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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
王と安らぎの女神たち
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 イリスは喜ぶだろうか?


 大きな領地に大きな宝石――。金目の物が好きなイリス好みの土産は用意できた。

「もっと急がせろ」

 並走する騎士団長リュートにヴェリオルは命じる。

 早く会いたい。最低限の休憩のみで、ひたすら自国を目指した。

 その甲斐あってか、予定よりも早く国に着くことができたヴェリオルは、国民の出迎えに手を振り、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと城へと進む。

 城まで間近となった時、ヴェリオルの目に飛び込んできたのは、城門の外まで出て自分を待っているイリスの姿。それを見た瞬間、ヴェリオルは馬から降りて駆け出していた。


「イリス!」


 少し見ない間にふっくらとした身体、相変わらずブサイクな顔、そのすべてが愛しい。

 飛び出してきたイリスに抱擁して口付ける、国民のどよめきが聞こえた。

 ヴェリオルにとって今回の勝利は大きかった。目障りな者達を拘束した今、歯向かうものもイリスを王妃にするのを反対する者もいないだろう。

 戦勝祝賀会を終え、久し振りにイリスに抱かれたヴェリオルは、その胸でうっとりと目を閉じた。



◇◇◇◇



「式の日取りはどうされますか?」

 ネイラスの質問に、ヴェリオルが書類から視線を上げて答える。

「いつでも執り行えるように、妃教育を含めて準備だけはしておけ」

「準備だけですか?」

「式は、イリスが自らの口で『王妃になる』と言った後にする」

「……そんな日が来ますか?」

 呆れたような口調に、ヴェリオルはペンを置いて目を眇めた。

「何が言いたい?」

「いえ……」

 ネイラスが視線を逸らす。

「あれは素直ではないだけだ。現に誕生会の夜は自ら口付けをしてくれたし、帰ってきた俺の姿を見た途端、飛び出してきたではないか。それに昨夜も強く抱擁してくれた」

「そうですか、それは良かったですね」

「ああ」

 そういえば、とネイラスはヴェリオルに視線を戻した。

「イリス様が以前より少しふっくらしている件に関してですが、単純に食べすぎで太っただけのようです」

「……そうか」

 少しだけ期待していたヴェリオルは、小さく息を吐く。

「それから、ユインから報告があるそうです」

「呼べ」

「はい」

 程なくして、ユインが執務室に来た。

「余がいない間のイリスの様子はどうだった?」

「お元気でした。王太后様も毎日のように後宮においでになって賑やかでした」

「そうか」

 息子に繋がる唯一の手段であったイリスを、王太后はいつしか本気で気に入ったようだ。

「それだけか?」

 ユインは「いえ……」と答えて少しだけ視線を揺らし、それからヴェリオルを真っ直ぐ見る。

「――メアリア様が、騎士団長を誘惑して軍を掌握し、陛下を暗殺しようとイリス様に持ちかけました」

「……なんだと?」

 ヴェリオルは軽く目を見開いた。軍を掌握に暗殺。またあの娘は、何を言い出すのか。

「それからフェルディーナ殿が、後宮から外へ繋がる秘密の地下道があるとイリス様におっしゃっていました」

「…………」

 何を考えているのだ。ヴェリオルの顔から表情が消えた。

 先々代の王の寵姫であり、更には長く後宮に居るフェルディーナならば、地下道の存在を知っていてもおかしくないのかもしれない、が、それを口にするとは。

「分かった、下がれ」

 ユインが頭を下げて出ていくのを確認し、ヴェリオルはガルトとネイラスに視線を向けた。

「どう思う?」

 ガルトが片眉を上げる。

「おそらく、本気ではないでしょうな」

 ネイラスも同意した。

「本気だとしたら、あまりにも馬鹿すぎます」

 それにしても、メアリアとフェルディーナの話した内容には問題がありすぎる。

「今宵にでも少し、話をしてみるか」

 ヴェリオルは額に手を当てて溜息を吐いた。



◇◇◇◇



「あら、だって仕方が無いではありませんか」

 メアリアがクスクスと笑う。

 夜明け前のメアリアの部屋には、ヴェリオルとフェルディーナ、ユインが集まっていた。

「だって王妃になって欲しいのでしょう? お姉様にそれを承諾させるにはある程度思い切ったことをやらなくてはいけませんわ。ねえ、フェルディーナ」

 フェルディーナが少しだけ、口角を上げる。

「正直、もたもたしてほしくないのですわ。強引に式でも上げてしまえばよいものを、陛下のことですからお姉様に『愛しています殿下、王妃になりますわ』とでも言ってほしいのでしょう?」

