前線にて
館を出発し、宝石産出地帯を越えて前線までの空の旅は、急いでおよそ数時間。到着したときには、辺りはすっかり暗くなっていた。
いきなり何の前触れもなく現れたものだから、現地の司令官は夕食を中断し、大慌てでブリーフィングの用意を始めている。その人、なんだか見覚えのある顔だと思ったら、
「カトリーナ様、以前、収容所を視察された時以来でございますが、今回は我々がふがいないばかりに……」
司令官は、宝石産出地帯の収容所長だった。
「謝る必要はないけど、敗戦の理由だけは聞いておきたいわ」
「それはつまり、いきなり敵の大軍に不意を打たれまして、反撃できなかったことが一つ。そして、もう一つは、やつら、なんだかおかしいと言いますか、気味が悪いと言いますか、異常なほど…いえ、あり得ないほどに士気が高いのです」
「士気が高い? あり得ないって、それ、どういうこと?」
「いえ、その……つまり、斬りつけて傷を負わせても、痛みを感じていないかのように反撃してきたり、前の者が倒れると、その後ろの者がすぐに死体を踏み越えて攻撃してきます。やつら、感覚や恐怖心などが麻痺しているようで、隊員たちは『狂人を相手にしているようだ』と、正直、ビビッています」
詰まるところ、混沌の領域に駐留していた部隊も、救援に駆けつけた宝石産出地帯の守備隊も、混沌の勢力の勢いに抗することができず大幅に後退を余儀なくされ、どうにかこの地で部隊を結集して態勢の立て直しを図ることにしているという。
現況説明を受けた後、わたしは遅い夕食を食べ、プチドラを抱いて専用の野営用テントに向かった。たった今、急きょ設営されたそうだ。お風呂がないし、野営用のベッドは硬くて寝心地がよくなさそうだけど、贅沢は言ってられない。
わたしはベッドにドスンと腰を下ろすと、思わず、
「いたた…… やっぱり硬いわ」
「仕方がないよ、マスター。それはそれとして、さっき、司令官が言ってた、『異常なほどに士気が高い』という話だけど……」
プチドラはわたしの膝の上に飛び乗って言った。膝はベッドよりも柔らかいだろう。
「うん、なんだか変よね。変というより、異常というか…… ただ、どんな手品を使ったのか、大方、想像がつくけどね」
「そうだね。きっと、カオス・スペシャルを使ったんだよ。一時的に麻薬でラリって一気に攻め寄せたと思う」
すなわち、こちらが開発したカオス・スペシャルを、敵方にうまく活用されたというわけだ。混沌の分際にもかかわらず、意外と知恵のあるやつがいるらしい。
わたしはプチドラをギュッと抱きしめ、
「油断していると危ないかもね。いつものことだけど、今回もプチドラ、頼むわ」
「く、くるしい……(ムギュッ!!)……」
「あら、ごめん。大丈夫?」
わたしとしたことが、力をいれすぎたらしい。
今日は、あまりゆっくりとできそうにないが、とりあえず休み、明日の朝から付近一帯を偵察することにしよう。




