お祭りの開始
わたしたちは再び馬車に乗り、ツンドラ候の館まで、帰り道を急いだ。どうやら馬車も御者も無事だったようだ。もし、先刻のオーガーがわたしたちでなく馬車を襲ったとしたら、どうなっていただろう。「単細胞」のツンドラ候のことだから、何も考えていないだろうが。
その日の晩も、例によってドンチャン騒ぎ。そこで、ようやくまともな食事にありつくことができた。オーガーをやっつけて気分を良くしているツンドラ候は、この日も「隻眼の黒龍と勝負したい」と言い出したが、「明日も対策会議だから」ということで、執事たちにうまく丸め込まれていた。
その翌日からほぼ毎日、対策会議が開催された。わたしはツンドラ候と馬車に乗り、一応、護身用に伝説のエルブンボウを持ち、魔法アカデミーの大会議室に通う。
会議では、議論は遅々として進まなかった。そもそもまともな統計調査が行われていない世界で、いくら話し合いをしても、適切な対応など決まらないと思う。被害状況の確認も、被害地域の諸侯の自己申告制だったので、わたしは被害を実際より多く申告して話の帳尻を合わせていた。
ゾンビ化の原因についても意見は様々で、これまで確認されていない奇病であるという説、何らかの強力な魔法あるいは呪いであるという説、混沌の勢力によるテロ行為であるという説等々が唱えられた。
おそらくは、対策会議で原因の特定はできないだろうし、適切な対応も取れないだろう。ラードの「天才的な復讐プラン」が成就し、帝都で「お祭り」を見物することになるだろう。
こうして、目立った進展がないまま一週間以上が過ぎた。会議はマンネリ化し、メンバーの中に、(ツンドラ候以外にも)居眠りする者、欠席する者が現れるようになった。
そんな中、「ハーフ・オークの魔法使いが暗躍しているらしい」という噂話が対策会議に伝えられると、他に有力な情報もなく、その噂話は、「相当な確からしさ」をもった対策会議の了解事項とされてしまった。わたしにとってはラッキー(ラードに全責任を押しつける素地ができた)だけど、そんな好い加減なことでいいのだろうか。
「それでは、どうしようかの……」
議長を務める帝国宰相は、疲れたように言った。今の段階では、ハッキリ言って、打つ手はない。
その時、
「たっ、大変です!!」
帝国の官吏であろう、地味な服を着た男が大会議室のドアを開け、帝国宰相のもとに転がり込んだ。多分、来るべきものが来たのだ。果して……
「ゾンビが! この帝都にもゾンビが!! 今までないくらい、大量のゾンビが出現しました!!!」
「なっ!」
帝国宰相は、一瞬、色を失った。きっと、ラードの「お祭り」が始まったのだ。




