駅前
「えっと…つまりは…」
「始まりがあれば、終わりがあるってこと?」
「そうさ。」
「なんにしても…始まらなければ、なんにもならないじゃないか。」
「でも、それは僕らが決めることじゃないだろう?」
「この本を手にとってくれた物好きな人がこの物語を始めるんだ。」
「つまらないかもしれないよ?」
「まぁ、なんにしても…」
「まだ、始まってすらいないんだ。」
夕闇が滑るようにやってきて夜が訪れるまでには、そんなにはかからない。
ついさっきまで賑やかだった駅前も、今は静まり返っていた。
吸い込んで、吐き出すのに疲れた列車が、小さくなっていく。
まばらな影達は下を向いて散らばっていく。
朝はあんなに多くの人間を集めていたのに。
帰る場所がある人は、急ぎ足で、屋根のある暖かい部屋を目指した。
帰る場所がない人も、とりあえず家を目指した。
夜が幾分か濃くなると、完全に人が消え失せる。
くたびれた列車も今日は眠る。
僕は、僕らは………「もう誰もいなくなってしまった」
誰に云うでもなく僕は云った。
あんなに手を振っていたのに、あんなに楽しかったのに…
夜は熱を奪っていく。
闇は光を奪っていく。
遠くの方で野良犬が吠えている。
それは僕には関係なくて。
つながりを持たないものの一つ。
その無関係さが寒々しくて、身が凍えそうだ。
誰かと繋がっていたくなって、動かない携帯を握り締めた。
動かなくなってからも、僕はこの箱を捨てられずにいる。
いつものように反応のない携帯は、まるで放課後の廊下みたいに冷たくて固い。
空気が音もたてずに震える。
他愛のない昼間の会話を考えたり、僕がいった意味のない冗談を思い出そうとする。
けれども、どれひとつ思い出すことができない。
奪っていった熱と一緒に何かが失われた。
「寒くなる前に帰ろうか。」
誰に云うでもなく僕は云った。
まるで、いままで友達とカラオケをしていて、楽しくて時間を忘れていたかのような…
明るいコエで…
「ただいま」
といってドアを開けなければならない。
僕はドアノブに伸ばした手に力を入れた。




