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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
サン王子の散々な日々
26/52

 カツカツと靴音が廊下に響く。

 音に気づいて振り向いた女達が、「きゃ!」と小さな歓声を上げてから廊下の端に並び、頭を下げる。

 近づいてくる人影が二つ。

 女達は頭を下げながらもこっそりと視線を上に向ける。

 長い手足に、一見細く見えるが程よい筋肉の付いた体、更に視線を上げれば、形の良い顎と唇が見え――と、そこで、

「…………!」

 女の一人が、手に持っていたままの雑巾を床に落としてしまった。

 息を呑む女達。

 すぐに拾わなくてはと手を伸ばそうとした時、スッと伸びてきた節くれ立った指。その指は躊躇なく雑巾を拾い、固まっている女に向かって差し出す。

「はい、どうぞ」

 女は動けない。目の前の男を、目を見開いて見つめることしかできない。

 すると、雑巾を拾った男の後ろにいた男が咳払いをした。それでハッと我に返った女が、漸く震える手を伸ばして雑巾を受け取る。

 雑巾を拾った男が女達を端から順番に見ていく。赤みがかった瞳で見つめられ、女達の頬が朱色に染まる。

 男は、ふわりと柔らかい笑顔を見せた。

「いつも城を綺麗にしてくれてありがとう」

 衝撃を受ける女達。笑顔だけではなく言葉まで……。

 女達の意識がふっと飛びかける、とそこで後ろに居た男がまた咳払いをした。

「兄上、そろそろ行きましょう」

「ああ」

 男が頷き踵を返せば、銀の髪が光の加減により不思議な光沢を見せる。

「サン様……」

 遠ざかっていく姿を、女達は失神寸前の状態で見つめ続けた。



「兄上」

 眉を寄せて話し掛けてくる弟に、兄は首を傾げた。

「なんだ、カイ」

「なんだ、ではありません。誰にでも笑顔を振りまいては困ります」

「別にそんなことは……」

「しています!」

 口を尖らせる弟の姿に、兄――トバッチ国の第一王子であるサンは苦笑した。

「ただでさえ兄上の容姿は特別なのに、その上優しい言葉まで掛けて……。妙な勘違いでも起こされたら面倒なことになりますよ」

「考え過ぎだ」

 自分の容姿が他より優れていることは、サンも分かっている。天使の祝福を受けている、などと言う者までいることも。

 だが使用人に労いの言葉をかけたくらいで何かあるとは思えない。民を大事にすることは、王太子として当然のことだとサンは思っているのだ。

「お前だって、似たようなものではないか」

「全然違います。残念ながら」

 横を歩く弟のカイも、決して醜い容姿をしているわけではない。それどころか、かなりの美男子なのだ。髪はサンと同じ銀、瞳は青。だがサンと並べばどうしてもそれは霞んでしまう。

 サンは肩を竦めて弟に微笑みかける。

「分かった、気をつけるよ」

「またそういう表情をする」

「お前は弟だろう?」

「駄目です。仏頂面の練習でもしてください」

「大袈裟な」

 呆れるサンを、カイは真面目な表情で見つめる。

「そんなことを言っていると、いつか酷い目に遭いますよ」

 勉強も剣術もできて容姿も端麗な兄は、カイの自慢である。ただ、優しすぎるというかお人好しというか、そういうところが少々心配なのだ。

「まさか……」

 そんなことは、と言いかけた時、遠くで悲鳴のような声が聞こえた。

 サンとカイは一瞬視線を合わすと、すぐに声が聞こえた方向へ走り出す。サンの表情も、真剣なものに変わっていた。

 トバッチ国は穏やかな国である。もう長い間他国と争うような状況にもなっていない。だが、先程聞こえた悲鳴はあきらかに異常を伝えていた。

 声が聞こえたのは、城の入り口の辺り。その辺りに行けば、人だかりができていた。

「何かあったのか!」

 サンの声に皆がハッと振り向き道を開ける。そして、

「で、殿下……」

 城の兵に支えられた状態で、一人の男が喘ぎながら顔を上げる。顔は汚れ、髪は乱れ、服もやぶれている。だがその汚れた服をよく見れば、トバッチ国の兵士服であることが分かる。

