静聞
リーナ=キリシマは目を覚ます。
上半身だけを寝床から起こして樹木の空洞に蔓延る根の隙間を、見上げた。
時間がわからない。しかし、うっすらと射し込む温かい光。
朝がきたことにしようと、リーナはアキラ=ヤナギを起こすつもりだった。
「ごめん、キミは外に出て」
うつぶせ寝でアキラは言う。
「アキラ、具合が悪いの」
リーナは目を合わそうとしないアキラに険相する。
「本当にごめん。ごめんだけど、いう通りにして」
何度もアキラが謝る。深く理由を尋ねるのはアキラを困らせるだけだ。
「わかったわ、今から千を数える。数え終わったら様子を見に来るで良いかしら」
リーナはアキラの緋色の髪に手櫛をすると、羽織る紺色に染まる長い丈のベストを脱いでアキラの背中に掛け、立ち上がった。
リーナが地面を踏みしめる音が聞こえなくなると、アキラは、リーナが置いていった『掛け布』を頭に被せる。
「ーーごじゅうに、ごじゅうさん、ごじゅうよん」
リーナは一歩ずつ前に進みながら数を数えていた。
ーーしち、きゅう、ひゃくさんじゅう。
「もうっ!」
リーナは歩みを止めて肩を震わせる。
ーーひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。
「姿を見せなさいっ! 私の真剣さをよくも邪魔したわね」
ーーどこが真剣なの?『おばさん』が気を散らしているから数がわからなくのだよ。
「なんですって」と、リーナは怒りを膨らませ唇を噛みしめ囁き声がする方向に両腕を振り回す。
ーーバカだな、空気を叩いても痛くないよ。
随分と近くで聞こえる。リーナは歯ぎしりをして眉間に皺を寄せていた。
「こっち、こっちだよ。『おねえさん』」
リーナは右肩に視線をむける。
目蓋をいっぱいにして開き、口の端が裂けそうなほど横に広げた顔で見るものはーー。
ーーイモムシィイイイイッ!
澄みきる蒼空に届くようなリーナの絶叫が響き渡ったーー。
***
「ふう」と、アキラは息を口から吐く。
ーー苦しいのですね。
「……。平気だよ」
アキラは熱る身体で、呼び掛ける声に受け答える。
ーーあなたは“幻人”と“真人”の間の子。
「僕は決めた、僕の時間が進んでも絶対に護ると誓った」
アキラは身体の節節の痛みに耐えながら言う。
ーー地上の花の蜜であなたの時の刻みを抑制していた。
「いまさら、そんなことを僕に……どうしてーー」
息が止まりそうで喉も詰まる。アキラの目蓋はとうとう綴じていくーー。
ーー〈トト〉様。
「聞こえていますよ」
陽の光を浴びる〈トト〉は地上の樹木の幹に耳を押し当て涙を溢していた。
ーー【志の都】の私の一部が、私の花の蜜が、ご子息の時に刺激を与えてしまった……。
「キンモク=セイ、アキラの身に起きていることはあなたの所為ではありません」
嗚咽混じりの〈トト〉は指先でキンモク=セイを拭うと膝を曲げて、地面に付いた。
ーー〈トト〉様……。
「私が『称号』を受け継いだ時には、お腹にあの子が宿っていた。だけど、私とあの子の時の刻みが別々だと知った。私は嫌だった、あの子を抱きしめてとても愛おしいと、想いがあの人を愛した瞬間と同じだった」
〈トト〉は両手で顔を被せて肩を震わせる。
「〈トト〉様、お話しの途中で申し訳ありませんが、ウイウイがーー」
地面を這いながら近付く、物のかたちが〈トト〉を見上げていた。
「あなたは《イキモノ族》ですね。どうされたのですか」
〈トト〉は涙で濡れる頬を指先で拭き取ると、やさしい声で尋ねる。
「いない、いないと捜していたら【志の都】にいることがわかったのです。あ、こちらがその証拠です」
見た目は芋虫の《イキモノ》は背中にくっつけている翠の綿毛を口に挟むと〈トト〉に差し出す。
「考えられるのは、あの子達についていったのでしょう。ごめんなさい、あなたのお名前を教えてください」
〈トト〉は笑みを湛えて言う。
「ビルで、ふ、ぶ、す……」
ーーぶぇっくしょぉおおんっ!
ビルがくしゃみをした勢いで、翠の綿毛が弾けて飛んで空中に舞ったーー。




