キム・ラードの最期
わたしは伝説のエルブンボウを取り出して矢をつがえ、ラードに狙いをつけた。伝説のエルブンボウの射程距離と命中精度は、通常のエルブンボウの3倍。大会議室からでも、十分、その射程距離内だ。
帝国宰相は、そんなわたしを見て(多分、少し意地悪をしてみたくなったのだろう)、
「ウェルシー伯よ、せっかくの魔法勝負の最中に、横槍かな?」
「これは試合ではありませんし、魔法アカデミーや宮殿への被害を抑えるためにも、早々に決着をつけなければならないのではないかと…… それに、帝国宰相にとっては、魔法アカデミーの魔法使いが戻ってくるまでにヤツを片付けておく方が、都合がよろしいのでは?」
「う~む…… そうじゃな、一理ある」
帝国宰相は腕を組み、うなった。宰相は、戦闘が長引き、隻眼の黒龍プラスが単独でラードを撃退できなくなることを期待していたのかもしれない。しかし、その場合は、パーシュ=カーニス評議員たちにも手柄を取られることになり、帝国宰相としては(ドラゴニア候にとっても)面白くないことになるだろう。宰相にとって、どちらに転んでも好ましい結果にならないのは、辛いところだ。
ともあれ、さっさとこんな茶番は終わらせてしまおう。わたしはラードに照準を合わせ、弦を引き絞った。動きが速くて狙いにくいけど、必ずしも命中させる必要はない。矢をよけようとしてスキができれば、あとは隻眼の黒龍がなんとかしてくれるだろう。
わたしはエイヤと弦を放した。矢は物理法則を超越しているかのように、一直線にラードめがけて進む。
「むっ!? うっ、うぐっ!!」
ラードは錫杖の上で身をかがめ、腹を押さえた。急所をはずしたものの、命中したようだ。隻眼の黒龍は、そのスキを見逃さず、口から、この戦いでは最大級の猛火を浴びせかけた。ラードは悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして焼き尽くされ(蒸発という方が精確な表現だろう)、あとには灰さえも残らなかった。
こうして、一応、危機を脱することはできた。でも、歓声が上がったり、対策会議のメンバーから賞賛を浴びたりしたわけではなかった。反対に、メンバーの冷たい視線が突き刺さり、痛いくらい。わたしひとりがおいしいところを持っていったことに対する反感だろう。どうやら、嫉妬と足の引っ張り合いが、貴族の世界の不文律らしい。帝国宰相も、口では「よくやった」と言いながら、露骨に渋い顔をしている(気持ちはとてもよく分かるが)。
「ただいま~」
隻眼の黒龍は空中で体を縮め、子犬サイズのプチドラになって、わたしの胸にとびこんできた。
わたしはプチドラをしっかりと受け止め、
「ごくろうさま。やっぱり頼れるのはあなただけね」




