決戦
帝国宰相は、内心ではいらだっているのかもしれない。しかし、態度には出さず、ドラゴニア侯を制しつつ口調も穏やかに、
「ウェルシー伯よ、冗談は、時と場合をわきまえられるがよいぞ」
「ドラゴニアは冗談です。でも、ウェルシーの隣のミスティアをいただきたい。これは本気です」
もとより、ドラゴニアを丸々もらえるとは思っていない(ちなみに、「ミスティア」という言葉が出た瞬間、ドラゴニア侯はホッと胸を撫で下ろした)。でも、ミスティアくらいなら、わたし的には正当な報酬の範囲内だと思う(一般常識は知らないけど)。
ただ、帝国宰相は、性懲りもなく繰り返される要求に思わずカチンときたのか、眉をピクリと動かし、
「ミスティアをどうしようというのか?」
「つまり、有り体に言えば、あっさりと併合ということで……」
問答の間にもラードの攻撃は続いている。早急に手を打たなければ魔法アカデミーも宮殿も完全に破壊されてしまうだろう。帝国宰相にとって、値切る時間的余裕はないはずだ。
宰相は、とうとう諦めて腹を決めたのか、「ふぅ」と大きく息を吐き出し、
「分かった。要求を呑もう。あの魔法使いの撃退に成功すればの話だ。ただ、失敗すれば、その時はどうなるか、分かっておろうな」
「ありがとうございます」
わたしはにっこりとして言った。
わたしはプチドラを抱き、大会議室の窓際に立つと、
「プチドラ、頼むわ」
「任せて、マスター」
窓を開け、プチドラを空に放った。プチドラはラードに向かって一直線に飛びつつ、体を象のように大きく膨らませて本来の隻眼の黒龍の姿に戻る。
ラードは隻眼の黒龍に顔を向け、
「ぬっ!? おまえはあの小娘のマスコットだな! そうか、ヤツも宮殿にいるのか!!」
ラードの指先から幾筋もの電光がほとばしった。電光は隻眼の黒龍に命中。でも、その瞬間にバリアを展開して防いだようで、ダメージはない。隻眼の黒龍は口を大きく開け、火炎放射で反撃を開始した。
「うむ、なかなかやりおるわ」
帝国宰相は、いつの間にか、わたしの隣に立って、隻眼の黒龍とラードの戦いを観戦している。
ラードが(顔に似合わず)強力なことは実証済みだが、隻眼の黒龍にも魔法勝負でまったく引けを取らない。電光、火炎、竜巻等々、多彩な技を繰り出してくる。錫杖にまたがった空中での動きも素早く、隻眼の黒龍の方が鈍重に見えるくらい。
「これはちょっと、まずいかも……」
隻眼の黒龍がラードごときに敗れるはずはないと思うけど、ただ勝てばよいというものではなく、時間がかかるのは困る。魔法アカデミーの魔法使いたちが帰ってきて、その助力を得てようやく撃退できたとすれば、それは、ミスティアを得る条件の「成功」とは言えまい。できるだけ早く決着をつけなければ……