「…………」

「そのために私達は、一芝居打ってあげているのではございませんか」

 ヴェリオルは鼻を鳴らして髪をかき上げた。

「だからと言って、軍の掌握に暗殺か?」

「それくらい言わなくては、お姉様には効きませんわ」

「突拍子もないことを」

「いいえ、陛下。騎士団長のリュートが女好きなのは本当ですもの、実際に誘惑してみたら、案外コロッといくかもしれませんわ。ねえ、ユイン」

 ユインは何も言わず、唇を噛む。

「しかしそれにしても――」

 ヴェリオルが言いかけた言葉を遮るように、フェルディーナが声を上げた。

「私も賛成です。逃がすつもりがないのなら、逃げられないことを教えてあげてください。そうでなければ、あまりにもイリス様が不憫です」

 逃がすつもりはないし、だからと言ってイリスに不憫な思いをさせるつもりもない。

 眉を寄せるヴェリオルを、メアリアが不敬にも扇で指した。

「大丈夫ですわ。私達にお任せください」

「お前達などに、任せられるか」

「では陛下には、他に良い案があるというのですか? あのお姉様ですのよ、時間を掛ければ落ちる、なんてことはあり得ません。まさに今が好機、一気に勝負ですわ」

「…………」

 イリスが心の底で、己を愛していることなど分かっている。分かってはいるが、あまり時間を掛けすぎるのも良くはない。馬鹿貴族共を抑え込んでいる今のうちに、ある程度強引に事を進めて、イリスの素直な気持ちを引き出してやったほうが良いか。

