ラード本気でキレる
わたしは館に戻り、返事が返ってくるわけではないが「ただいま」と入り口のドアを開けた。すると、なぜだかそこに、頭に大きなたんこぶをこしらえ、鼻血を流して泣きそうになっているポット大臣がいて、
「カ、カ、カ、カトリーナ様! 一体、今までどこにいらっしゃったんですか!」
「すごい顔ね。このところは毎度のことになっちゃったけど、また、ヤツが来たの?」
「そうなんです。今日のヤツときたら、一段と凶暴で…… とにかく、早く執務室へ!」
大臣の慌てようは、ただ事ではなさそうだ。わたしはプチドラを抱き、早々に、執務室に向かった。途中、猟犬隊員のみならず、赤いユニフォームの親衛隊員も何人か気を失って倒れている。親衛隊でも歯が立たないなんて、あのいまいましいハーフ・オーク、本当は超弩級の使い手かもしれない。
執務室のドアを開けると、果して、元凶はキム・ラードだった。
「よぉ、遅かったな。今月分の代金だぜ」
ラードは執務室のわたしの席に座り、机の上に金貨の入った袋を置き、その辺りに置いてある資料をむさぼるように読んでいた。その傍らでは、ドーンが泡を吹いて倒れている。ラードを制止しようとしたのだろうが、ドーンでは相手にならなかったらしい。
勝手に部屋の中まで上がりこんで資料を読んでいるなんて(外見から来るエチケット以前の生理的な嫌悪感はさておき)、とにかく、許しがたい。わたしはつかつかとラードのもとに歩み寄り、読んでいた資料を取り上げた。そして、その資料で力任せにラードの頬を張り飛ばし、
「あんた、人の部屋で、勝手に何してるの! 用が済んだなら、さっさと帰りなさい!!」
ラードは「アイタタタ」と頬を押さえ、気持ちの悪い薄笑いを浮かべて立ち上がった。本当に、吐き気をもよおすほどのひどい顔だ。冗談ではなしに、ゾンビの方が、幾分マシかもしれない。
「いいじゃないか。減るもんじゃなかろう。それに、お互い、ビジネスパートナーである以上、情報の共有を図るべきだと思うのだがな」
この期に及んで減らず口を…… さっきから頭にきていたわたしは、思わず、
「冗談じゃない! 誰が、あんたみたいな、父親が誰かも分からない半人半妖と!!」
プチドラは「マズイ」と思ったか、わたしのメイド服を引っ張ったけど、遅かった。
ラードは錫杖で思いきり床を突き、ランランと光る目をむいた。「言ってはいけないことを言ってしまった」ということだろうか。ラードは腹の底から声を絞り出し、
「私をナメているのか? あまり調子に乗っていると、そのうち泣きを見るぞ。それとも、この場で大人のつき合い方を教えてほしいのかな?」
ラードは錫杖を握り、じりじりと距離を詰めてくる。どうなる、わたし……




