暗転
あえて思わせぶりな書き出しにしよう。その日はどんよりと曇っていた。後から考えれば、空模様が御都合主義的に、その後の成行きを暗示していたことになる。でも、もちろん、その時には知る由もなかった……
若くて弱々しいサラリーマン風の使者を送り返して10日ばかり、カオス・スペシャルによるゾンビ化、混沌の領域での一揆、キム・ラードの行方という、なんとなく不安材料を抱えながらも、一応、表面上は平穏無事な日々が続いていた。
ところが……
「カトリーナ様、大変です!」
ドーンが血相を変えて執務室に駆け込んできた。
「騒々しいわね、どうしたの? ゾンビ化の一件以来、『大変なこと』には慣れちゃった気がするの。少々のことでは驚かないわよ。」
「今度は本当に大変です。反乱です! 一揆じゃありません!! 混沌の領域のオークやゴブリンどもが!!!」
「そう、分かったわ。反乱なのね。でも、ドーン、そんなに驚くほどのことかしら?」
ドーンとは対照的に、わたしは意外と落ち着いていた。冷静に考えてみれば、カオス・スペシャルために、いろいろと収奪を繰り返してきたのだ。むしろ、反乱が起こらない方がおかしいと言えよう。
「いえ、違うんです。タダの反乱なら私も驚きはしません。実は、駐留していた猟犬隊が大規模な攻撃を受け、混沌の領域から追い散らされてしまったんです。今のところ、国境付近で反乱軍の侵攻を食い止めていますが、早急に対応しないと、カオス・スペシャルばかりか、宝石産出地帯までもが危うくなります!」
たかだかオークやゴブリンの分際で…… 猟犬隊が攻撃を受けて混沌の領域から撤退したということは、すなわち、しばらくの間はカオス・スペシャルの生産ができないということになる。
わたしはプチドラを抱き上げ、
「行きましょう。速戦即決よ」
プチドラが隻眼の黒龍モードで空から炎で攻撃しながら(すなわち空爆)、現地の猟犬隊と共同で混沌の反乱軍に攻めかかれば、撃退するのは難しくないと思う。ただ、念のため、ドーンには、予備の猟犬隊を招集して送らせることにした。
わたしが久々に伝説のエルブンボウを持ち、プチドラを抱いて中庭に出ると、なぜかマリアが待っていて、
「これから戦いに向かわれるなら、お伴しますが」
「あら、どうして分かったの?」
「先程から、この館の空気で、なんとなく…… 言葉にしにくいのですが……」
よく分からないが、ドーンがバタバタと駆け回っているのを察して、得意の感知魔法を使ったのだろうか。
「ありがとう、マリア。でも、今回はわたしとプチドラで、なんとかするわ」
この前に組織した親衛隊を差し向けたい気もするけど、メアリーとマリアには魔法科の授業もあるし、「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」とも言う。プチドラも「大丈夫、大丈夫」と余裕たっぷり。
こうして、わたしはマリアにしばらく別れを告げ、隻眼の黒龍に乗り、前線に向かった。