 ヴェリオルが唸る。

「私達は協力を惜しみませんわ。その代わり、成功報酬をお忘れなく」

 扇で口元を隠してホホホと笑うメアリアに、ヴェリオルは決心して頷いた。

「ああ」

「そうですわ、フェルディーナとユインも、何か陛下におねだりしてみてはいかがかしら?」

 メアリアの扇の先を追うように、ヴェリオルが視線をフェルディーナに向ける。

「何か望むか?」

 フェルディーナは微かに笑った。

「そうですね、特にはありませんが……それでは祖国に援助でもしていただきましょうか」

「分かった。ユインはどうだ?」

 ユインが背筋を伸ばし、緊張した面持ちで答える。

「自分は――、一つ、いや二つ騎士の階級を上げていただきたいです」

 その言葉に、ヴェリオルは片眉を上げた。

「出世を望むのか?」

「はい」

「リュートはお前の出世を望んでいないが?」

「ならば、なおさら出世を望みます」

「…………」

 リュートが誰の為に余所に子を作ったのかなど、知らないのだろう。それを言ったところでユインの意志が揺らぐとは思えないし、おそらく納得もしない。

「いいだろう」

 成功した暁にはユインの階級を上げる、そしてリュートとの約束通り、見合い相手も紹介する。それでどうなるかまでは責任を持たない、持つ必要もない。

 メアリアがパンッと扇を鳴らした。

「そうですわ、どうせなら派手に革命話でもでっち上げましょうか」

 ヴェリオルが呆れた表情で、メアリアを見る。

「馬鹿か。イリスもそれはさすがに信じないだろう」

「そんなことはありませんわ。侍女のケティにも負けぬお姉様のボケっぷりを侮ってはいけません」

「ボケっぷり……」

 額に手を当てるヴェリオル。ユインが「そういえば……」とフェルディーナに訊く。

「ケティ殿には、計画は伝えなくていいのですか?」

 フェルディーナは緩く首を振った。

「伝える必要はないでしょう」

「そうですわ。あの侍女には、すべてが終わった暁に、獣の生首でも与えておけば、それで喜びますわよ」

 メアリアの発言に、ヴェリオルが「ん?」と首を傾げる。

「生首?」

「あら陛下、ご存知ないのですか? ケティは生首投げが得意なのですわ」

「生首投げ?」

 どこかで……と考え、思い出す。そうか、戦地で生首を投げる側室が欲しいと赤騎士に言われたが、あの侍女のことだったのかと、ヴェリオルは妙に納得した。

「なるほど、あの侍女ならやりかねないな」

 頷くヴェリオルに、フェルディーナが告げる。

「そろそろ夜が明けます。陛下はいったん、イリス様の元へお戻りになられたほうが良いと思います」

「ああ」

 メアリアが扇を広げて笑った。

「後は私達に、お任せくださいな」

「…………」

 さ、お早く、とフェルディーナに促され、ヴェリオルはメアリアの部屋から出た。



◇◇◇◇◇



 少しだけ頭の中がはっきりしないのは、寝不足か、それとも――。


「――ということで、革命を起こそうと持ちかけるようだ」


 頭の中の霞を振り払うように掌で額を擦り、ヴェリオルは目の前に立つ、ガルトとネイラスに言った。

「……馬鹿の集まりですかな?」

「許可する陛下も陛下です」

 呆れた口調の二人を見上げ、ヴェリオルは机に肘をつく。

「それから、ランガが褒賞に欲しがっていた側室とは、イリスの侍女のようだ」

 ネイラスが片眉を上げた。

「侍女? あの相当馬鹿という? まあ赤騎士には合っているかもしれませんが。――ああ、陛下、ガルト様、お時間ですよ」

 チラリと時計を見て言うネイラスに頷き、ヴェリオルは無言で立ち上がるとガルトを伴って執務室から出る。そのまま城外まで行き、待っていた馬車に乗って城から離れた。

「大丈夫、ですかな?」

「当然だ」

「失礼をいたしました」

 ガルトと短い会話だけを交わして後はただ静かに揺られ、馬車はとある屋敷の前に着いた。

 ゆっくりと馬車から降りたヴェリオルが、騎士に守られて屋敷の中に入っていく。広い屋敷の長い廊下を歩き、目的の部屋の前まで来ると、騎士がドアを開けた。

 部屋の中には、テーブルとソファー。そしてそのソファーには、男が一人座っていた。

 少しくすんだ長い金髪に優しい顔立ちのその男は、手に持っていた酒の入ったグラスを軽く上げる。


「やあ、ヴェリオル」


 まるで親しい友人にでも会ったかのような挨拶に虫唾が走った。

「久し振りだな、レオル」

「お兄様とは呼んでくれないのかい? 可愛い弟よ」

 ヴェリオルは鼻を鳴らし、ガルトと騎士に命じる。

「二人きりに」

「陛下――」

「良いから下がれ」

「……分かりました」

 ガルトと騎士が頭を下げて部屋から出ていき、ヴェリオルは男――レオルの向かいに座った。

「偉くなったな、ヴェリオル。泣きたくなると図書室に隠れる癖は、もう治ったかい?」

「いつの話をしている?」

 クスクス、とレオルは笑う。

「ザルビナ国と共謀していたのは事実か?」

「そうだね」

「サラに毒を渡したのも」

「私の指示だ」

 実にあっさりと、レオルは犯行を認めた。

 目を眇めるヴェリオルに、レオルはやれやれと首を振る。

「いろいろ気付くのが遅すぎるよ。そうだ、ランドルフの母親がお前に毒を盛っただろう? あの毒も私が用意した。可愛い息子がお前に懐いているのが許せなかったそうだよ」

「…………」

「本当に、気付くのが遅い。待ちくたびれたよ」

 レオルは酒を飲み干し、グラスをテーブルに置いた。

「ねえヴェリオル、私はお前が生まれて、本当はホッとしていたんだよ。信じるかい?」

「いいや」

 そうだろうねえ、と頷き、レオルは背もたれに身体を預ける。

「次期王として育てられ、自由のない息の詰まる生活、媚を売る貴族、優秀でなくてはいけないという重圧。悲しい時も辛い時もいつも笑って、自分が誰なのか分からなくなった。逃げ出したいけど逃げられない状況に、いっそ壊れてしまいたいと思った時――、生まれたのがお前だった。解放されたと思ったよ。だけど、そう簡単にはいかなかった」

