名目的には臨床試験
小さな壺の中には、紅茶の葉のような茶色い粉末が詰められていた。
「これがそうなんだ…… でも、よくこんな短期間に品種改良できたわね。ゲノム技術もビックリよ。どんな裏技を使ったの?」
すると、マリアは少し戸惑うようにして、
「いえ、なんと言いますか、魔法で植物の成長を促進させたり、え~と……その他諸々の魔法や奥義や秘術を使いました。一応、ヒューマンに有効な麻薬成分を大量に含み、成長が早く、病気や害虫にも強く、栽培が簡単で、安価で大量生産できるはずです。でも……」
「ありがとう。これを大量生産して売りさばけば、当面の財政危機はしのげるわ」
わたしが粉末の詰められた壺を持って部屋を出ようとすると、マリアはメイド服の袖をつかみ、
「あ、あの……」
「えっ、なに?」
「これはもともと、混沌の領域の植物ですから、ヒューマンが用いた場合、どのような影響が出るか分かりません。ですから……」
「そうね、臨床試験くらいしないとね。分かったわ」
わたしは執務室に戻り、急遽、ドーンを呼んだ。
「ドーン、かなり前の話だけど、メアリーの配下だったマーチャント商会の捕虜は、どうなったんだっけ?」
「ああ、マーチャント商会ウェルシー派遣軍の捕虜のことですね。あの連中、今は誰一人として生き残っていませんよ。危険作業に従事させているうちに消耗し尽くしてしまいました。しかも、かなり早い段階で」
「えっ、そうなの? それは困ったわ」
臨床試験といっても、そもそも非合法な薬のテストを大っぴらに実施するわけにはいかない。その意味では、公式には存在していないマーチャント商会の捕虜は最適だけど、いないなら、ほかを探さなければ。
ドーンは合点のいかない顔をして、じ~っとわたしを見つめ、
「あの~、どういう意味ですか? 話のスジが全然見えてこないのですが……」
「要は、人体実験……じゃないわ。そうじゃなくて、臨床試験をしたいの。だから、健康体のヒューマンを……」
「人体実験ですか???」
「あっ、そうだ! 丁度いいのがいた。あいつらを使えばいいわ」
わたしはドーンを招き寄せ、小さな壺に詰められた茶色の粉末を見せた。そして、ドーンの耳元で、
「これは混沌の野草を品種改良して作った…… 滋養強壮剤というとよく分からないわね。要するに、ひと言で表現すると新種の麻薬……のようなものよ。大々的に売り出す前に、念のため、健康体のヒューマンを使って影響やら何やら調べておく必要があるの。だから、この前に捕まえたミスティアG&Pブラザーズのギルド員がいるでしょ、やつらを使って実験しましょう」
「なるほど、そういうことでしたか。ははは、ようやく話が分かりましたよ」
ドーンは胸のモヤモヤが晴れたかのように、スッキリとした顔つきで言った。




