敵は山岳ゲリラ?
早朝、まだ辺りが薄暗い時間に、
「マスター、起きてよ。朝だよ」
プチドラがわたしの体を揺すぶった。う~っ、眠い…… 頭がまだ半分眠っている状態で上半身を起こすと、
「急がないと、マスター。早朝、まだみんなが眠っている間に、こっそりと偵察に行くんじゃなかったの?」
プチドラはヨチヨチと、伝説のエルブンボウと矢筒をわたしに手渡した。そういえば、昨晩、「護衛を付けるとか言われたら面倒だから、みんなが起きるまでにこっそり出発したい」と言ったような気が……
「行こうよ」
わたしはプチドラに促され、テントを出た。早朝だけあって、やっぱり少しひんやりとしている。思ったとおり、みんな、まだ眠っているようだ。野営用のテントが並んでいるだけで、人影はない(寝ずの番をするほど、戦況は切迫していないようだ)。
プチドラは、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。左目が爛々と輝く。わたしが落っこちそうになりながらも、どうにかその背中によじ登ると、隻眼の黒龍は、物音一つ立てることなく、ゆっくりと大空に舞い上がった。
隻眼の黒龍は、付近一帯が見渡せるくらいまで、高度を上げた。この辺りは山岳地帯。猟犬隊は、後方の山の上に陣を敷いている。混沌の領域に侵攻するためには、狭隘な谷間を縫うように進まなければならないから、一筋縄では行きそうにない。
「でも、混沌の勢力はどこにいるのかしら?」
不思議なことに、いくら探しても敵陣は見つからない。
「敵さんとしては、猟犬隊を混沌の領域から追い払えば十分と見てるのかもね。それに、この辺りの地形を考えれば、まともに戦うよりも、少人数でゲリラ戦を仕掛けて弱らせていく方が、理に適ってそうだし」
「敵がどこにいるか分かる?」
「マリアなら、どこに何が潜んでいるか分かると思うよ。マリアにも来てもらえばよかったかなぁ~」
なるほど、でも、今更それを言っても遅い。とはいえ、館まで一旦引き返す気にはならないから、目視で偵察するしかない。
「ねえ、プチドラ、ちょっと地上に降りてみない?」
「いいけど…… 危険かもしれないよ。敵がどこに潜んでいるのか分からないし」
「うん。だから、ほんのちょっとだけ」
山岳ゲリラといってもゴブリンやオークだから、プチドラがいれば、なんとかなるだろう。
隻眼の黒龍はゆっくりと高度を下げ、谷間に降り立った。両側は崖で、谷底には小川が流れている。辺りはしんと静まり返っていて、上下を含めて周囲に誰かがいるような気配はない。一応、差し迫った危険はなさそうだ。わたしは子犬サイズに体を縮めたプチドラを抱き上げ、歩き出した。




