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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
34/52

 重い音を立てて、枷が床に転がる。枷が外された足首は、思った以上に腫れていた。

「ご、ごめんなさい。まさかこんな……」

 泣きそうな表情で、リーニがサンを見上げる。

 視察から帰ってきたリーニは爺やから状況を聞き、慌ててサンの元に駆けつけてきたのだった。

 リーニと共に来ていたケントが、後ろからリーニに何かを差し出す。

「傷薬だ。うちの隊で使っているものだから、効果は抜群だ」

 これを塗ればすぐに治ると言われたリーニは、頷いて薬を受け取ると、それをサンの足首に塗った。

「…………っ」

「痛むの?」

 痛むだろう。これだけ腫れているのだから。自分がやったくせに、どうしてこの姫は涙を浮かべているのか。

 苛立ちを含んだ目で、サンはリーニを見つめ返した。

「どけ、リーニ。俺がやる」

 リーニを押し退けてケントがサンに薬を塗り、包帯を巻く。そしてもう一度薬を指で掬い、サンの服の中に手を入れる。

「…………!」

「ここも痛むのだろう?」

 エルラグド王ヴェリオルに蹴られた脇腹。そこが痛むことは誰にも言っていない。だがケントはそれを見抜き、薬を塗った。

「この薬も、あの兵器と同じ奴が作った。痛みも腫れもすぐに引く」

 だから大丈夫だと、ケントは脇腹を叩く。

「…………っ」

 わざと強めに叩いたのだろう。ケントは立ち上がると、口角を上げて椅子に座るサンを見下ろしてから、薬を爺やに渡してリーニの後ろに下がる。そしてリーニが再びサンの足元に膝をついた。

