あやしい雲行き
ゾンビ化の一件がバレたらヤバいという不安、それはそれとして、ウェルシーの生命線とも言える宝石産業の再生は順調に進んでいた。ウェルシー北西部、宝石産出地帯のインフラ整備や住宅建設が終わって入居者の募集が始まり、ミーの町にも研磨技術者が戻ってきていた。なお、宝石産出地帯で肉体労働に従事していた混沌の奴隷たちは、用済みとなったので、まとめて処分されたとのこと(他に使い道がなかったのだろう)。
総じていえば、復興はおおむね順調に進んでいると見てよさそうだけど、
「カトリーナ様、心配するほどのことはないと思いますが、多少、気にかかることがありまして……」
ドーンがいつものように(ちなみに、最近はぶ厚い書類を抱えているが)、報告にやって来た。
「このごろ、混沌の領域で小規模な一揆が頻発しております。大したことはないと思いますが、いずれは大規模な反乱が発生する危険もなきにしもあらずで……」
ファンタジーだから言えることだけど、オークやゴブリンの分際で、生意気な。それに、ゾンビ化の次に一揆が発生するなんて、気分的には、きな臭くてイヤな感じ。
「とりあえず、混沌の領域に駐留する猟犬隊の員数を増やして取締を強化しましょう」
「分かりました。早速、手配します」
ドーンは一礼して、執務室を出た。本当は、危険地域に派遣する場合の諸手当の関係から、派遣員数は最小限にとどめたいところだけど、占領地の混沌の住民が反抗しているなら、しょうがない。
執務室の机の上には諸々の報告書が散らかっていら。アーサー・ドーン株式会社の業務報告、カトリーナ学院の生徒名簿、G&Pブラザーズギルド員のゾンビ化に関する報告書など、読み物としては、全然面白くないものばかり。
わたしはうんざりとして、ふと、
「もうそろそろ、引退しようかな……」
すると、プチドラは驚いた顔で、机の上にちょこんと立ち上がり、
「マスター、たまには外に出たら? いつも家の中にこもっているのは、健康によくないよ」
「外に出て散歩するのも面倒なのよね。いっそのこと、わたしがゾンビになりたいくらい」
「ゾンビって、そんなムチャクチャな…… あまり遠くに行きたくなければ、隣でいいんじゃない? カトリーナ学院も新しくなったことだから、視察も兼ねて、授業をのぞきに行くのはどうかな?」
「う~ん、ほかにすることもないから、そうしようかしら」
それほど気分が乗っているわけではなかったが、報告書とにらめっこをしているのも馬鹿馬鹿しいので、わたしはプチドラを抱いて館を出た。新しいカトリーナ学院の校舎は館の隣だけど、敷地が広くて門から建物までの距離が結構遠く、歩いていくと、それなりの時間がかかる。運動不足のわたしにとって、ちょっぴり辛い。そのうち、地下通路でも作って、二つの建物を最短距離で結ぶことにしよう。




