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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
王と安らぎの女神たち
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12

 朝、眠るイリスに口付けて部屋を出ようとして、ヴェリオルはふと思い出して部屋の隅に控えていたケティを手招きした。

 ケティが驚いた顔をして、一瞬迷ってからヴェリオルに近づく。

「あの、何でございますか?」

 戸惑うケティに、ヴェリオルは片眉を上げた。

「そういえばお前は、テラン戦記が好きだったな」

「え? どうしてそれを……」

「イリスに聞いた」

 イリス様に、と呟きながら、ケティはぎこちなく頷いた。

「はい、好きでございます」

「あの話はいいな、感動する。特にボロボロになりながらも姫を守る場面とか、な」

 ヴェリオルの言葉に、ケティが目を見開く。

「まあ、陛下もテラン戦記を読んだことがあるのでございますか?」

「ああ。テラン戦記が好きということは、もしかして騎士も好きか?」

「はい、素敵でございますね、騎士様というのは」

「ほお、そうか。好きか」

 ヴェリオルは口角を上げ、ニヤリと笑った。

「そうだ、今度騎士の鍛練場を案内してやろう」

「え!?」

 ケティは大きく口を開け、ヴェリオルを見つめる。

「普段は入れない場所も、俺と一緒なら入れるぞ」

「ほ、本当でございますか?」

 感動でブルブルと震えるケティにヴェリオルは頷いた。

「ああ。イリスが王妃になれば、いくらでも好きな時に見にいけるぞ」


「…………!」


 途端に、ケティがヴェリオルからズザッと離れる。警戒するような表情のケティに、ヴェリオルは一歩近づいた。

「赤騎士という素晴らしい騎士がいるのだが、紹介してやろう」

 ケティが小さく悲鳴を上げる。

「あ、赤騎士様を?」

「知っているのか?」

「ご尊名だけは……」

 そうか、とヴェリオルは、ケティの耳に口を寄せた。

「王妃の侍女なら赤騎士と――することも可能だが?」

 ケティの呼吸が一瞬止まる。

「そ、そそそ、そんなこと滅相もない!」

 大きな声を出したケティの口を、ヴェリオルは「静かに」、と手で軽く塞いだ。

「お膳立てしてやってもいいぞ」

 瞳を覗き込むと、何かを掴もうとでもするように、ケティは手をばたつかせる。

「わ、私は……そんな、赤騎士様と××しようとか、×××を揉みしだきたいとか、そんな恐れ多いことは、決して思ってなどおりませんです」

 ヴェリオルの手を振り払い、手に加えて首までブンブンと激しく振るケティ。

「思うのだが、イリスにとってどうなることが幸せなのだろうか?」

「…………!」

「よく考えておけ」

 ケティが動揺しているのを確認し、ヴェリオルは部屋から出て行った。



◇◇◇◇



「革命の話を、イリス様とケティ殿は信じている模様です。計画は順調に進んでいます」

 執務室に来たユインが、ヴェリオルに報告する。それを横で聞いていたネイラスが、思わず呟いた。

「どうして信じるのかな……」

 ガルトがフッと息を吐いてネイラスに同意する。

「王妃になられた暁には、もう少し勉強をしていただきましょう」

 ヴェリオルはそんな側近達を、軽く睨み付けた。

「イリスは純粋なだけだ」

「宝石や領地や宮殿を欲しがる方が純粋とは……純粋の基準が分からなくなりました」

「黙れ、ネイラス。それより――そろそろ仕上げか。あのイリスが俺に愛を囁く姿を早く見たいな」

「ああ、そうですか」

 ネイラスが遠い目をして言い、ガルトはゆるく首を振る。ユインが小さく咳払いをして話を続けた。

「フェルディーナ殿が、短剣の持ち込み許可をいただきたいと言っておられました」

「短剣?」

 訝しげなヴェリオルに、ユインが頷く。

「はい。イリス様が陛下を暗殺する為の小道具だとおっしゃられていました。刃を潰したものでかまわないそうです」

「そうか、分かった。下がれ」

 ユインは頭を下げて執務室から出て行った。

「ネイラス、話の通りだ。短剣を用意しろ」

 命じられたネイラスが唸る。

「それは少々……甘すぎやしませんか? 悪乗りしている感じがもの凄くするのですが。それにいくら刃を潰したものといえど、短剣なんて危険です」

 斬れなくとも、怪我を負わせることぐらいはできるかもしれない。そんなネイラスの不安を、ヴェリオルは一笑した。

「大丈夫だ。イリスが俺に刃を向けるはずがない」

「分からないではありませんか」

 本気で暗殺しようと考える可能性も、否定はできない。

「あり得ない。イリスは俺を愛しているからな」

「……陛下も大丈夫ですか?」

 可哀想な子を見る目でヴェリオルを見つめるネイラス。ガルトがネイラスの肩を、丸めた書類でポンと叩いた。

「ネイラス、いつまで話しておる。仕事だ」

「しかしガルト様、ここまでくるとさすがに笑い話ではすまないのでは?」

「だから我々がいるのだろう。仕事をしろ」

 はい、と返事をして、ネイラスは渋々自分の机に向かう。ガルトはネイラスからヴェリオルに視線を移し、その目を真っ直ぐ見つめた。

「陛下、一応言っておきますが、油断だけはなされるな」

