20
とある国の式典で、二人は出会った。
一目で惹かれあった二人は、だがしかし互いの国の将来を担う者同士だった。
しかも男には婚約者までいる。互いの為に、一緒に居てはいけない。分かってはいても、心を止めることはできなかった。
思いつめた二人は、ついに心中を決意する。
女の乳兄弟であり幼い頃から共に歩んだ友の協力のもと、二人は手に手を取り合い死に場所を探して旅立つ。
ところが、女の父がそれに気づいた。
大国の国王でもある女の父親は、二人を捜しだし、すんでのところで保護することに成功した。そして女の父親は、男の父親に手紙を出す。
国王としてではなく、ひとりの親として子供の幸せを願おうではないか、と。
女の父である大国の王から手紙を貰った男の父は、その内容に心を打たれ、二人の仲を許したのだった。
男は大国に婿として入り、二人は夫婦として、また女王と宰相として国を益々の繁栄に導くのだった。
めでたしめでたし。
「全然めでたくなんてありませんが」
「なんで? 互いの国の合意の元、晴れて一緒になれたのだから、こんなにめでたいことはないじゃない」
「わたしの合意はないですけどね」
「またまた、そんなことを言って」
「…………」
サンは溜息を吐く。
どうしてこうなったのだ。
長旅で疲れただろうとトバッチ国王が用意してくれた部屋に、今サンは居る。それはいい。それはいいのだが、何故リーニと同室なのだ。
サンが王と話そうとするたびに、リーニが邪魔をする。そして何より、王自身がこの作り話をすっかり信じ切っている。
してやられた――。
項垂れていれば、「おーい」と壁際から声が掛けられた。
「そろそろ俺は邪魔か?」
ケントである。
サンは顔を上げ、ケントを睨んだ。
「邪魔ではありません」
「いや、でもよ、これからいろいろするだろう? それとも見届け人にでもなれと言うのか?」
誰が、何をいろいろとすると言うのか。
「手を出されては困るのではないのですか?」
「何のことだ?」
ケントが首を傾げる。
「…………」
「じゃあ、上手くやれよ」
ひらひらと手を振り、ケントは部屋を出て行った。
本当に、どうなっているのか。
痛む頭を押さえれば、リーニが抱きついてくる。
「サン様……」
潤んだ瞳で見つめられ、サンはまた溜息を吐く。
「分かりました。分かりましたから、湯浴みをしてください」
「あなたのものにしてくれるの?」
「こうなれば、致し方ないでしょう」
「本当に?」
「…………」
サンがリーニの腰を抱く。
「サン様……?」
サンの顔が、リーニに触れるほど近づいた。
「ご馳走を目の前にどうぞと差し出されて我慢するほど、わたしは紳士ではないのです。食べていいのなら、残さず食べましょう」
「サン様……」
「で、どうしますか? このままベッドに? 旅で汚れた体のまま初めてを経験したいのなら、わたしはそれでも構いませんが?」
サンが告げた言葉に、リーニの頬がカッと赤くなる。
「よ、汚れたままを舐めまわしたいだなんて……」
そんなことは言っていない。
「……でも、そうね。やっぱり清らかな体であなたのものになりたいから、湯浴みはするわ」
「では、侍女を呼びましょう」
サンが呼び鈴を鳴らし、侍女を呼ぶ。
「リーニ姫が湯浴みをされるそうです」
リーニと、それから何故か侍女も顔を赤くして浴室へと向かう。
「待っていてね、サン様」
「しっかりと磨いてきてください」
そしてドアが閉まった瞬間、
「…………」
サンは素早く部屋から出て走った。とにかく、誤解を解かねばならない。父は駄目だ。ならば話すべき相手は一人しかいない。
城で働く人々が、血相を変えて走っていくサンを見て驚く。だがそんなことに構っている余裕などなく、サンはカイの部屋まで行った。
ノックをすれば、中から返事がある。ドアを開ければ、椅子に座って外を見ていたサンが振り向いた。
「兄上、お楽しみ中ではなかったのですか?」
「……やめてくれ」
お前までそれを言うか。
サンは溜息を吐き、カイの前の椅子に座る。
「話したいことがある」
「何ですか?」
「誤解を解きたい。わたしはリーニ姫と駆け落ちなどしていない。無理やり連れて行かれ、罠にはめられただけだ」
真摯に訴えれば、カイがじっとサンを見つめる。
「信じてくれ、カイ」
見つめ合う兄弟。
どれだけそうしていたか、やがてカイが口を開いた。
「そんなことは、分かっています」
サンが目を見開く。
「だったら――」
「だったら、何ですか?」
「――何?」
訝しげなサンに、カイは淡々と言う。
「エルラグドほどの大国に、婿にと望まれているのでしょう? しかも宰相の地位までついてくる。何故それを拒むのですか。こんな好機、二度とないというのに」
――え?
何を言っているのか。
サンはカイをまじまじと見つめる。
「リーニ姫が初めてこの城を訪れた時のこと、覚えていますか?」
「あ、ああ」
勿論覚えている。なす術なく捕まった屈辱も。
「あの時、白騎士は私の耳元でこう言いました。『お前が王太子となり、トバッチ国を繁栄に導け』と」
「なに……?」
「兄上がその美貌で何かをやらかしたことは分かっていました。その結果、兄上はエルラグドの姫に見初められたのでしょう」
それは違う、とサンは首を振る。
「姫はわたしの姿絵を見て気に入ったと言っていた。だから……」
「絵のことは、先日知って驚きました。薄々おかしいとは思っていたが、まさか販売していたとは……。しかしそれも、国を思ったがゆえの行動です。しかし兄上、リーニ姫は本当に絵を見ただけであなたを欲しいと思ったのでしょうか? 何か、他にあったのではないですか?」
「会ったことも無かったのに、何かある筈がない」
「では、噂や情報を集め、それで判断をしたのでしょうか。だとしても――、それも最早どうでもよいことです」
それはどういう意味だ、と見つめるサンをカイは見据える。
「兄上、この国が生き残るために犠牲になってください」
サンが息を呑む。
「エルラグド国の力を借りて、トバッチ国は今以上に豊かな国となります」
それはつまり、
「……贄となれ、というのか?」
カイは頷く。
「そうです。わたしはここから、そして兄上はエルラグドから、トバッチ国をさらなる高みへと導いていきましょう」
それは、納得しがたいことだ。
唇を引き結ぶサンの肩をカイは強く掴む。
「すべてはトバッチ国の為。王太子として育てられた兄上には、それが分かるはずです」
そしてカイは、呼び鈴を手に取ってそれを振る。
すぐに現れたのは――ケントとその部下たちだった。
「話は終わったか?」
カイが頷く。
「はい。連れて行ってください」
何を言うか、と抗議の隙も与えずに、ケントの部下たちがサンを担ぎ上げる。
そして、わっせわっせと運ばれたのは、先程リーニと共に居た部屋だ。
「兄上、早急に既成事実を作ってください。間違っても姫に逃げられることのないように」
耳元で囁かれる言葉。
部屋に放り込まれれば、膨れっ面のリーニが飛びついてくる。
「酷いわ! 私を置いて何処か行っちゃうなんて!」
まだ幼さの残る言動とは裏腹に、薄い寝衣に身を包んだリーニの体は女の色香を漂わせている。
「では、兄上ごゆっくり」
「じゃあな、リーニ。頑張れよ」
伸ばした手は届かず、目の前で閉じられていくドア。
だからあれ程、誰にでも笑顔を振りまくなと言ったのです――。
聞こえた声は幻聴か。
カチャリ、とドアの鍵が外から掛けられた。