亡き騎士団長の館
校舎用の屋敷の選定及び買収交渉は、いつになく順調に進んだ。館のすぐ隣にあり、付近一帯で一番大きな屋敷がその対象。先代は混沌の勢力との戦いで戦死し、後を継いだ現当主が(本当に本心から)屋敷を手放したがっていたが、大きな屋敷なので、これまでなかなか買い手がつかなかったらしい。
そのうち、ドーンがニコニコ顔で執務室に現れ、
「カトリーナ様、話がまとまりまして、これが、その売買契約書です」
「ごくろうさま。そういえば、エレンはOKなの?」
「はい、それはそれは、大喜びですよ。 購入できたのは、エレン殿が第一希望として挙げていたものでしたから。いやぁ~、本当によかった」
ドーンは完全に舞い上がっているようだが…… でも、それはそれで、よしとしよう。
わたしは売買契約書にざっと目を通した。ただ、契約書の売主の欄には、なんだか見覚えのある名前が……
「ねえ、ドーン、この、売主の『ゴールドマン』って?」
「売主は、今は亡きゴールドマン騎士団長のご嫡男、ヒューバート・ジョン・ピーター・ゴールドマン氏です」
もともと、武官のトップ、騎士団長の館だったなら大きいはずだ。もしかすると、夜な夜な騎士団長の幽霊が現れて徘徊してたりして…… お祓いは、入念にしよう。
ゴールドマン氏の屋敷の引渡しと代金の支払いが済むと、早速、猟犬隊が動員され、建物内部の改装工事が始まった。
「え~っと、この部屋と、この部屋を、くっつけて教室にして、それから……」
エレンは自分で図面を書き、張り切って指示を出している。部屋と部屋の間の壁をぶち抜いて教室にしたり、教職員の控え室や事務用スペースを確保したり、学院長室などの長のつく人の部屋を、見せても恥ずかしくない程度に飾ったり、それなりに費用がかかったが、これまでのカオス・スペシャルの売上のおかげで、まだまだ十分な余裕があった。
学院の規模も拡大した。初等部に加え、中等部が新設されるとともに、これまでは居残り特訓の形で行われていた魔法特待生は、魔法科という形で、一般生徒とは別コースで勉強することとなった。これだけ大きくなると、エレンやメアリーだけではさばききれないので、教員の採用も、改装工事と同時並行的に進められた。
ところが……
「あぁ~、なんだか不安だわ」
準備が進むにつれ、エレンに落ち着きがなくなり、ふさぎこむことも多くなった。生徒が集まるかどうか不安でならないという。しかし、結局、それも杞憂に終わった。猟犬隊の「学校に行こうキャンペーン」の効果もあるが、そこそこ裕福な町人の子弟を中心に、ほぼ定員を満たすことができた。




