難しい対応
キム・ラードは執務室を出た。しばらくの間、廊下から、怒号や悲鳴やものを激しくたたき壊すような音が聞こえた。何が起こっているのか、大方、想像がつく。
「あいたたた…… あのハーフ・オークめ、今度会ったらタダじゃおかない」
ドーンが腰をさすりながら立ち上がった。でも、何度挑戦しても同じことになりそうな気がする。
「カトリーナ様、いかがいたしましょう」
「人質を取り返すために人質をとるって、やつらも考えたわね。法的構成は取ってつけたようなものだけど……」
わたしは小さくため息をつき、執務席に腰を下ろした。こちらとしては非常に口惜しいけど、人質の交換を和平の条件とするのはよくある話だ。とはいえ……
「ドーン、拘束していたG&Pブラザーズのギルド員って、今、どうなってるの?」
「麻薬によって既に廃人で、このまま返すのはマズイです。しかし、かといって、返さないわけにも……」
ドーンは頭を抱えている。人質の健康状態について何も言及はないが、人質交換の際に「壊れちゃった、ゴメンナサイ」では済まないだろう。報道機関のような物言いをすれば「難しい対応を迫られることになりそう」だけど、当事者的には冗談じゃない。
「ドーン、猟犬隊員はやつらに拉致されたのよ。拉致は犯罪行為、ギルド員を麻薬密売の容疑で正当な権限に基づいて拘束しているのとは違うわ。猟犬隊とギルド員がバーターなんて、ありえないわ」
「しかし、カトリーナ様、現に猟犬隊員が囚われています。猟犬隊の信義としても、仲間を見捨てるわけには………」
「あのハーフ・オーク、『猟犬隊の方々に傷ひとつつけてはならぬ』とか言ってたでしょ。少なくとも、今のところは無事よ。場合によっては実力行使で救出しましょう。でも、ドーン、この件は極秘事項。いいわね」
ドーンは一礼して執務室を出た。拉致された猟犬隊員が無事と言ってみたものの、確証があるわけでも確信があるわけでもない。それに、今は無事でも、これから先も同様という保障はない。実力行使で救出といっても、どこに囚われているか分からない。わたしは思わず机の上に突っ伏して、
「まいった……かも」
「でも、何か手を打たないと…… まいってるばかりでは、どうにもならないよ」
プチドラは机の上でうつぶせになって言った。すぐに打つ手がパッと見えれば苦労はしない。こちらが人質を解放しなければ、G&Pブラザーズも猟犬隊員を解放しないだろう。実力で奪い返すことができるとしても、隊員がその時まで無事でいるかどうか。
別に名案が浮かんだわけではないけど、わたしはゆっくりと顔を上げ、
「そういえば、あのハーフ・オーク、ビジネスの話もしていたわね」
「そうだったね。具体的に何をどうしたいのかはハッキリ言わなかったけど」
「とりあえず、場合によってはビジネスの話も絡めながら交渉を引き延ばして、その間に何か…… なんとかしましょう」




