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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
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15

 道化だ、とサンは思った。

 それは、今の自分の格好である。

 胸は隠れているが、背中も腹も脇も大胆に開いた服。短すぎるズボンにブーツ、宝石の付いた腕輪。何故だかわからないが、髪は整髪料で立ち上げられた。

 マントがあるのがせめてもの救いだが、そのマントの真ん中には大きなリボンがつけられている。

「に、似合っております」

 あきらかに嘘と分かる表情で爺やが視線を逸らし、後ろを向いて肩を震わせる。

「いっそ、堂々と笑ってくれ」

「いやいや、笑ってなど……。ぷぷっ」

 笑っているではないか。

 サンは溜息を吐き、椅子に座る。素顔を隠す化粧でもすれば、街で小金稼ぎでもできるかもしれない。

「サン様、マントで前をお隠しください」

「なに……?」

「ご立派なものが、ズボンの裾から零れ出ております」

「…………」

 サンはマントを引っ張り、股間を覆う。そういえば、何故か下着が用意されていなかったのだった。

 この衣装を贈ってきたのは王太后であった。

 四姉妹の意見を全て取り入れたらこうなったと言うが、どう考えてもこの衣装はおかしい。

 どうしてこれほどまでに趣味が悪いのか。正直着たくはなかったのだが、「着替えはこれしかありません。着ていないと知られると王太后様の呪いが……」と爺やが脅してきたため、サンは仕方なく高価な道化服に身を包んだのだった。

 サンはお茶を飲みながら、今日どのように過ごすかを考える。

 時々やって来ては「斬りたい」と目を血走らせる赤騎士と白騎士の親子も、今日は来ないようだ。綺麗すぎると言われた剣技が少しだけましになった感じがするのは、この親子が一方的に斬りつけてきているようで、その実修行をつけてくれているからだとサンは漸く気づき始めた。

 ただし、少しでも油断をすれば容赦なく首をとられるのも事実ではある。ギリギリのところでの攻防をあの親子は好んでいる。

 もし首がとられるようなことがあれば、生首投げが趣味の狂った女が喜んで自分の首を投げるのだろうか――。

 そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえた。

 この強めのノックの音は、覚えがある。

 こちらの返事を待たずに部屋に入ってきた金髪の女性を見て、サンは憂鬱な気持ちになる。自由以外は何でも手に入る、と言った女――王妃イリスであった。

 イリスはサンの格好を見て、動揺した様子で目を逸らす。サンの気持ちが益々暗くなった。

「王太后様、でしょう?」

 イリスは微妙に視線を逸らしながらサンに訊く。サンは黙ってうなずいた。

「私にもそんな時期があったわ」

 今は孫に気持ちが行っているから、ここまで酷い状況になることは少なくなったのだけど。

 そう言ってイリスは、何かを思い出した様子で自嘲をした。きっと過去の『酷い状況』というのを思い出したのだろう。

「ある程度は受け入れた方が、後々面倒くさいことにはならないと思うわ。下手なことをしてしまうと、恐ろしいことになるから。あのひとは……」

 魔女だから――。

「…………!」

 魔女だったのか、やはり。現実に居たのか、魔女は。

 衝撃を受け、サンが固まる。その様子に眉を寄せ、イリスがサンの頬に手を伸ばした。

「大丈夫? 気分でも悪いのかしら?」

 触れてきた指先が優しく頬を撫でる。

「いえ……。少し驚いてしまって」

「まあ、そうね。私が初めて王太后様にお会いした時も衝撃を受けたわ」

「王太后様は、昔からあのような……?」

「そうね。でも昔より見た目は若くなっているわ」

 それは何故、と訊こうとした時、

「…………!」

 突然響いた大きな音。驚いて音のした方向――ドアを見ると、エルラグド国王ヴェリオルが怒りの形相で立っていた。

 ヴェリオルの視線が向けられているのは、イリスの指先が触れている頬。そのことに気づいたのとヴェリオルが斬りかかってきたのは同時だった。

 咄嗟にイリスの手を払って後方に身を反らそうとしたが、ヴェリオルは大国の国王とは思えない乱暴さでサンが座っていた椅子を蹴りつける。床に転がったサンの頬、ギリギリのところを剣先が走り、サンの髪が床の上に散らばった。

