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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
王と安らぎの女神たち
3/52

 減らない書類、求められる意見、小言、耳の中のざわめき、疲れが押し寄せる――。


「今日はこれくらいにいたしましょう」


 聞こえた言葉にハッとする。

「お疲れ様でした」

「あ、ああ……」

 ペンを置き、首を回す。

「陛下、後宮に行くのですか?」

 ネイラスに言われて思い出す。そういえばブサイクの元に行ってやるつもりだった、と。

「ああ」

 ネイラスが「分かりました」と頷き、ドアを開けて外にいる騎士にそのことを伝える。ヴェリオルは立ち上がって執務室を出ると、そのまま後宮へと向かった。

 蝋燭の明かりに照らされた長い廊下を歩き、やっと辿り着いた後宮の入り口で騎士を置いて、待っていた女官長を従えて歩く。

「今宵はどの側室になさいますか?」

 控えめな声で訊いてきた女官長に告げる。

「イリアの元に行く」

「イリア、でございますか?」

「今朝会った側室だ」

「……イリス様、ですか」

 ああ、『イリス』だったか。そう思いつつヴェリオルは頷いた。

「しかし陛下、イリス様はご実家に帰ることが決まっております」

 それは分かっている。

「だから行ってやるのだろう」

「しかし――」

「しかし、何だ?」

「ケイト様がお待ちになっておられますが」

 何故、急に他の側室を勧めるのか。ヴェリオルは足を止め、振り向いて女官長を睨みつけた。

「いいから今朝会った側室の部屋に案内せよ」

「…………」

 一瞬の沈黙の後、女官長は謝罪と共に頭を下げ、先に歩き出す。そして――。


「こちらでございます」


 入り口から遠い一室。そこが今朝会った『イリス』の部屋らしい。

 女官長がノックをする。が、反応がない。

「もうお休みになられているようです。他の側室にされてはいかがでしょうか?」

 ヴェリオルは眉を寄せた。危険を犯して直訴までしたのに寝ているなどおかしい。

「もう一度ドアを叩いてみよ」

「……はい」


 トントントン。


 反応はない。

「陛下、やはり今宵は――」

「退け」

 ヴェリオルは女官長を押し退けてノックをした。


 ゴンゴンゴンゴン。


 まさか諦めて眠ったのか。そう思った時、微かな物音が中から聞こえた。

 起きたのか。もう一度ドアを叩こうかとしたその時――。


「…………!」


 突然、ドアが全開になり、ヴェリオルは驚く。そしてそれと同じくらい、ドアを開けた侍女らしき女と、部屋の中にいる今朝会った女――側室のイリスが目を見開き驚いていた。


「へ、陛下……?」


 ポカンと口を開けているイリスに、ヴェリオルは眉を寄せる。

 起きていたのにどうしてすぐに出なかったのか。もしやこれは焦らす作戦なのか、ブサイクのくせに。

 気持ちを立て直し、女官長を軽く手を振る事で下がらせて室内に入る。

「……随分、元気が良い侍女だな」

 固まっている侍女に命じる、

「侍女も下がってよい」

「……え?」

 何故驚くのか。

「下がってよいと言っている」

「え……、え……」

 侍女は戸惑った様子でイリスを見る。美しいがあまり教養はなさそうだと思っていると、イリスが深く頭を下げた。

「朝には帰る事となっております。どうか、ご慈悲を!」

「ああ、分かっている。面を上げよ」

 そう言ってやると、イリスはホッとした様子で頭を上げる。

 ヴェリオルはイリスの横を通り過ぎ、無駄に広いベッドに腰を下ろした。

「何をしている。早く来い」

 疲れているのだ、さっさと終わらせて眠りたい。