「あのね、サン様……」

 リーニが手に持っているものをサンに見せる。

 それは――。

 サンは顔を顰めた。

「お父様がね、新しい枷を用意してくださったの」

 包帯を巻いていない方の足首に、リーニは新しい枷をはめる。

「これなら腫れたりしないって。それに今腫れている足首も、すぐに快感に変わるから大丈夫なんですって」

 そんなことあるはずがない、と言いたいのを堪えてサンは唇を噛む。

「それから……」

 リーニは後ろに控えていた騎士に視線を向ける。すると、その騎士が恭しく盆に乗ったものをリーニに差し出した。

「首輪よ」

 リーニが首輪を手に取りサンに見せる。

「もっと棘とかついたものがいいと思ったのだけど、お父様がサン様にはこっちの方が似合うって」

 それは、首輪というよりは首飾りと呼んだ方がいいようなものだった。

 サンの瞳と同色の宝石が一つだけついた、無駄な装飾がなにもされていないそれを、リーニはサンの首につけようとする。

 しかしサンは、眉を寄せて体を後ろに引いた。

「やめてください」

 リーニが驚き、目を見開く。

「何故?」

「あなたが私の立場ならどうです? 首輪を着けますか?」

「それが愛の証ならば」

「…………」

 着けると言うのか、首輪を。

 この姫はおかしい。サンは目を固く瞑り、もう一度きっぱりと言った。

「私は着けません」

「駄目よ。あなたの為にお父様が用意してくださったのだから。この色の宝石を見つけるの、大変だったのですって」

 エルラグド国王の名を出されて、サンはまた唇を噛む。

 リーニの手がサンの首に回り、首輪がつけられた。

 一歩後ろに下がり、リーニは頷く。

「とても似合うわ。お父様が選んだものっていうのが、ちょっと悔しいけど」

 似合うと言われても喜べないと、サンはリーニに視線を向け、

「…………!」

 ぎょっとする。リーニの背後――ドアが薄く開いて、そこから誰かがこちらを覗いている。しかもそれは、一人ではなく複数だ。

「どうしたの?」

 目を見開くサンの様子に首を傾げ、リーニが振り返る。そして、

「ちょっと! あなたたち、何をしているの!?」

 リーニが怒鳴った。知り合いなのだろうか。

 ドアの向こうから、からかうような声がする。

「やあね、苛々しちゃって。ちょっと噂の男を見に来ただけじゃない」

 ドアが大きく開き、現れたのは――。

「え……」

 サンは唖然とした。

 リーニとそっくりの者が三人、部屋に入って来たのだ。

 最初に入って来たのは、肩も背中も大胆に露出した丈の短いドレスを着た少女。手には扇を持っている。

 二番目に入って来たのは、騎士服らしきものを着た、短髪の少年。腰には剣を佩いている。

 最後に入って来たのは、騎士服の少年の背に隠れ、ちらちらとサンを見てくる少女。この中では一番小さい。

 最初に入って来た少女が、サンに向かって微笑む。

「初めまして、サン様。エルラグド国第二王女、シェリス・エルラグドですわ」

「第二……?」

 では、リーニの妹なのか。

 それにしても派手な格好だ。辛うじて胸は隠れているが、露出が激しすぎて何処を見ていいのか分からない。

「うふ。そんなに見つめられたら恥ずかしいですわ」

 扇で口元を隠すシェリス。

 リーニが腰に手を当てて鼻を鳴らす。

「そんな悪趣味な格好でサン様の前に出ないでほしいわ。みっともない」

 シェリスの視線がリーニに移る。

「あら、これは最先端のドレスなのですわよ。そんなことも知らないなんて、随分遅れていらっしゃること」

「何が最先端よ。どうせ胡散臭い自称天才デザイナーにでも、また騙されたんでしょう?」

「し、失礼なこと言わないでくださる!?」

 言い合いを始めるリーニとシェリス。その様子を茫然と見ていると、肩を叩かれた。

 振り向けば、騎士服の少年が爽やかな笑顔を見せる。

「やあ! おれの名はエリック。よろしく」

 差し出される手。一瞬迷ってから、サンはそれを握る。掌にたこの感触がするが、剣を振るには少々華奢な手だ。

 リーニとそっくりということは、この少年はリーニの弟なのだろうか。

 エリックは、握っているのとは反対の手の親指で、リーニとシェリスを指す。

「驚いただろう? あの二人、いつもああなんだ」

 困ったものだなと肩を竦め、エリックは握る手に力を込める。

「ケントから聞いてるよ。結構強いんだって? なあ、おれと手合せしないか?」

 サンは戸惑う。いきなり手合せと言われても、剣も無ければここから出ることもできないのに。

 と、そこでリーニの視線がサンとエリックに向けられた。リーニが眉間に皺を寄せる。

「エミリア、私のサン様の手を許可なく握らないでよ」

 エミリア?

 サンは目を瞬かせてエリックを見る。

 エリックが渋い顔をして唇を尖らせた。

「リーニ姉様、おれのことはエリックと呼んでください」

「またそんなこと言って……」

 リーニが溜息を吐き、シェリスがころころと笑う。

「似合っているからいいじゃないの」

「まあ、それはそうだけどね」

 どういうことかと三人の顔を順番に見るサンに、リーニが教える。

「その子は三女のエミリアよ。男装が趣味なの」

「違うよ姉様。趣味じゃなくて――」

「はいはい」

 リーニが軽く手を振り、エリック――ではなくエミリアが頬を膨らませる。

「…………」

 サンは唖然としてエミリアを見つめる。男装が趣味というのも驚きだが、それよりも大国の姫が髪を短く切るということが、サンには理解できなかった。

 エルラグド国王は、これを許しているのか。

 信じられない思いでいれば、サンの袖が軽く引っ張られた。

「…………?」

 振り向けば、最後に部屋に入って来た少女が頬を赤く染めてサンを見つめていた。

「あ、あの……」

 サンと目が合い、少女の顔が更に赤くなる。

「あの、あの、クレア・エルラグドです。サンお兄様」

 消えてしまいそうな小さな声で、たどたどしく自己紹介をするクレア。

「第四王女で、十二歳で、あの、わたし……」

 十二歳にしては、小柄で幼い印象を受ける。

 そう思っていれば、シェリスが扇をぱちんと鳴らした。

「クレア、もっとはっきりとお話しなさい」

 クレアがびくりと体を揺らして、サンの腕にしがみつく。

 それを見て、リーニが眉を寄せた。

「クレア、サン様は私のものなのよ。引っ付くならエミリアになさい」

「ご、ごめんなさい」

 クレアが慌ててサンから手を離し、エミリアにしがみつく。

 エミリアが苦笑してクレアの背を撫でた。

「姉様方、そんなにクレアをいじめないでください」

「誰がいじめているのよ!」

「心外ですわ!」

 リーニとシェリスの声が重なる。

 と、そこでノックの音がして、ケントが廊下に出てすぐに戻ってくる。

「盛り上がっているところ悪いが、リーニは仕事がまだ残っているし、シェリスは新作ドレスの試着をするんだろう?」

 ええ……、とリーニが不満げな表情をして、シェリスが「忘れていたわ!」と慌てて踵を返す。

 そういえば、とエミリアが顎に手を当てる。

「おれも鍛錬の時間だった。クレアはどうする?」

「わ、わたしは読書の時間だから……」

「じゃあ図書室か。送って行くよ」

 四姉妹がドアまで歩き、そこで振り返る。

「また来るわ、サン様」

「ごきげんよう」

「手合せする約束、忘れるなよ」

「あの、お、お邪魔しました……」

 姉妹が出て行き、「じゃあな」とケントも部下を連れ部屋から出て行く。

「…………」

 なんなのだ、あの姉妹は。

 閉められたドアを見つめていれば、小さな音を立ててテーブルにお茶が置かれた。

「サン様、どうぞ」

 爺やの言葉に、漸くサンはドアからお茶へと視線を移す。

「少々個性的な姫様方でございましょう?」

 少々ではない。

 サンはカップを手に持ち、茶を一口飲む。相変わらず不味い。

「エルラグド国王は、姫たちのあれを許しているのか?」

 リーニの性格にも驚いたが、派手に露出している次女と男装の三女にも衝撃を受けた。あの中では末姫だけが、まだまともに感じる。

「溺愛されております」

 爺やが頭を下げる。

「……そうか」

 できれば、四姉妹揃った状態ではもう会いたくない。

 一気に精神を削られたような気がすると、サンは溜息を吐いて目を閉じた。

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