復讐の片手間に
谷間をいくら進んでも、(当たり前といえば当たり前だが)それほど変わりばえのない光景が続いた。ただ、谷間を流れる小川の水は、見た目、清らかに澄んでいて、時折姿を現す小魚や山椒魚を見ていると、それほど退屈しない。
しばらく進んだところで、わたしは、ふと、その場にしゃがみこみ、伝説のエルブンボウを地面に置いた。
プチドラは、不思議そうにわたしを見上げ、
「マスター、どうしたの?」
「小川がきれいだから、水をすくって飲もうかと思ってね」
「うん……」
でも、しばらく考えた末に思い直し、
「やっぱり、やめる」
「やめる???」
プチドラは、ポカンと大きな口を開けた。そもそも川の水には寄生虫の危険があるところだし、考えてみれば、ここは既に混沌の領域。混沌の寄生虫ともなれば、想像したくないくらいに悲惨なことになるかも…… 無意味に危険を冒すことはない。
その時……
「グワッハッハッハッハッ!!!」
聞き覚えのあるというか、忘れたくても忘れられない下卑た笑い声が谷間に響いた。
「こんな山奥まで、のこのこと出向いてくるとは、愚かな女よ!」
見ると、深海底で押しつぶされたような顔のハーフ・オーク、キム・ラードが錫杖にまたがり、空中からわたしとプチドラを見下ろしていた。
「一体、どこから沸いてきたのよ! まるでゴキブリか毒虫ね、半分はオークだけのことはあるわ!!」
「ほざくがいい! この私の天才的な復讐プランは既に進行しているのだからな」
「復讐って……何? そりゃ、戯れに、からかったことは何度もあったけど、それを根に持ってるの??」
「ガハハハハ! 愚かな女よ、何を勘違いしているのだ? おまえなど、最初から眼中にないわ!! 画期的な、非常に大きな計画があり、そのついで…片手間に、おまえを始末するだけだ!!!」
「計画? そんなにすごいのなら、教えてもらいたいものね」
希望的観測としては、ラードが調子に乗って喋りだすことを期待しながら、でも、それほど強い期待ではなく……
ラードはこの上なく醜い顔で、「ガハハハハ」と、一段と高らかに笑い、
「冥土の土産に教えてやると言いたいところだが、教えてやらねぇよ! 念のために言っておくが、あくまでも、おまえは、『片手間』に、始末してやるだけだからな!! くたばりやがれ!!!」
ラードは両手を頭上高く上げ、指をグイと鋭角に曲げた。ラードの顔が加速度的に激しくゆがむ。すると、突如として谷の両側の崖が崩れ、わたしとプチドラは「ギャッ」と悲鳴を上げる間もなく、あっという間に生き埋めになってしまった。




