塀闇の釡庫
リーナ=キリシマとアキラ=ヤナギは【志の都】で結ばれた。想いをひとつにして今、すべてを繋げる調を奏でる。
アキラは“威振”を、リーナは『唄』を楽器と形を変えた樹木に注ぎ込む。
音と光の交響曲は【志の都】の天と地に高らかと、共鳴していったーー。
***
琥珀の宮殿にいるノームは苛ついていた。
「リブ、茶がぬるい。淹れなおしてこい」
宮殿内の広間で、テーブルの席に座るノームは紺色のティーカップを手にして中身に口を含むと、乱暴にソーサーの上に置く。
「いつものように淹れてます」
リブは、テーブルに飛び散るお茶の飛沫を上着の右ポケットから取り出したハンカチで拭いあげながら言う。
ノームの顔が歪み、リブは身体を構える。
「私に刃向かうのか」と、ノームは声を低くさせて腕をリブに伸ばして掌を向けていった。
「貴方は、今【此処】で何が起きているのかわかっている筈です。宮殿に閉じこもる理由はもう、ないのです。あたたかく、やさしい路がのびている音が私にも聴こえている」
リブは氷の息を吐いてノームが解き放す灰色の塊を粉微塵にすると、広間の窓際に視線を剥ける。
垂れるカーテンはしなやかに揺れて、裾の模様は金と銀の刺繍糸であしらう宝石。木洩れ日と似てる光が反射して、広間の天井と床をまばゆく照していた。
ノームは、窓はしまっているのに風が吹き込むような感覚が信じられなかった。
リブの言うことを、簡単に認めない。
「リブ、おまえは路をのばすのが何者かと確かめたのか」
「大気が“揺れ”て教えてくれたのをお忘れになったのですか」
「はなしにならない」と、ノームは窓際へ歩み寄りカーテンを力強く開き、閉まる窓の扉を開くとーー。
「はうっ」と、ノームは強く吹き込む風に目蓋を綴じて、噎せる。
薄紅色のセミロングの髪は乱れ、身に纏う深紅の装束は裾と袂が捲り上がる。腰に着ける鉱石の装飾品は紐が解れて、広間のあちこちにばら蒔かれていく。
ひとつの鉱石がリブの褄先に辿り着く。そして、腰をおろすと指先で挟んで掌の中に入れた。
「『地上』の“種”を返すのだ」
ノームはリブに飛び付くように駆けていく。
「ノーム様何故、“種”の“芯”を取りだないでいたのですか」
「私にはそんな“力”はもう、ない。たとえ取り出しても【此処】では炭化すると〈あいつ〉も言っていた」
ノームはリブの腕を掴んで、リブの掌に握りしめる“種”を取り戻そうと懸命になる。
ーーそれは、それは……。ならば、私が代わりに致しましょう。
リブの声色が野太く、不気味になる。
ノームは、リブから掴まれる右腕に寒さで凍りつくような感覚を感じると、左の肘でリブの右手の甲を叩いて払い除けようとした。
ーー貴方ほどのお方が、私に悪あがきを見せるとは……愉快です。
「リブ。私はどうやら、信じる相手を間違ったようだ」
ーー滑稽ですな。散々、私のことを罵っておきながら好都合な言い方をされる。
ノームが見たリブの顔は、血色がなかった。目は縫い針のように細く、鋭くと、束ねていた黒髪が垂れても気にする様子もなく、歯を剥き出していた。
「何をほざくかっ!」
ノームは、リブの脚の隙間から右のくるぶしに左へと足払いをするが、膝を曲げるリブに交わされてしまう。
ーーもっと、心を沸かしてください。もっと、身体を熱くしてください。貴方のもっと、もっとを見たいです……。
リブの声色は低く、重く。
ノームの動きは、鉛の塊に押し潰されるように鈍くなる。
「……。よかろう、リブよ。ただし、私には誇りがある。私には誓いがある。私は、今でも心から愛するものがいる。おのれの信念を貫きたければ、私そのものを塵ひとつ残さずに消すのだ」
ーー『消す』は、可能です。ですが、ねぇええ……。
くくく、ははは、ひひひ…………。クククククク、ハハハハハハ、ヒヒヒヒヒヒーーーーーー。
リブが、刃物を砥石でこする音に似た声で高笑いをする。
「リブ。やはり、おまえに私は消せないーー」
ノームは身体を炎のように熱く焚かせ、ノームの腕を掴むリブの掌が燃える。
リブは右腕の肘までに燃え盛る炎に氷の息を吹く。広間の辺り一面に煙がおおい、焦臭い匂いが満ちた。
「……。意気がってたわりには無様だな」
「つけこむべき状態を……わたしの気のゆるみを、待っていた……の……か」
「待つなんては、していない。気が変わっただけだ」
ノームは姿と声色が戻るリブを見下ろしていた。覇気がない顔、肘から下を失っている腕。立つには支えることができない脚は、膝と褄先が水晶の床についていた。
「勿体ぶる。貴方の悪い癖ですな」
リブは溜息を吐いて言う。
「ふっ。私は、見たいのだよ」
ーーおまえが私の炎で焼いて取り出した歴史の“芯”を……な。
ノームは右手に握りしめる黒い球体を、掌の上で転がしていたーー。