「ああ、分かっている」

 嫌そうに手を振るヴェリオルに軽く頭を下げて背を向け、ガルトも自分の机に向かった。



◇◇◇◇



 フェルディーナが廊下で囁く。

「暗殺用の短剣は、枕の下です」

 ヴェリオルは頷き、イリスの部屋へと入った。

「ん? 寝るところだったのか?」

 微笑むヴェリオルに、イリスは細かく首を動かして曖昧に笑う。挙動不審なその態度に、内心苦笑する。ザルビナ国の国宝である髪飾りを贈っても、喜ぶそぶりを見せなかった。

 隠し事の出来ないイリスを可愛く思う。思わずクスクスと笑ってしまい、ヴェリオルは慌てて目を閉じた。そしてそのまま眠ったフリをする。


「え? 陛下……」


 イリスの驚く声が聞こえた。吐息が触れるほど近くに、イリスの気配を感じる。目を開けてしまいたいのを我慢して、そのままじっと寝たフリを続けても、イリスは動かない。


 やはり、暗殺などできないか。それはそうだろう、イリスは俺を愛しているのだから。


 さて、どうするか。イリスはこのまま眠るのだろうか、と思った時――、イリスが身動きして枕の下を探った。

 ヴェリオルの心臓が跳ねる。

 まさか、刃を向ける気なのか?いや、そんな筈はない。ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、しかし神経だけは研ぎ澄ましてイリスの次の行動を待っていると、呟きが聞こえた。


「出来るわけがないじゃない……」


「…………!」

 その瞬間、ヴェリオルは確信した。やはりイリスは自分を愛していたのだ、と。

 身体を駆け抜ける喜び。さあ、いつ目を開けようか、とタイミングを計っていると、クスクスという笑い声が聞こえた。

 何を笑っているのだろうか。耳を澄ましていると、更にイリスの口から嬉しい言葉が漏れた。


「好きになったかもしれないわ」


「――――っ!」

 イリスが、ついにイリスが、己への愛を囁いた。

「イリス」

 ヴェリオルが目を開ける。イリスが飛び上がった。

「は、はい!? 何でしょうか?」

 可愛いブサイクは、裏返った声を出して己に抱きつき、短剣を隠そうとした。不器用な誤魔化し方に、微笑が漏れる。

「やっと、俺の気持ちに応える気になったか」

「……え?」

「俺を好きだと言ったな?」

「いえ、言っておりません」

 なんと、ここまできてなお素直にはなれないのか。天邪鬼な愛しい存在に、ヴェリオルは少しばかり意地悪をしようかと思い付き、口角を上げる。

「最近、面白いことをしているようだな」

 イリスがビクリと震え、怯えた目をする。

「お前が望むなら両親には一生の贅沢を、兄には研究の援助をしよう。それに――」

 短剣が隠されている枕を、ヴェリオルはポンポンと叩いた。

「お前の可愛い悪戯にも目を瞑ろう」


「――――!」


 イリスが視線を泳がせる。

「愛しているな?」

「陛、下……」

 喘ぐように言い、イリスはゆっくりと頷いた。

「王妃になるな?」

 もう一度、頷く。

「愛している、イリス!」

 力強く抱擁すれば、イリスも応えるように、ヴェリオルの胸に顔を埋める。

 真に愛する者を手に入れた喜びに、ヴェリオルは震えた。



◇◇◇◇



「ブサイクな二位貴族が美しい王に見初められる……。まるで御伽噺のようですね。ほら、天も祝福の大雨を降らせていますよ」

 ネイラスの言葉に、ヴェリオルは頷いた。

「そうだな」

「暫く使われることのなかった王妃の部屋も注文通り豪華に模様替えをし、宝石類も沢山用意致しました」

「ああ、ごくろうだった」

 イリスは王妃となる。今日これから神殿へと行き、二人は神の前で一生の誓いを立てるのだ。

「陛下」

「なんだ?」

「顔に締りがないですよ」

「そうか。それよりイリスの元へと行くぞ」

「…………」

 マントを翻し、ヴェリオルはイリスの待つ部屋へと向かい、そこからイリスと共に馬車に乗って神殿へと着いた。


「ああ、せっかくブサイクに生まれましたのに、どうして……!」


 祭壇までの道を歩きながら溜息を漏らすイリスの腰に、ヴェリオルは腕を回す。

「暑苦しいので引っ付かないでください」

「まあ、そう言うな。ほら、皆が祝福してくれているぞ」

「祝福? 一部を除いて、憎悪の視線だと思いますけど」

 その『一部』である王太后とメアリアに、イリスはそれでも笑って見せた。

「そうだ、笑え。そして立派な『傾国のブサイク』になるのだろう?」

「ええ、そうですわ。もうそれしか道は残されていませんから」

 イリスが天井に描かれている綺麗な絵を見上げ、「あれはどれくらいの価値があるのかしら……」と呟く。

「イリス、愛している」

「はあ、そうですか」

 軽く受け流したイリスの顎を、ヴェリオルは掴んだ。

「もう逃げられないぞ」

 ニヤリと笑うと、一瞬真顔になった後、イリスも口角を上げる。

「ホ、ホホホホホ!」

 神殿に響く、ぎこちない高笑い。


「逃げませんわ」


 そうだろう、逃げる必要などない。二人は愛し合っているのだから。

 ヴェリオルの顔がイリスに近づく――。


 滞りなく式は執り行われ、イリスは王妃となった。



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