「……え?」


 首を傾げるイリスにいらつく。馬鹿なのか? ヴェリオルは眉を寄せ、イリスを再度呼んだ。

「何をしている。早くこちらに来て脱げ」

「な、ななな、何をおっしゃりますか!? 私、朝には家に帰るのですが?」

「……だから来てやったのだろう」

 面倒な会話は要らない。ブサイクなだけでなく気も利かないのか。それとも長い間放っておいた事への謝罪でも欲しいのか。溜息を飲み込み、仕方なく心にも無い言葉を吐く。

「手違いで、そなたの事が余に伝えられていなかったのだ。二年も辛かったであろう」

「いえいえいえ! とんでもございません!」

 イリスは左右に激しく首を振った。

「お気持ちだけいただきます! わざわざご足労くださり、ありがとうございました!!」

 叫ぶように言って、イリスはドレスの裾を摘んで膝を折る。


「…………」

「…………」


 ありがとうございました? ヴェリオルはじっとイリスを見つめた。

「……待て、どういう事だ?」

 帰れと言わんばかりのイリスの態度に、ヴェリオルは顎に手を当てて首を傾げた。

「何かおかしい。話が噛み合っておらんな」

 どうなっているのだ。まさかとは思うが――。

「そなた朝のあれは、処罰覚悟の直訴では無かったのか?」

 イリスは目を見開いて、「え!?」と首を振った。

「直訴とは、何をでございますか? 帰れる事に浮かれて、規則を忘れていただけでございます」

「……まさか、家に帰りたいのか?」

「はい!!」

 拳を握りしめ、前のめりで力強く言い切る。

「…………」

 ヴェリオルは真実を探るようにイリスを見つめた。

 嘘では、ないのか。

「…………」

 では自分は余計な事をしたのだろうか。しかし帰りたがっているなど、誰が予想できると言うのか、運よく側室になれたというのに。この側室は実に変わっている。それとも外に恋人でもいるのか? いや、この顔でそれはありえない。

 ヴェリオルは俯いて目を瞑り、額に手を当てた。

「それは……、済まなかった」

 目下の相手に、思わず謝罪の言葉を口にする。それにしても、せめて部屋に入る前にはっきりと言えば良かったのではないか。


「残念だが、そなたは帰れぬ」


 ヴェリオルは目を開け、ポカンと口を開けるイリスを真っ直ぐ見た。

「余がこの部屋に入った時点で、そなたは余の相手をしたとみなされる。たとえどんな理由があろうと、最低でも一年は後宮から出る事は叶わぬだろう」

 万が一側室が懐妊していた時のことを考えての措置らしく、これを変更するのは難しい。

「まさか帰りたいと思っているとはな。まあ良い、こちらに来い」

 間抜け面をさらしているイリスにヴェリオルは手を差し伸べた。

「折角だ、可愛がってやろう」

 ブサイクな側室に、せめて夢のような一夜をやろう。

「……え?」

「可愛いがってやるから来い」

 イリスは驚きのあまりか、なかなか動かない。そして――。

「じょ」

「じょ?」

 何が言いたいのかと眉を寄せるヴェリオルにイリスは怒鳴った。


「冗談じゃありません!!」


 身体をブルブル震わせて自分を睨むイリスにヴェリオルは唖然とする。

「何故ですか!? 何故帰れないのですか!?」

「規則で決まっている」

 イリスの剣幕に少々圧倒されながらも、ヴェリオルは答えた。

「そんなもの、陛下の権力を以てすれば、いくらでも何とかなりますでしょう!?」

 テーブルをバンバンと叩きながらイリスは怒り、そして両手で顔を覆った。


「…………」


 側室ごときが、王に対してこの暴言。信じられない出来事だが、しかしそれより『あの人』に似ていると瞬間的に思い、ドキリとしてしまった自分にヴェリオルは驚く。暫く会っていないあの人に……。

