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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
29/52

 ケントは常にサンと一緒に居る。食事の時も、入浴の時も。そして寝る時も同室だ。

 それをサンは、自分を監視しているのだと思っていた。しかしそうではないと、夜中に知る。

「おいこら、お触りは厳禁だと言っただろう」

「嫌あ! 助けてサン様!」

「…………」

 生まれて初めての夜這い体験。ただし、する方ではなくされる方だが。

 リーニを追い出して、ケントは手を払う。

「しっかりしてくれよ。万が一間違いがあれば、いろいろと面倒なことになるんだからな」

 今度は自分で追い払えよ、とケントがサンの肩を叩く。

 間違いとは何か。そもそも初めからすべてが間違いではないのか。サンはぐったりとしてベッドに横になった。

「まさかとは思うが、女性経験がないわけじゃないよな」

 サンが軽く眉を寄せる。

「……わたしの年齢と王族だということを考えれば分かるでしょう」

「ま、そりゃそうか」

 経験がないわけではない。むしろ早かったくらいだ。しかし今までの相手は、お勤めとしてサンの相手をしたり、一夜限りと割り切って関係を持つ者ばかりだった。リーニのように積極的に既成事実を求めてくる者は初めてだ。

 だから唖然としてしまった。

「お優しいのはいいが、もっと厳しくしてやらないと、あいつは調子に乗るぞ」

 まったく優しくした覚えなどない。愛することはできないときっぱり言ったはずだ。

 サンは額に掌を乗せる。

 どうにかならないものか。リーニに諦めてもらい、城に戻り、それから婚約者と結婚して王位を継ぐ。もちろんトバッチ国は無事。そんな方法がないものだろうか。

「そう焦るなよ。少し酒でも飲むか?」

「いりません」

 そんな気分ではない。

「長い付き合いになりそうだからな。仲良くしようぜ」

「長く付き合う気などありません」

「そっちになくても、リーニにはあるのだからしょうがない」

 サンはケントに視線を向ける。

「王太子を呼び捨てですか?」

「幼馴染なんだ」

「それでも、普通は呼ばないでしょう」

「普通は呼ばせないな。だからあいつは普通じゃない」

 普通じゃないのはリーニもケントも同じだ。

 二人はかなり親密な関係なのだろう。会話も態度も互いに遠慮がない。

「あなたとリーニ姫なら上手くいくのではないですか?」

「ああ、そういう話もあったな。だがリーニも俺も互いを異性として意識できない」

「愛してはいないのですか」

「まったく、少しも」

「しかし――」

 サンの言葉をケントが遮る。

「俺は戦場を駆け回っている方が性に合っているので、未来の女王の婿としては失格だと陛下にも宰相にも既に言われている」

「失格?」

 王と宰相に言われているとなると、婿候補からは完全に外れ、リーニとそういう関係になることも難しいのかもしれない。

 と、そこでサンは考える。失格とみなされれば……。

「失格とみなされれば帰れる、と思ったか?」

 心の中を読んだかのような言葉に、ドキリと胸が鳴る。

「上手くそうなればいいな」

 だが、とケントは口角を上げる。

「俺とリーニは互いに恋愛感情がない。お前はリーニに好かれている。違いはそこだ。そしてそれが何より大きな差を生んでいる」

 ケントがテーブルの上に置いてあった水差しを手に取り、グラスに水を注ぐ。

「リーニ姫にはもっと相応しい方がいらっしゃるでしょう」

「もしそうだとしても、リーニはお前を気に入っている」

 リーニが相応しい相手と婚姻したとしても、気に入りの男を侍らせておくことくらい可能だとケントは笑う。

「…………」

 エルラグドの王と宰相に相手として相応しくないとみなされて、更にリーニから嫌われる必要があるということなのか。そのうえ、トバッチ国の印象を悪くしてはいけない。できるだけ穏便に嫌われなくてはならない。さもなくば……。

