カオス・スペシャル
隻眼の黒龍の威力を背景とした交渉の結果、混沌の勢力は、貢物を減免される代わりに、こちら側が指定する作物(すなわち例の麻薬原料植物)を栽培・加工し、納品することとなった。そして、栽培の技術指導等(厳密に言えば作業の監視・監督)のため、混沌の領域への猟犬隊の派遣及び駐留が認められた。
その後もドーンは定期的に、実験……ではなく臨床試験の報告に執務室を訪れ、
「カトリーナ様、実験は順調……と言っていいんですかね。G&Pブラザーズのギルド員どもは、従来型の麻薬を吸引した場合と同じように壊れていってます」
「そう、それはよかった……と言っていいのかな? ……いいのよね。ともあれ、大量生産の目途もついたことだから」
「ええ、あとは売り出すだけですね」
「そうね。でも、その前に商品名を考えないと。インパクトがあって、『ウォ~、すごい!』みたいなの」
「名前ですか。そうですね、う~ん、難しいですな……」
ドーンは腕を組み、考えこんだ。
そして、しばらくすると、「おぉ」と声を上げてポンと手を合わせ、
「カトリーナ様、それでは、『カオス・スペシャル』なんか、どうでしょう」
「カオス・スペシャル? 確かに、すごい名前だけど、なんだか微妙かも…… まあ、いいわ。それにしましょう」
なんともコメントしづらい商品名だけど、その道ではプロフェッショナルだったドーンの感性だ。ここはドーンを信用することにしよう。
この日の仕事は午前中のデスクワークとドーンからの報告聴取だけだった。したがって、午後は基本的にヒマ。なので、プチドラを抱いて館の中を徘徊していると、教室から、子供たちの元気な声が響いていた。カトリーナ学院初等部は午後の授業中らしい。こっそりと中を覗いてみると、生徒数は前より少し増えているようだ。教室は少し手狭になっている。麻薬……ではなく、滋養強壮剤で儲かったら、新しい校舎を建てて専門の教員を雇うことにしよう。
「あっ! す、すいません、カトリーナ様」
ポット大臣は書類を抱えて全速力で廊下を走っていく。危うくぶつかるところだった。廊下を走るなんて、子供の教育上、よろしくない。次に見つけたら注意することにしよう。
しばらく廊下を進んでいくと、片隅でドーンが部下の猟犬隊員とヒソヒソ話をしているのが見えた。何やら深刻そうだ。わたしは気付かれないようにこっそりと背後から近づき、
「ドーン、一体、何の話をしてるの?」
ドーンはギャッと驚き、飛び上がった。
「いえ、これはちょっと、大したことのない話です」
「大したことのない割には、大げさな驚きようね。わたしに言えない秘密? それとも謀反の企てかしら?」
「謀反なんて、とんでもないです。正直に白状しますと、実は、ここ数日、猟犬隊員が行方不明になる事件が続いておりましたのです。その件が報告すべき案件かどうか、悩ましかったものですから」




