視察旅行
そして、一夜明け、
「それじゃ行ってくる。晩には戻れると思うわ。それと、いきなりだけど、今日から密売人取締強化月間だからね」
「かしこまりました。昨夜から要員を増員しておりますので、摘発を一層強化します」
ドーンは胸に手を当てて一礼した。隣国のシーフギルド、「ミスティアG&Pブラザーズ」に密売の利益を横取りされているみたいで口惜しいので、猟犬隊に、「密売を徹底的に取り締まり、できれば密売人のギルド員を一人残らず逮捕するように」と命じた。とりあえず生かしたまま獄に繋いでおけば、そのうちギルドとの取引等で使い道が見つかるかもしれない。
プチドラは、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。準備ができたようだ。わたしが(プチドラ本来の姿である)隻眼の黒龍の背中によじ登り腰を落ち着けると、隻眼の黒龍は翼を羽ばたかせ宙に舞った。
宝石産出地帯までは数時間の空の旅。出発は朝だったから、昼前には着くだろう。わたしは眼下に広がる光景を見下ろしながら、
「今更だけど、ウェルシーって、本当に耕地が少ないのね。さっきから山ばかりよ」
「西方の山岳地帯、つまり混沌の領域に向かって飛んでることもあるけど、基本的には、耕地が少ない分を宝石産業でカバーするのがこの国の在り方じゃないかな」
「なるほど……」
ということは、ともかくも宝石産業の復興に優先的に取り組まなければならない。確か、宝石産出地帯へのインフラ整備や町・採掘基地の建設には、混沌の勢力に供出させた奴隷を充てていたはず。仕事が進んでいるかどうか不安もあるが、ともあれ、自分の目で確かめてみることにしよう。
「見えてきたよ。あの辺りが宝石産出地帯」
隻眼の黒龍が言った。山あいにはバラックが密集しているのが見える。
「降りましょう」
隻眼の黒龍は宝石産出地帯のすぐ手前で降りた。そして、体を子犬サイズのプチドラに縮めると、ピョンとわたしの胸に飛び込んだ。今回の視察はわたしの突然の思いつきなので(つまり事前のアポなし)、隻眼の黒龍の姿のまま、いきなりバラックの合間に降りても無用の混乱を来すだけだろう。
前後には、石畳が敷き詰められた幅の広い道が続いている。これなら車が通ることもできるだろう。強制労働で作らせたのだろうが、なかなか立派な道ではないか。
しばらく歩いていくと、太い丸太で作られた高い壁が見えた。一箇所に鉄製の頑丈な門が設けられ、黒いローブの猟犬隊員2名が門番として門脇に控えている。この先が収容所か作業現場だろう。一体どんな働かせ方をしているのか、本質的な部分とはあまり関係のないところに興味津々だったりする。