校舎を建てよう
わたしはこの日もアーサー・ドーン株式会社の会計帳簿を眺めながら、
「どうしよう。困ったな……」
と、ふと、ぼやき声。
プチドラは机の上で寝そべり、不思議そうな顔でわたしを見て。
「『困った』って、何が?」
「もちろん本気で『困った』わけじゃないんだけど、このところ、カオス・スペシャルのおかげでものすごく儲かってるでしょ。この機会に、今まで手をつけてこなかった諸問題の解決を図る、みたいに考えてたんだけど、何から始めようかと思って……」
儲かっているとはいえ、カトリーナ学院の校舎を建てて先生を雇ったり、メアリー配下の精鋭に遅配が続いている給料を払ったり、宝石産業への投資を拡大したり、その他諸々、お金をかけたいところは多い。
しばらく考えた末に、大した意味はないが、わたしはプチドラを抱き、執務室を出た。じっと座って考えていても、よい知恵が浮かぶわけでもない。歩きながら適当に脳に刺激を与える方がよかったりする。
なんとなく、バルコニーに出て中庭をしばらく眺めていると、玄関から子供たちが飛び出し、思い思いの方向に散っていった。今日の授業が終わったようだ。そうすると、特に企図したわけではないが、連想から、
「決めたわ。まずは校舎よ」
「なんだか、やけにあっさりと決まったね」
プチドラは驚いたようにわたしを見上げた。でも、物事が決まるときは、たいてい、こういうものだろう。
「校舎はこの館の隣がいいわね」
わたしはバルコニーから周囲を見回した。しかし、館の周囲には、既に古くからの騎士が自分の館を構えており、空いているスペースはなかった。今までは気にならなかったけど、よく見ると、目障りと言えないこともない。
「仕方ないわ。誰かの館を買い取らないと…… いや、それよりも、もっと……」
わたしは、ふとアイデアを思いつき、駆け足でポット大臣のところに赴いた。そして、ポット大臣を捕まえ、
「この館の隣にカトリーナ学院の校舎を設けます。ついては、館の周囲で一番大きくて便利な建物を接収するので、手続をよろしく」
すると大臣は、「ギャッ」と30センチほど飛び上がり、
「そんな、無茶です! なんの罪も落ち度もないのに騎士の館を接収するなんて、帝国の法廷に訴えられますよ」
貴族や騎士は皇帝の前では同格ということで、紛争が発生すれば帝国の法廷が管轄となるそうだ。ちなみに、昔からのしきたりでは、騎士は領主の館の周囲にも自分の館を構え、その国の政治(主に治安・国防)に参画することになっていたとか。ともあれ、そういったことも、この国では、今となっては昔の話になってしまったが。




