品種改良
収容所長は、わたしをラーゲリや拷問部屋などに案内し、分かりやすく説明してくれた。ただ、わたしは先刻の不思議な植物が気になって仕方がなく、適当に相槌を打っていたけれど、説明をほとんど聴いていなかった。
夕方になって視察を終えると、
「本日は我々の仕事ぶりをご覧になっていただき、身に余る光栄でございます。それと、これがお土産の……」
収容所長は、その怪しげな植物が数株植わった鉢植えを差し出した。
「ありがとう。今日はいろいろな意味で勉強になったわ」
わたしは鉢植えを受け取ると、落とさないように注意しながら隻眼の黒龍の背中によじ登った。
「マスター、用意はいい?」
「うん」
隻眼の黒龍は巨大なコウモリの翼をゆっくりと羽ばたかせ、大空に舞い上がった。日は山陰に沈んでいく。館に着くのは遅くなりそうだ。
「ところでマスター、そんなものもらってどうするの?」
帰る途中に隻眼の黒龍が言った。辺りはすっかり暗くなっている。わたしは鉢植えをさすりながら、
「収容所長が言ってたでしょ。興奮状態になるとか痛みを感じないとか。麻薬として使えると思うわ。ところで、これ、なんていう植物なのかしら」
「混沌の領域では広く分布しているけど、名前までは知らないな。オークやゴブリンみたいな混沌の住民には麻薬と同じように作用するけど、ヒューマンの場合、どうなるか分からないよ」
「そう、それじゃ、品種改良しましょう。ヒューマンにも有効な麻薬成分を大量に含み、成長が早く、病気や害虫にも強く、栽培が簡単で、安価で大量生産できるように」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「えっ、じゃあ、どういう意味?」
「それはつまり…… 簡単に言えば、混沌の住民には麻薬でも、ヒューマンにとっては効果が強すぎて、劇薬になるかもしれないということ」
「ふ~ん…… でも、それは大した問題じゃないでしょう」
麻薬成分を含んでいるなら、劇薬でも毒薬でも同じようなものではないか。わたしが使うわけじゃないし……
館に着くと、わたしは夕食をとるのも忘れ、ドーンを呼び、これまでに押収した麻薬を何袋かサンプルとして持ってきてもらった。そして、鉢植えと麻薬の袋を持ってエルフ姉妹の部屋に行き、
「突然だけど、お願い」
メアリーとマリアに、今日持ち帰った植物の品種改良を頼んだ。二人は鉢植えと麻薬の袋を受け取らされ、互いに顔を見合わせている。あまり気が進まないようだ。わたしは「危機的な財政状況を打開するための緊急避難的・時限的措置として、麻薬ではなく滋養強壮剤を製造・販売するための云々」などと、支離滅裂な感じもするが、どうにかこうにか、品種改良の研究を引き受けてもらった。