フェルディーナの告白
少しだけお腹が目立ってきたイリスとヴェリオルが、庭園を散歩する。
それを見つめていたフェルディーナに、影が近づいた。
「ガルト様、何かご用でしょうか?」
振り向いたフェルディーナにガルトが片眉を上げる。
「なに、少し暇だから、久し振りに話しでもしようかと思っただけだ」
「嘘ばっかり」
フェルディーナの口角が上がる。ガルトが暇なわけがない。
「まあ、たまにはさぼりたくもなる。なんせ国王があれだからの」
イリスに口づけようとして拒否されている己の主君を、ガルトは溜息を吐きながら見つめた。
「……で、お話とは?」
フェルディーナの言葉にガルトが肩をすくめた。
「性急だのう。――どうしてイリス嬢を逃がそうとした?」
「…………」
「酔った上での戯言の末呼ばれた側室で、しかも陛下自身もそのことを忘れていた。だが陛下に忘れられている側室が居ると報告するのは、女官長の役目だったのではないか? それをすることなく二年も匿い、そのうえ秘密裏に帰そうとしたのはどうしてだ?」
「…………」
フェルディーナがイリスに視線を向ける。
「イリス様の事情に同情したから、ではいけませんか?」
「フェルディーナ」
咎めるような声に、フェルディーナは細く息を吐いた。
「……つまらぬ嫉妬です」
呟くような声に、ガルトが振り向く。
「嫉妬?」
「ええ。なんとなく、陛下が気に入りそうな娘だと感じたので隠しました」
「…………」
「広く浅くという関係を保ってきた陛下が、一人を寵愛する姿をあまり見たくなかったのです。しかし運命でしょうか、二人は出会い、陛下は私の予想を上回る速さと深さでイリス様にのめりこんだ」
まさか王妃にまでするとは、とフェルディーナは自嘲するように笑った。
「それで、今度はイリス様を利用しようと考えたのだな」
「利用だなんて、そんなことは考えておりません。ただ私は――」
フェルディーナは、イリスと共に歩くヴェリオルの姿に目を細める。
「あの子が可愛くて、仕方がないのです」
「…………」
「ですから、イリス様の侍女になれたのは幸運でした。この先もずっと傍で、見守り続けることができるのですから」
微笑むフェルディーナの横顔を見つめ、ガルトはゆっくりと口を開いた。
「少々ゆがんだ愛情だのう」
「そうですね、時々、自分が何をしているのか分からなくなる時があります。周囲が思うほど、私は賢くも冷静でもありません」
ガルトが片眉を上げる。
「確かに昔から、その場の感情だけで無茶なことはよくしたな。フェルディーナがしでかしたことの処理に、どれだけ苦労したことか」
「感謝しております」
「もう勝手なことはするな」
「努力しますわ」
努力だけか、とガルトは呆れた。
少し離れたところでは、イリスに抱きつこうとしたヴェリオルが、拒否された上に厳しい言葉を浴びせられている。臣下の者には決して見せたくない姿に、ガルトの口からまた溜息が漏れた。
フェルディーナが笑う。
「馬鹿な子ほど、可愛いものです」
ガルトが渋い顔をして発言を咎めた。
「フェルディーナ」
「それはガルト様も同じでございましょう?」
「……まあ、そうだがな」
ガルトが踵を返す。フェルディーナは首を傾げた。
「もうお帰りですか?」
「陛下があれだからの、代わりに仕事をしなければならんのだ」
ガルトが軽く手を挙げて去って行く。
「…………」
フェルディーナは笑顔をおさめていつもの無表情に戻り、そして――ヴェリオルを見つめ続けた。