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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
31/52

 華やかで、美しい街並み。

 行き交う人々の表情は明るく活気がある。何より――。

「なんと……」

 荘厳な王城を見上げ、サンはそれ以上の言葉が出ない。

 トバッチ国の王城も立派だったが、そんなものとは比べ物にならないほどエルラグド国の城は素晴らしかった。

 馬に跨ったまま茫然と城を見上げるサンに、同じく馬に乗ったケントが近づく。

「なかなかのもんだろ、うちの城は」

 なかなか、などというものではない。他国に赴くこともあったが、これ程の城をサンは初めて見た。

「じゃあ、中に入るか。そのフードは絶対に取るなよ」

 馬から降りろと指示され、サンは素直に従う。そして馬車から降りてきたリーニが、笑顔でサンの前に立った。

「お部屋に案内するわ。サン様の為に、特別な部屋を用意しておいたの」

 歩き出したリーニの後ろをサンが歩く。当然のように、ケントとその部下たちがサンの周りを取り囲んで歩き出す。

 城の中に入ればそこに居た人々が何事かと驚き、そしてリーニに気づいて頭を下げる。

 廊下を歩き、階段を上り、着いたのは広い部屋。

 豪奢な家具に、大きなベッド。トバッチ国の自室よりも広い部屋をサンは見回す。壁際に置かれた棚には、本や遊戯盤なども用意してある。

 正直、もっと狭くて暗い部屋にでも押し込まれるのではないかと思っていたが、どうやら客人としての扱いをしてもらえるらしい。

 と、サンが思ったところで、リーニがベッドの下から何かを取り出す。

「はい!」

 笑顔で差し出されたものを見て、サンは眉を寄せる。

「……これは?」

「足枷よ」

「…………」

 それは見れば分かる。

「サン様、座って」

 椅子に腰かければ、左足首に枷をつけられた。

「立ってみて」

 枷は片足のみだが、立って数歩進めばその重さが分かる。なんとか歩けるが、走れはしない。逃走を阻止できる絶妙な重さだ。

「どうかしら?」

「痛いので、外していただきたい」

 動くと足首に当たる金属が痛い。

 しかしリーニは首を横に振る。

「駄目よ。だって枷ってそういうものでしょう?」

 犯罪者に使うものなのだから、枷とはこういうものなのだろう。だがサンは犯罪者ではない。

「逃げない、と言っても外してはもらえないのですか?」

「これは逃走防止用じゃないわ。愛の重さを分かってもらうためのものなのよ」

「…………」

 リーニの愛は、この枷と同じ重さなのか。そう考えれば、一気に枷の重さが増したような感じがした。

「この部屋は自由に使ってもらっていいわ。それから誰か、身の回りの世話をする者をつけましょう」

 サンは頷く。必要ないとは言えない。トバッチ国でも当然身の回りの世話をする者は付いていたのだ。初めて来たこの国で、この状況で、自分一人で生活ができるはずがない。

「必要そうなものは一通り揃えてあるけど、足りないものがあったら言ってちょうだい」

 リーニがそう言ったところでノックの音がする。ドアを薄く開けてケントが廊下に出て、すぐに部屋の中に戻ってきた。

「おい、遠征の報告をしろってさ。それからいろいろとやらなきゃいけない仕事が溜まっているから、それらをさっさと処理しろだと」

「ええ!?」

「文句は俺ではなくて、命じた奴に言え」

 リーニが頬を膨らませてドアに向かう。

「ちょっと待っててね。すぐに終わらせて戻って来るから」

 出て行く瞬間、振り向いてサンに微笑むリーニ。

「…………」

 閉まったドアを見つめるサンに、ケントが近づき肩を叩く。

「まあ、頑張れや」

 じゃあな、ともう一度肩を叩いて、ケントとその部下たちも去っていった。

 パタン、とドアが閉まる音がする。遠ざかる足音を聞いてから、サンはドアに近づいてノブを回してみる。

「…………!」

 当然開かないであろうと思っていたドアが開く。

 目を見開いて薄くドアを開けて廊下を見れば、

「…………っ」

 ドアの横に、ケントの部下が二人立っていた。

 何かご用ですか、と訊かれたサンは首を横に振ってドアを閉める。鍵を掛けない代わりに見張りを立てているのか。

 では窓の外はどうなっているのか、と部屋の奥に移動する。

 窓はあっさり開いた。顔を出して下を見れば、手入れのされた庭が見える。しかし窓の下に木は植えられていない。飛び降りたとしても、助かる可能性は低いだろう。上を見てみたが、特にこれといったものはない。