「やめてください、陛下!」

 叫ぶイリス。そのイリスに一瞬視線を向けたヴェリオルは、燃えるような瞳でサンを見下ろした。

「我が妃まで誑かすとは、いい度胸だ」

 綺麗な顔のままでは死ねないと思え、とヴェリオルが剣を振り上げる。

 イリスがまた叫んだ。

「やめてくださいと言っています! 目の前で殺さないでください、夢見が悪くなります!」

 ちょっと待て、とサンは目を見開いた。この王妃は殺されかかっている自分を助けようとしているのではなく、自分の夢見を気にしているのか、と。

 愕然とするサンを、ヴェリオルは剣を構えたまま見据える。

「その顔で、甘い言葉を吐いたのか? ならばその顔も口も切り刻んでやろう」

「やめてください、陛下!」

 ヴェリオルは舌打ちして、イリスに視線を向ける。

「気に入ったのはこの顔か? だが俺の方が良い男だろう?」

「馬鹿なことを言っていないで、剣を収めてください」

「こいつの格好を見ろ。どう考えても俺の方が良いだろう」

(…………っ)

 格好のことを言われたら何も言えない。だが、好きでこれを着ているわけではない。

 ヴェリオルの足が、サンの股間を踏みつける。

「卑猥なものを見せて誘っているのか? だが残念だ。俺のものの方が大きい。そうだろう、イリス?」

 イリスが横を向く。

「知りません」

 ぎりぎりと力を込めて踏まれ、サンが呻く。

「イリス、俺のことが好きだと言え。世界で一番愛していると」

「もう分かったので、仕事に戻ってください」

「若さか? こいつの若さが気に入ったか?」

 ヴェリオルから視線が外せないサンの耳に、大きな溜息が聞こえた。

「……陛下、いい加減にしてください。さっさと仕事に戻って、お金を稼いで貢いでくれないと困ります」

「では、ジンに若返りの薬を作らせよう」

「それならば既に王太后様が飲んでおられます」

「なんだと……! 俺は聞いていないぞ!」

 痛みで顔を歪めながらサンは二人の会話を聞く。このヴェリオルの乱暴な口調はどうしたことなのだ。そしてその間も、ヴェリオルは踏みつける力を弱めず、むしろ強めてくる。

 混乱している間に、いつの間にか移動していた剣先が喉に触れた。

「…………っ」

 鋭い痛みは、血が出ていることを示している。

「陛下、リーニが悲しみますわ」

「リーニなら、他にいくらでも相手は居る」

「でも、ここで殺せば益々嫌われますわよ」

「…………」

 ヴェリオルは苦々しい表情で、剣を鞘に収めた。そして漸くサンから足を退けると、イリスを抱き寄せて肩に顔を埋める。

「お前は俺のものだ。俺だけを見ろ、俺だけを愛せ」

「陛下、重いです」

「受け止めろ」

「無理です」

 先程サンに触れていたイリスの指を手に取り、その一本をヴェリオルが口の中に含む。

「やめてください、気色の悪い」

 イリスが顔を顰める。

「消毒だ」

「消毒一回は、金塊一つと交換になります」

「一山やろう」

 ヴェリオルが、イリスの体を横抱きにする。

「お仕事は?」

「もう終わった」

「嘘ばっかり」

 ヴェリオルはそのままドアに向かう。そして部屋を出る直前に振り向き、怒りを含んだ瞳をサンに向けた。

「俺のイリスに二度と触れるな」

 ――殺すぞ。

 ヴェリオルの心の声が、サンの頭に響く。

 去っていく二人を床の上に倒れたまま呆然と見送るサンの耳に、「まだ子を増やすおつもりなのでしょうかな」という爺やの呆れた声が聞こえた。

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