穏やかな午後
書類に適当に目を通し、必要箇所にサインすると、午前のノルマは終わる。中身は、騎士同士の所領の境界線を巡る紛争、ギルド(職業組合)関係の申請の許認可、財政支出の承認など、つまらないものが多い。時々、寝ぼけて内容を見ずにサインすることがあるけど、それで不都合があるわけでもない。えらくなればなるほどヒマになるという、公務員に通じるものがあるかもしれない。
「大臣、一応、目を通したから、ここに置いておくわ。あとはお願い」
「わかりました。えーっと、今日の午後、隣国ミスティアの外交使節の接見がありますので、よろしくお願いします」
接見は午後の早い時間に行われた。することといえば、礼装に身を包み適当に愛想笑いを浮かべながら、ポット大臣が作った原稿を読み上げるだけで、大した仕事ではない。実質的な交渉は大臣が行うことになる。
今回の外交使節は、ミスティアとウェルシーのこれまでの誼を今後も継続したいとの申し出だった。ミスティアはウェルシーから東方に位置し、町とその近辺の土地を領地とする(町の名と同じ)ミスティア子爵が統治している国で、ウェルシーとは以前からつながりが深かったそうだ。
接見が終わると、わたしは寝室に戻り、礼装を脱ぎ捨てて群青色のメイド服に着替えた。わたし的にはメイド服で接見してもよかったけど、ポット大臣が「さすがにそれでは失礼すぎる」と強硬に反対したからだ。
「は~、つまんない」
「仕方ないよ。地位が上るほど、儀礼的な仕事が増えてくるものだし」
プチドラの方がわたしよりよほど世間を知っている。
夕方、ようやく公務から解放されたわたしが中庭を散歩していると、
「そう、もっと精神を集中して、心の中に炎のイメージを浮かべるの」
メアリーが5人の子供たちを集め、中庭で魔法の特訓をしていた。初等部の授業は終わっているから、これは魔法特待生の居残り特訓だろう。
「メアリー、精が出るわね。魔法の実技演習?」
「そうです。魔法の素質のある子供たちを集めました。正しい訓練をすれば、きっとその才能が花開きます」
メアリーによれば、魔法とは天賦の才、才能がなければいくら努力しても無駄だそうだ。さらに、才能があっても、育て方を誤れば簡単に潰されてしまうというデリケートなものらしい。魔法の才能を持つ者の割合は、エルフでは100%、ヒューマンでは3%弱で、この5人は、町中から選りすぐって集められた優れた才能、すなわち、エリートということだ。
「話は変わるけど、メアリー、この前に頼んだ品種改良はどうなってるの?」
「マリアが主に担当しています。抜かりありませんので、ご心配なく」