 窓からの脱出は無理そうだ。

 サンは椅子に座り、深く息を吐く。

 疲れた、精神的に。いや、まだこれからか。

 とりあえず湯浴みをしたいと思っていれば、ノックの音がした。入ってくる気配がないので返事をする。

「どうぞ」

 ドアが開き、現れたのは白髪の男だった。

「リーニ様より、サン様の身の回りのお世話をするようにと仰せつかりました」

 老齢の男の言葉に、サンは軽く目を見開いた。自分の身の回りの世話をするのは、若い侍女か侍従だと思っていたのだ。まさかこのように歳をとった者が来るとは思ってもいなかった。

 失礼します、と男は入ってくる。サンは男をじっと見る。使用人が着るにしては、なかなか洒落た服を着ている。貴族服のように見えるが、もしかしてエルラグド城では使用人もこういった服を着るのだろうか。白髪が綺麗に撫でつけられていて姿勢もよい。

「よろしくお願いいたします。わたくしのことは、『爺や』とお呼びください」

「爺や?」

 名ではなく、そう呼べと言うのか。

「ところで、これからいかがいたしますか? 茶の準備でもいたしましょうか」

 呼び方に関しては、『爺や』で決まっているようだ。

 サンは緩く首を振って命じる。

「湯浴みの準備を」

「かしこまりました。湯は既に準備がしてあります」

 こちらでございます、と爺やは浴室にサンを連れて行く。浴室も綺麗で立派だ。

「どうぞ」

 爺やが浴槽を手で示す。

「…………」

「…………」

 サンは眉を寄せた。このまま入れと言うのか。

 そして爺やも軽く眉を寄せる。

 まさか、とサンは指示を出す。

「服を……」

 そこで爺やはハッとした。

「あ、ああ。申し訳ございません。ご自分で脱がれるのかと……」

 確かに、旅の間は自分で着替えもしていたが、侍女や侍従が居るのならば、それはその者達の仕事ではないのか。それともエルラグド国では違うのか。

 爺やが慌ててサンの服を脱がせる。

「ほお、これはなかなか立派な体をしていらっしゃる」

 鍛えていらっしゃいますな、と笑いながら爺やはサンのズボンと下着も脱がせる。

「ほお、これはなかなか立派なものをお持ちでございますな」

 感心したように頷き、爺やは全裸になったサンを浴室に連れて行こうとする。

「……待て」

「はい? 何か」

 何か、ではない。

 サンは溜息を吐きたいのを堪えて指摘する。

「そのままでは、爺やの服が濡れてしまう」

 言われて漸く気づいたようで、爺やは袖を捲った。

「爺やと呼んでいただいて嬉しゅうございます」

「……そうか」

 この男は、何かおかしい。

 そう思いつつ浴槽に身を沈めれば、爺やがきょろきょろと周囲を見回す。

「どうした?」

「石鹸は……」

「…………」

 やはり、おかしい。

 漸く石鹸を見つけた爺やが、サンの体を磨き始める。その手つきがたどたどしい。

「爺やは――」

「はい?」

「――こういった仕事は、普段していないのか?」

 訊かれて爺やは頷く。

「随分昔に侍従の仕事もしましたが、その後は城で雑務をしておりました。それも数年前に引退していたのですが、突然呼び出しがあり登城すれば、リーニ様の大切な方のお世話を任せると命じられ……、いや、驚きました」

 引退した者を、わざわざ呼び戻したというのか。

「何故だ……?」

 首を傾げて呟けば、爺やが答える。

「なんでも、侍女ではサン様の魅力に惹かれて何をするか分からないからと。かと言って男でよいかと考えれば、それも危険な気がする。――なるほど、サン様のお顔を拝見して納得いたしました。確かに男でも惹かれる顔立ちをしていらっしゃる」

 やめてくれ、とサンは顔を顰める。

「その点わたくしならば、そちらは既に枯れているので安心だということらしいです」

 サンが小さく唸る。

「そんな理由で……」

「位は低いですが一応貴族ではありますので、身元がはっきりしているということでも選ばれたのだと思います」

 なるほど、とサンは頷く。やはり貴族だったのか。

「選ばれたからには、精一杯務めさせていただきます」

「ああ、頼む。だが無理はしないでくれ」

「はい。ありがとうございます」

 爺やは丁寧にサンの体を磨き、汚れを落としたサンは、布で体を拭いて新しい服に着替える。

「肌触りがいいな……」

 呟けば、爺やが頷く。

「はい。エルラグド国は、よい布を輸入しておりますから」

 さすが大国、というところか。

 部屋に戻れば爺やが「茶の用意をしてまいります」と、いったん部屋から出て行きすぐに戻ってくる。そして茶器を並べ、茶葉を手に取り、

「ええと、茶の入れ方は……」

 視線を彷徨わせる。

「…………」

 この爺で大丈夫なのかと、サンは額に手を当てた。

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