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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
27/52

 まるでこの世のものではない、と震える兵に、なんと声を掛ければよいのか。


 たった十人程度の敵は、堂々と城に向かって進んでくる。トバッチ国の兵の制止など、まるで気にせずに。

 いや、気にする必要などなくて当然なのである。

 エルラグド国に比べれば小さいが、それでもトバッチ国は決して小国ではない。あれしきの人数を蹴散らすことなど造作もないはずだった。

 それにもかかわらず、トバッチ軍は何をしていたのか。そうではない、何もできなかったのだ。

 エルラグドの紋章を掲げる一団には、恐るべきモノが二つあった。

 一つは白騎士ケント。一つは冥界兵器。

 白騎士ケントとは一団を率いている将だ。まだ少年ながらその実力はトバッチ国の騎士が束になってかかっても敵わない程で、鮮やかな剣さばきで次々とトバッチの軍勢を倒していった。

 そして冥界兵器とは、その凄まじい破壊力を見たトバッチの者達が「まるでこの世のものではない……」と呟いたことから広まった通称で、本当の名が何なのか、どういった兵器なのかは全く不明である。

 ただ、その兵器の一撃で砦が、そして今、城の一部が溶けたことだけは確かだった。

 不思議なことに、一団は街を荒らすことをしない。それどころか城までの道中は宿に泊まり、買い物をし、きちんと金を払っている。一般国民に手を出すことは一切しない。その代わり、兵を見つければケントが戦いを挑んでくる。だが殺すことはしない。半殺しにはするが。

