行き先はスラム街
わたしたちを乗せた馬車は、にぎやかな町の中心から離れ、一路、町外れに向かって進む。きれいに整備されていた道路も、この辺りまで来ると、地面が露出していてガタガタ道だ。
わたしはなんとなく不安を覚え、
「侯爵、そのお気に入りの店とは、一体、どこにあるのですか?」
「心配することはない。確かにガラの悪い地区だが、そのくらい、俺様にとっては屁みたいなものだ」
と、ツンドラ候は自信たっぷり。
しかし、プチドラはわたしの耳元でそっとささやく。
「このまま行くと、スラム街だよ。ものすご~く危ないということで、有名なんだ」
やがて、馬車は二階建ての小さな家の前で停止した。
「降りようぜ。少し面倒だが、ここからは道が狭いところもあって、馬車では行けないんだ」
馬車から降りると、ツンドラ候は御者にあれこれと指示を出した。御者は慣れているようで、事務的に何度か首を縦に振るだけだった。ツンドラ候によれば、お気に入りの店に来る時にはいつも、この小さな家の1階に馬車を待機させているとのこと。
馬車を降りたわたしたちは、それほど広くはない道を徒歩で進む。地面が露出した道は埃っぽく、道端にゴミが散乱していたり、生死不明の浮浪者が転がっていたり、衛生的という言葉からは程遠い状況だ。
「侯爵、この辺りは……」
「そうだな、もうスラム街だ。しかし、俺様、この『無敵のエドワード』様がいる限り、心配は不要だ」
ツンドラ候は事もなげに言った。何度も来て慣れているのだろう。せっかくの礼装が汚れるのは困るけど。
するとその時、痩せた気持ちの悪い男が(物乞いだろうか?)、道端からわたしたちの前に進み出て、
「へっへっへっ…… 旦那ぁ~」
わたしもツンドラ候も相手にせずに通り過ぎようとしたが、男はしつこく追いすがる。
「待ってくださいよ~。いいものがあるんですよ。まあ、話だけでも…… 聞いて損はないですって」
「やかましい!」
ツンドラ候は男を蹴飛ばした。男は数メートル吹っ飛ばされ、辺りには、男が持っていた小袋が散乱した。
「ぶっ殺されんうちに、消えうせろ!!」
巨体を揺らしてツンドラ候がすごむと、男はヒィーと悲鳴を上げて逃げ去った。
「ツンドラ候、今のは、なんだったのでしょう?」
「麻薬の売人だろう。この辺りでは多いんだ。しかし、麻薬はちょっとな…… 酒が強いのは自慢できても、麻薬が強いのは自慢にならんからな」
なるほどと言っていいのか…… ともあれ、ツンドラ候らしい、分かりやすい理屈だ。
その間に、プチドラはわたしの腕を抜けて地面に降り、男が持っていた小袋をくわえて戻ってきた。そして、ぴょんとわたしの肩に飛び乗り、耳元で一言、
「マスター、この中身はカオス・スペシャルだよ」