「砦や城を溶かしたあの兵器、あれは何なのですか?」

 水を飲んでいたケントが「ああ……」と頷く。

「うちの国の技術は凄いだろう? とんでもないのがいるからな」

「とんでもないの、とは?」

「あれはうちの新型兵器だ。威力をできるだけ小さくしてくれと頼んだんだが、あれ以上小さくはならなかったらしい」

 あれで、威力を小さくしたというのか。

 サンは拳を強く握る。

「どうして溶かすことができたのですか? 構造をぜひ知りたいですね」

「教えると思うか? ……と言いたいところだが、俺は本当に知らない。というか設計図を見ようが実物を見ようが、凡人には理解できないだろう」

「つまり、天才がいると」

「いや、変態だ」

 サンが眉を寄せる。

「変態?」

「会えば分かる。訊けば嬉々として構造だの理論だの教えてくれると思うぞ。ただし、絶対に理解できないがな」

「…………」

 技術を国に持ち帰るということは不可能だと言いたいのか。

 しかし、とサンは思う。トバッチ国にも優秀な技術者はいる。設計図があれば再現することもできるのではないか。

「あ、あとな、兵器製造中にうっかり失敗すると、場合によっては国が吹き飛ぶらしいぞ」

「…………!」

「だから、下手に手を出さない方がいいかもしれない」

 サンは目を見開き、ごくりと唾を飲み込んだ。

「そんな危険な物を、よく造らせますね」

「まあな。そういう勝負ができるからこそ、我が国は発展してきたのだろう」

「犠牲を伴いながら?」

「そうだな」

「…………」

 発展し未来につなぐために、ある程度の犠牲はやむを得ない。それはトバッチ国とて一緒だ。だが、そこまでの度胸や覚悟があるのかと言われれば、それは難しい。

 自身が王となった時、国が危機に晒された時、果たして自分はどう行動するのだろうかと考える。そして今、こんな国相手にどう行動すればいいのか、と。

「……しつこいな」

 ケントの舌打ちにハッとする。体を起こして窓に視線を向ければ、そこに人影があった。

「壁をよじ登ってきたのか? いや、上から縄で下りてきたか。努力は認めるが……」

 窓を開ければ、予想通りリーニがぶら下がっていた。

「おいこら、何やっている」

 ケントが縄を掴む。

「いや、やめて! 助けてサン様!」

 大国の姫がロープにぶら下がって揺れている。もう少し強く揺らせば落ちそうだ。

 ケントがサンに視線を向ける。

「どうする?」

 首を傾げて訊かれ、サンはじっとケントを見つめた。

「どうする、とは?」

「今、俺は手が塞がっている。お前が俺の腰の剣を引き抜いてこの縄を斬ることも、リーニを斬ることも可能だ」

 縄を斬ってもリーニを斬ってもリーニは死ぬだろう。

「…………」

 サンはベッドから降りてケントの横に立ち、ケントの腰から剣を抜いて、刃を縄にあてがう。

「サン様……!」

 輝く瞳で嬉しそうに自分の名を呼ぶ少女。この状況で、何故こんな表情ができるのか。

 握る手に力を込めれば、縄は簡単に斬れた。

 なんという切れ味なのだろう。落ちていく縄をサンは見つめる。そしてその首には、

「いやん、サン様ったら大胆なんだから!」

 リーニがしがみついていた。

「助けてもらったお礼に口づけを贈るわ」

 近づいてきた顔を掌で押し返しながらサンは剣をケントに返す。

 ケントは剣を受け取りながら肩を竦めた。

「なんだ、殺さないのか」

 サンが首を横に振る。

「殺せないでしょう」

 本気でリーニに危害を加えようとすれば、必ずケントはそれを止める。そして万が一リーニに何かあれば、トバッチ国は滅びるのだ。

 ケントがリーニの襟首を掴む。

「お触り終了。出てけ」

「ああ、もっと……!」

 両手を伸ばしてくるリーニから、サンは視線を外した。

 部屋からリーニを放り出し、ケントが戻ってくる。

「寝るか」

 ベッドに横になり、ケントがあくびをする。

 それを見てからサンも横になる。

「しっかり寝ないと、リーニの猛攻に抵抗できないぞ。今何かあれば、確実にトバッチ国は滅びるからな」

 サンは目を閉じた。

 何故、あそこまでできるのか。いっそ割り切ってリーニの想いを利用していけばよいのだろうか。しかしそれでトバッチ国はどうなる。婚約者だっている。なにより――。

「思い通りに動くと思うか、リーニが」

 また心を見透かすようにケントが言う。

 サンは目を開けてケントに視線を向けた。

「それ以前に、あの姫にたとえ偽りでも愛を向けることができるでしょうか」

 今のところ、嫌悪感しかない。

「ああ、そりゃ無理かもな」

 何故かサンの言葉がツボに入ったらしいケントが腹を抱えて笑う。

 サンは天井に視線を向け、再び目を閉じた。

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