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翠は微笑む  作者: トト美咲
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幻志

 茜幻想。

 扉の向こうに広がる眩い色にリーナ=キリシマは息を呑む。


 アキラ=ヤナギはリーナの手を引いて、浮かんで虹色にひかる数えられないほどの小さな球体を掻き分ける。


 追い付いたニャルーはリーナの柔らかい短髪の中に潜り込み、夢見心地を貪る。


 風に含ませる甘い果実の薫りに導かれ、辿り着いた場所はーー。



「【志の都】此処は“幻人げんと”の憧れの場所。だけど、行き方はけして明かされることはなかった」

 リーナは飛ぶエメラルドグリーンの綿毛を手のひらの上に乗せて言う。


「リーナ、キミは来たんだよ。僕たちが此処で何かを知るためにだよ」

 アキラはリーナの手のひらから『綿毛』をやさしく両手でつつみこむと息を吹き込んでいく。

『綿毛』は翠の粉になり、リーナは浴びて“翠の光”を瞬かせる。


「アキラ。私の母はね〈翠のタンポポ〉の『綿毛』を飛ばすことを夢見ていたの」


「キミのお父さんは今はどうしているの」と、アキラは泣き崩れるリーナを手繰り寄せる。そして、リーナの涙で濡れる頬に口づけをして滴を口に含ませる。


「会いたいわ」

 リーナは吐息を甘くさせると、唇をアキラの唇に重ねていく。


「会おう、リーナ。だから、泣かないで」


「うん」

 リーナは、アキラを抱きしめて雛鳥のような鳴き声で頷いたーー。




 ***




「ノーム様、大気が“振動”を起こしてます」


 蒼い光の球体が浮かぶ琥珀色の宮殿の最上階。バルコニーで薄紅色のセミロングの髪なびかせて、深紅の装束を身にまとう見た目は青年がいた。


「リブ。わざわざそんなことを告げるために、持ち場を離れたのか」

 ノームと呼ばれた青年は、凍えるような声色でリブを睨み付けて言う。


「いえ、私は貴方に報告をと命じられただけです」

 リブは身がすくむ思いをしながら、じりじりと歩み寄るノームを見つめる。


 ーーだから、なんだ……。


 ノームが振り上げる腕と迸る閃光に瞬きをする隙がないといわんばかりに、リブは逃げた。



「世は末。警鐘を鳴らすものを待ち望んでいたわりには、怖じ気つくとはな」

 焦げ茶色の羽でくちばしが白い鳥が舞い降りてきて、ノームに口を突く。


「ほう、早くも新しい〈器〉を与えられたのか」

 ノームは鳥を捕まえようと右手を向けるがかわされてしまい、悔しさのあまりに側にある鉢植えを蹴り飛ばす。


「そなたには“真人まびと”との間に子がいると、私は知っている。母親は子に我が想いを託していたことも知っている」

 鳥はノームの回りを翔びながら言う。


「何を言いたい。ミリオン=ワン」

「親は親、子は子。そなたに慈愛があれば、だ」


「……。ならば、訊こう。子の母親のその後を、な」

 ノームは、銀色に光る珠玉の首飾りを外すと右手で先端である球体を握り締める。


「《癒しの女神》のお目付け役を担っておる。名と姿は変わってしまったが、瞳は子が継いでいる。ひと目みて、よく似ていると思ったものだ」

 ミリオン=ワンと呼ばれた鳥は、ノームの右手を嘴で突く。


「私は宮殿からは出られない。まさに、籠の中の鳥だ」

「“幻人”とは、自由に生きることができるのではなかったのか」


「ふっ」と、ノームは笑う。そして、ミリオン=ワンの嘴に首飾りの鎖を挟ませる。


 ミリオン=ワンはノームと目を合わせると、朱色の空を流れる紫色で染まる雲を目指すかのように翼を広げて羽ばたいていったーー。


「ミリオン=ワン、遠い昔におまえは“幻人”を愛した。私は“真人”を愛した。かつて【あの都市】では二つの種族はお互いを尊重をしていた。私とおまえは『志』が同じだった。だが、私の小さな『迷い』が《闇》を創ってしまった」

 ノームは水晶の足場に撒き散らされている土を両手で掬うと蹴り飛ばした鉢の中に納め、黄金の大輪の花を咲かせる植物を根元から埋め戻す。


「《闇》は“幻人”と“真人”を闘わせる『種火』と《象》を変える。既に子がいた私は、子を母親と一緒に【あの都市】から逃がす。ミリオン=ワンは私が《闇》の『根源』と見抜いていたーー」


 ーー花を枯らさないでください。遠くて近い明日に会えると願うことをけして、失わないようにしてください……。


 ノームは花びらに指先を乗せて記憶を辿らせる。


「声は覚えているが、姿が思い出せない。歯がゆいものだ」


 ノームは花を握り潰そうと手をひろげるが、止めて拳に変えると壁に目掛けて打ち込んでいく。



 ーー《霧の宮殿》は私の〈器〉あなたの『幻』をけして、消したりはしない。だから、今はじっとして待ちなさい。


 微笑みまじりの囁きが、ノームの耳元をくすぐらせるーー。




 ***



「ポロロ、浮かない顔をしていますよ。何かあったのですか」


 〈トト〉は地上に根付く《吟唱樹》の枝でポロロといた。


「申し訳ありません。けして具合が悪いわけではないのですが、私はなにか大切なことを忘れているのではないかと、思い出そうとしているのです」

 ポロロはうつむくと「クー」と、悲しそうにさえずりをした。


「今は駄目です。あの子達が【あの場所】から戻って来るまでは思い出すことはご辛抱をしてください」


 〈トト〉はポロロを両手でやさしく包み込み、やわらかい蒼い羽根を撫でた。


「〈トト〉様、ひとつだけ言葉にしたいことがあります」

「……。わかりました、今だけ特別にですよ」


 〈トト〉はポロロに微笑む。ポロロは頷き、嘴から緑の匂いを吸い込む。


 ーー愛おしい……。


 南から吹く風とともに無数の翠の綿毛が飛んできて、ひとつの綿毛がポロロの蒼い羽根に貼りついていったーー。



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