 天を仰ぎ、額に手を乗せてレオルが笑う。

「お前がもっと賢かったら、いや、せめてもっと早く生まれてくれれば、こんなことにはならなかったのに」

「…………」

 決してヴェリオルの頭が劣っていたわけではない。ただ、レオルは優秀すぎた。次期王として、レオルを支える体制が整った後に生まれたヴェリオルの存在は、騒動の種となった。

 どちらに付くか。王妃の産んだ子が王位継承第一位ではあるが、先代王がヴェリオルではなくレオルに肩入れしていたことも、混乱を引き起こす原因となっていた。

「言いたいことはそれだけか?」

 ヴェリオルが立ち上がる。

「おや、せっかちだね。――人は殺せるようになったのかい?」

「ああ、沢山練習をしたからな」

「そうか、逞しくなったな」

 微笑むレオルの瞳を見ながらヴェリオルは剣を抜き、切っ先をレオルの首に当てた。

「ああそうだ、ヴェリオル。お前が父上の子供ではないことは知っているのか?」

 軽く言われた言葉に、ヴェリオルの眉が微かに寄せられる。

「……知っている」

「その感じだと、本当の父親が誰かも知っているみたいだね。――さよならヴェリオル」

 レオルがゆっくりと目を閉じ、ヴェリオルは剣を持つ手に力を込めた。



◇◇◇◇



 真夜中。フラリフラリと後宮の廊下を歩き、何度も通った部屋のドアを開け、眠るイリスの横にヴェリオルは潜り込んだ。

「陛下……?」

「起きなくてよい。眠れ」

 イリスが眉を寄せる。

「お酒臭いです」

「そうか、抱いてくれ」

「……眠っていいのか抱きしめるのか、どっちですか? 相当酔ってらっしゃいますね」

「抱いてほしい」

 ヴェリオルの言葉に「そうですか」と答え、あくびをしながらイリスはヴェリオルを抱きしめた。

「ああ、安らぐな」

「私は安らぎません」

「お前は俺の安らぎの女神だ」

「先日はたしか、幸運の女神だと言っていませんでしたか?」

 ヴェリオルが静かになる。寝たのかと思い、イリスが抱きしめる腕を外そうとした時――。


「俺も王になど、なりたくなかった」


 喉に詰まったものを吐き出すように、苦しげにヴェリオルは言った。

「何を突然……」

 その内容に、イリスは驚く。

「こんな立場、くれてやっても良かったのだ。要らなかった、俺は」

「陛下、落ち着いてください」

「俺は――いや、『俺が』要らなかったのか?」

 初めて食事に誘われたのが嬉しくてはしゃいだ。気に入られようと、沢山話した。それなのに――床に崩れ落ちた自分を冷たく見下ろす瞳。胸の苦しみ、吹き出す汗、嘔吐、悲鳴。

「何故、俺は助かってしまったのだ」

 死の直前、病床に呼ばれて告げられた真実。裏切った者へ、その子へ、最期の復讐。

 愛されなくて、当然だった。

 本当は、王になるのは――。


「陛下!」


 ドンッと肩を叩かれて顔を上げると、顔を顰めるイリスと目が合う。

「痛いです」

 言われて気づく、イリスの胸に爪を立てていた。

「……すまない」

 傷に舌を這わせると、イリスが身体を捩る。

「やめてください、気色悪い」

「愛している」

 イリスの男のような胸に、ヴェリオルは顔を押し付けた。

「迷惑です」

「愛してくれ」

 頭上から聞こえる、小さな溜息。

「分かったので、もう寝ましょう」

「ああ」

 抱きしめられ、子供の様に背中を撫でられて、ヴェリオルは眠った。




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