウイは全身を悶えさせていた。
「ニャルー、やっと起きたわね」
リーナは掌の中にいるニャルーに優しく声を掛けた。
「ニャルーは、寝ていないもん」
ニャルーは「かふり」と、あくびをして、気をぬかれたように、ぼんやりとしていた。
「ふふふ、この子ったら」
リーナは愛おしいそうにニャルーの頭を指先で撫で、柔らかい眼差しをしていた。
「リーナ、目の前を見てごらん」
「ええ、よく見えているわ」
アキラに呼ばれてリーナはアキラの腕の中にと、抱かれていく。
「路は、絶対に続いている」
「そう……。必ず辿り着くわ」
リーナはアキラの鼓動を耳を澄ませる。アキラはリーナの吐息を受け止めるように全身を震わせる。
「いよいよ、僕たちは知ることが出来る」
「そして、新しく始めるがはじまる……」
「キミと」
「あなたと」
ーー生きるために………………。
リーナとアキラは、歩調を合わせて虹色の路をまっすぐと踏みしめていくーー。