 サンが男に近づく。

「何があった」

 男は顔を歪め、だが気力を振り絞って声を出す。

「砦が……、砦が溶けました!」

 何を言っているのか。

 サンとカイは顔を見合わせた。

「溶けたのです! 砦は混乱、わたしは隊長より急ぎ知らせよと命を受け……」

「落ち着きなさい」

 サンは男を支える兵に目配せをして男を移動させ、周囲に視線を向けた。

「皆は仕事に戻りなさい」

 心配することはない、とばかりに笑顔を向ければ、納得はしていなくともその場から皆が去っていく。

 サンとカイは足早にその場を去りつつ小声で話す。

「どういうことだと思う?」

「溶ける、というのが分かりませんが……」

 嘘を吐いているような感じでもない。

 何かが起こっている。

 王と宰相に急ぎ知らせて謁見の準備を整え、サンとカイは男を父の元に連れて行く。

 そこで男が話したことは、おとぎ噺のような信じられない内容だった。

 男は隣国との国境にある砦を護る兵らしい。現在隣国との関係は良好。もちろん手を抜いているわけではないが、砦でも穏やかで平和な毎日が続いていた。

「それが見えた時、商隊かと思ったのです」

 旅の一団らしき影が遠くに見え、近づいてくる。正面から堂々と近づいてくる小さな集団に、砦の兵士達は商隊が入国手続きに来たと思ったのだ。ところが、

「突然、その集団が引いていた荷車から何か……光のようなものが飛び出し、そして……」

 砦が溶けた――。

 崩れたのではない、どろりと溶けて無くなったのだと男は言う。

 溶けたのは砦の上部。怪我人はいなかったが兵は混乱し、その上、

「白い鎧を身に付けた少年が砦の中に入ってきて、次々と兵を倒していったのです」

 男は隊長からこの状況を陛下に伝えるようにと命じられ、馬に乗り一人この城まで駆けてきたらしい。

 そして更に、男は衝撃の事実を伝える。

「少年は『白騎士ケント』と名乗っておりました。襲ってきた一団はその少年を筆頭に数名。荷車に載せられていたものは兵器らしいのですが、詳しいことは分かりません。一団の中心には馬車があり、その馬車には……」

 男はそこで一度言葉を区切る。

 馬車に何があるのか。

 皆の緊張が高まり、男は拳を握りしめて声を絞り出す。

「馬車には、エルラグド国の紋章が!」

 馬鹿な、と誰かの声が響いた。

 サンも目を見開いて男を見つめる。

 エルラグド国と言えば、大陸一の大国ではないか。大規模な軍隊を保有する最強国、それが何故トバッチに、それも攻撃を仕掛けてくるというのか。

 エルラグド国とトバッチ国に交流はない。当然不興を買った覚えもなく、トバッチは豊かな国とは言えども、大国のエルラグドからしてみればたいした財などない。攻める理由などない筈だ。

 王に視線を向ければ、青い顔をして茫然としている。

 エルラグド国から宣戦布告文が送られてきた事実もない。

「兄上……」

 サンはカイに視線を向ける。カイの顔色は悪い、そしておそらく己の顔色も悪いだろうと思いながら、サンは王に代わって周りの者達に指示を出す。

 たった数人で攻めてきたというのも気になる。

 事実を確認し、緊急の会議を開き、もし本当にエルラグド国が攻めてきているのならば、迎え撃たねばならないだろう。いつでも出撃できるように軍の準備を整え――、だが勝てる可能性はあるのか?

 エルラグド国の目的は何なのか。国が、民が生き残るためにどうすればよいのか。

 何かの間違いであってくれたなら――。

 サンは中空を睨んで唇を噛んだ。

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