 急激に、ヴェリオルはイリスに興味が湧いてくる。

 いつまでも部屋に居座る侍女を強い口調と視線で下がらせ、イリスを呼ぶ。

「来い」

「嫌です。他の側室の所にでも行って下さい。畏れながら迷惑です」

 ……そこまで言うのか、この女は。またしてもドキリと胸が鳴る。王に暴言を吐けば処罰されると分かっていないのだろうか。

「…………」

「…………」

 じっと見つめ合う二人。


「お前……、変な女だな」


 命知らずか馬鹿か……。しかし面白い。

 ヴェリオルは立ち上がり、イリスの元に向かう。


 暫くこの女で遊ぶとしよう。


 新しいおもちゃを手に入れた。ヴェリオルは、口角を上げて手を伸ばした。



◇◇◇◇



 朝日を浴び白銀に輝く王城――。

 他国や地方から初めて王都に来た者は、まずその荘厳さに目を奪われる。

 正門を抜けると広い前庭。前庭の向こうには中庭を囲むような形で建てられた大きな主棟。

 その主棟から右手に伸びた長い通路の先に東棟、奥へ伸びる通路の先に北棟がある。

 広大な敷地には他にも王族の為の離棟や塔、使用人棟や厩舎、池や川などもあり、まるで王都の中にある小さな都のようだ。

 大国エルラグドの力を見せ付けるような、大きく美しい城ではあるが、ところが一ヶ所、主棟から左手に伸びた通路の先にある西棟だけは少し雰囲気が違う。

 そこは王の側室達が暮らす場所、つまり後宮である。

 まず他の棟と違うのは、建物が一階のみであるというところだろう。

 数代前の王の時代、愛妾が転落死する『事故』があり、嘆き悲しんだ王は二階から上を取り壊して一階部分を増築させた。塀に囲まれた敷地の中に無理矢理増築した建物は少々不恰好な形をしている。

 そんな後宮の一室で目覚めたヴェリオルは、グッタリとしながら身体を起こした。


「マズいな・・・」


 思った以上に抵抗されて、体力が削り取られた。

 万一襲われた時に対処出来るように、いつもぐっすり眠ったりはしないが、昨夜は抵抗に加えてイリスの激しい寝言や寝相で眠れなかった。

 もし今刺客に襲われたら、戦えるだろうか?

 ヴェリオルは後宮に入るときには護衛を連れてこない。女騎士が護衛としてぞろぞろ付いて来て、耳をそばだてて中の様子を聞いているのかと思うと、ぞっとするからだ。

 ヴェリオルは疲れきった表情でイリスを見下ろす。面白い女だが、毎回これでは困る。


「教育が必要か……」


 確か寝室の隠し部屋に先々代が残した道具が色々とあったな、と思い出しながらゆっくりと立ち上がり、脱ぎ捨ててあった服を拾う。するとイリスが目を覚ました、


「う……」


 苦しそうなうめき声。

「寝ていろ」

 ヴェリオルがそういうとイリスは「ああ、そうですか」と本当に寝た。

「…………」

 側室ならばたとえ自分が寝ろといっても起きて着替えを手伝い、見送りをするはずなのだが……本当におかしな女だとヴェリオルは呆れる。

 グーグーと寝るイリスの傍らで、ヴェリオルは仕方なく自分で着替え、部屋を出る。するといつものように女官長が立っていた。一言も会話をすること無く歩き出す。それから一度自室に戻って着替えを済ませ、執務室へと行った。

 ドアを開けると、既に仕事していたネイラスが顔を上げ、軽く目を見開く。

「どうしました?」

「何がだ」

「にやけていますよ」

「…………」

 ヴェリオルは足早に執務机まで行き、椅子に座る。ネイラスがヴェリオルの前に立った。

「そんなに良かったのですか?」

「いや、良くなかった」

「良くなかった?」

 首を傾げるネイラス。ヴェリオルは腕を組んで眉を寄せた。

「凹凸のない男みたいな身体付きで、柔らかくなかった。その上うるさいし暴れるし、正直よく行為が出来たと自分を褒めたい」

「へぇ……」

 ネイラスが片眉を上げる。

「なんだ?」

「いや、珍しいと思いまして」

 ヴェリオルは頷いた。

「ああ、実に珍しい女だった。朝も俺の着替えを手伝うことなくグーグーと――」

「いえ、そうではなくて陛下が」

 ヴェリオルが「ん?」と首を傾げる。

「こうして側室の話をするなんて、初めてではないでしょうか?」

「…………」

「その側室を、気に入りましたか?」

 身を乗り出すネイラスに、ヴェリオルは顔を顰めて、あっちに行けというように手を振った。

「面白そうだから、暫く遊んで捨てる」

「へぇ……そうですか」

 ネイラスがまだ何か言おうとした時――、ノックの音がして、ガルトが部屋に入ってくる。

 ヴェリオルが書類を手に取り、ネイラスが慌てて仕事に戻った。



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