 目的は何なのか。そして――、

「私の王子様!」

 ……あの少女は何者なのか。

 椅子に堂々と座っているように見える王が、実は腰を抜かして動けないだけだということは、サンには分かっている。

 その王を、父を護るために剣を構えるのはサンとカイの二人。

 二人を余裕の表情で見る少年が白騎士ケント。

 問題は、そのケントの後ろに居る金髪緑目の少女だ。

 場の緊張感を台無しにする明るい声と表情。まるでこれから夜会にでも参加するような豪奢なドレス。

 王子様というのは誰のことなのか。

 ケントがサンとカイを交互に見る。

「おい、どっちが王子様だ?」

 後ろに居る少女が答える。

「赤みがかった目をしたほうよ」

 なるほど、とケントが笑い、剣を構える。

 トバッチ国の者達は、ケントと少女の会話で気づく。目的はサンだ、と。

 サンは驚きと共に、剣を握る手に力を込めた。何故自分が狙われているのかは分からない。だが、この事態を招いたのは自身の何かが原因なのだろう。

 どうすればいいのか。

 ケントを睨みながら奥歯を噛みしめた時、カイがサンに体を寄せて囁く。

「兄上、父上を連れてお逃げください」

「…………!」

「父上も兄上もこの国になくてはならない大切な方。わたしにも時間稼ぎくらいはできます。だから……」

 サンは唇を噛みしめて、小さく首を振る。

 何処に逃げろというのか。

 それに何より、王と王太子が国を見捨てて逃げるなどあってはならないことだ。

「……駄目だ」

 まずは何故狙われているかを知らねばならない。ここは話し合いに持ち込む方法を、と考えていれば、カイが動く。

「カイ!」

「じゃあ、こっちは要らないな」

 サンとケントの声が重なった。

 勝てない――。

 瞬間的に悟ったサンも動く。間に合え、と心の中で叫びながら、カイに振り下ろされる剣を己の剣で受け止める。

「兄上!」

「へえ、受け止められるんだ」

 揶揄するような言い方に眉を寄せて、サンはケントの剣を弾く。

 二度はできない。

 サンとケントは互いを見つめたままじりじりと動く。

 受けて分かる剣の重さ、実力の差、そして経験の差。戦いの中で磨かれた剣技に、平和な国で習った剣技では敵わない。

「きゃあああ! サン様素敵!」

 少女の声に気が散らされそうになりながら、それでもケントを睨みつければ、

「ああ、確かにいいな。俺が欲しい」

 ケントが動く。身構えるサン。だが、ケントの目的は違った。

 すっと横に移動して、剣先は、

「カイ!」

 カイへ。

 サンの声に反応したカイが、すんでのところでケントの剣を避ける。

「ほう、お前も結構いいな。だが――」

 体勢を崩したカイの剣をケントが弾く。衝撃で床に転がるカイ。そこにケントの剣が迫り、

「…………!」

 しかし、剣は振り下ろされることはなかった。

 強張るカイの耳元に寄せられるケントの唇。そして……カイの目が見開かれる。

 何が起こっている、何を言われた。

 目を眇めるサンにケントが向き直る。

「じゃあ、そういうことでよろしく」

 誰に向かって言った言葉なのか。言い終わると同時にケントの足が床を蹴り、剣がサンに迫る。

 二度はできない――。

 咄嗟に受け止めようとした剣は弾かれ、と同時に腹に走る衝撃。

 サンの体が折り曲がる。斬られたのではない、蹴られたのだ。床に転がったサンの腹に、更にケントの蹴りが入る。

「ほれ、捕獲」

 駆け寄ってきた者達の手によって、縄で縛られるサン。

 朦朧とした意識の中で見えたものは、こちらを凝視するカイの姿。

 戸惑いと悲しみと懺悔が入り混じった瞳、その中に紛れる強い光の意味は何か。

「ちょっと! 乱暴にしないでよね!」

「しょうがねえだろうが。逃げられてもいいのか?」

「う……。駄目だけど……」

 急いで帰るぞ、とケントが指示を出せば、サンの体が数人の手によって持ち上げられる。

「別れの挨拶……は、必要ないか」

 動けない王を鼻で笑い、ケントは歩き出す。

「苦しい? ねえ、苦しい?」

 楽しそうに訊いてくる少女。

 これ以上トバッチ国に手を出すつもりはないのか。目的は己のみだったのかとサンは限られた視界の中で周囲を見回して考える。

 どうして――。

 ふと目が合った少女が、頬を赤く染める。

「そんなに見つめられたら恥ずかしいわ」

 この少女は本当に何者なのだろうか。

「君は……いったい……」

 かすれた声で訊けば、

「リーニって呼んでね」

 笑顔で答えられる。

「さっさと歩けよ」

 ケントが振り向いて言う。

「靴の踵が高くて歩けないの……」

「だからあれ程無駄なお洒落をするなと言っただろうが!」

「だって、サン様と会うのだから綺麗な格好をしなきゃ恥ずかしいでしょう!」

「だってじゃねえ!」

 言い合いをした後、結局リーニと名乗った少女は付き従っていた者の一人に抱き上げられる。

「他の男の腕の中に囚われる私……。ああ、こんなに近いのに指先一つ触れ合わぬ二人。お願い、見ないで。こんな姿あなたには……」

「ちょっと黙れ」

「黙れって何よ! 馬鹿ケント!」

 城の外に出れば、馬車が一台停まっていた。その馬車に描かれている紋章は――。

「エルラグド……」

 間違いなく、エルラグド国のものだ。

 馬車の中に押し込まれ、その後からリーニも入ってくる。

「じゃあ、帰るぞ。それからサン王子へのお触りは厳禁だからな」

「ええ!?」

「我慢しろよ。怖いおっさんがそう言ってきやがったんだから仕方がないだろう」

 そんな、と頬を膨らませるリーニを無視してドアが閉められ、馬車が走り出す。

「サン様……。早くあなたのものになりたいのに……。ねえ、そうでしょう?」

 ぎらついた視線がサンを見つめる。

「…………」

 何を言っているのか、この少女は。

「うふ。私のものよ。その顔も体も全て」

 サンの背筋に寒気が走る。

 もしやこの少女、正常ではないのかもしれない。

「うふ、うふふふふ……」

 不気味な笑い声が馬車の中に響いた。

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