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「王と安らぎの女神たち」 他番外編  作者: 手絞り薬味
王と安らぎの女神たち
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 鋼鉄薬のおかげなのか、イリスの身体は順調に回復していった。

 『空飛ぶ馬車』の話に興味を持ったヴェリオルは、イリスの兄を研究所へと招き入れた。そして――。


「立場をわきまえない者が多くて困ります」


 言葉とは裏腹に、フェルディーナの口元は笑っていた。

 早朝。まだ暗い時刻に後宮の空き部屋で、ヴェリオルはフェルディーナから報告を受けていた。

「何とかしていただきたく存じます」

「分かっている」

「何か、たくらんでおりますよ」

「サラがか?」

「いえ、メアリア様が」

「メアリア?」

 首を傾げるヴェリオルに、フェルディーナは頷く。

「あれは唯の馬鹿だ、問題ないだろう」

「そうですか。ですが彼女はロント家のお嬢様です。せっかくですので有効な活用方法があれば良いのですが」

 ヴェリオルは、フェルディーナをじっと見つめた。

「……お前は、良く分からないな。目的はなんだ?」

 フェルディーナが緩く首を振る。

「私は、ここで生きていくだけです。そう約束いたしましたから」

「誰とだ?」

「……似ていますね」

「誰に、だ?」

 フェルディーナはクスリと笑い、ヴェリオルの首に腕を絡めた。ヴェリオルが目を眇める。

「……愛していたか?」

「さあ、良く分かりません。ただ、忘れられない存在ではあります」

 フェルディーナは背伸びをし、唇をヴェリオルの首筋に軽く触れさせて、ゆっくりと体を離した。

「死ぬほど鞭打たれたのも、今では懐かしい。寝室の隠し部屋にまだありますか? いろいろと……」

「あれはお前用だったのか」

 ヴェリオルは鼻を鳴らし、己の首筋に指で触れる。

「あまり派手なことはするな。――まだ、な」

「分かりました」

 フェルディーナが頭を下げる。ヴェリオルは踵を返して歩き出した。



◇◇◇◇



「ランドルフに会いに行く」


 執務中の突然の言葉に、ネイラスが眉を上げる。

「殿下に?」

「ああ」

「……分かりました。少々お待ちください」

 書類を処理しながら暫く待っていると、準備が出来たとネイラスから声がかかる。ヴェリオルはゆっくりと立ち上がると、幽閉中の弟に会うために北の塔へと向かった。


「兄様! お待ちしておりました!」


 ヴェリオルが塔に足を踏み入れた途端、ニコニコと嬉しそうに笑いながら、ランドルフは駆け寄ってきた。

 そんなランドルフを子犬のようだとヴェリオルは思う。

「ああ、元気そうだな」

「はい」

 他の兄弟と違い、ランドルフは昔からヴェリオルを慕っていた。小さい頃、ちょっとした気まぐれで情けをくれてやっただけで――。

 ヴェリオルは唇に笑みを浮かべ、勧められるままに椅子に腰かけた。

 ランドルフが淹れた茶を飲む仕草をしながら、他愛もない話にうつむき加減で相槌を打つ。そしてふと思い出したように、ヴェリオルは顔を上げた。

「そういえば、メアリアが後宮に居るのは知っているか?」

 その言葉に、ランドルフが軽く目を見開く。

「後宮? 側室になったのですか?」

「ああ」

「そうですか。メアリアは可愛いから、兄様と並んだらさぞかし絵になるでしょう」

 ランドルフは微笑んだ。

「確かに、見た目だけは良い女だ」

「中身も素敵ですよ。少しお転婆ですが」

 ヴェリオルが目を眇める。

「愛しているか?」

 ランドルフは頷いて答えた。


「はい。兄様の次に愛しています」


 真っ直ぐ見つめてくる弟に、ヴェリオルは笑みを深くする。

「いずれメアリアと会わせてやろう」

「本当ですか?」

「ああ。そうだ、再会時には派手に泣け」

「兄様がそう言うのなら、頑張っていっぱい泣きます」

 任せてくださいと言わんばかりに拳を握りしめるランドルフに頷き、ヴェリオルは手を伸ばした。

「髪が伸びてきたな」

「はい」

 背中まで伸びた、自分と同じ色の髪を、ヴェリオルは指先で弄ぶ。ランドルフがくすぐったそうに笑った。

「……切ってやろうか?」

「え?」

 首を傾げるランドルフを尻目に、ヴェリオルは腰に差してあった短剣を抜いた。

「動くなよ」

「兄様……」

 ランドルフが甘えた声を出し、ヴェリオルに手を伸ばす。

「こら、動くな」

「だって……」

 唇を尖らせたランドルフの頬を宥めるように一度撫で、ヴェリオルは目の前の髪を片手で纏めて刃を当てた。



◇◇◇◇



 執務室でヴェリオルが、積まれた書類の多さにイラついていると、外に出ていたネイラスが帰ってきた。

「イリス様の兄上が、面白いものを色々と作っているようですよ」

 執務室に入ったネイラスは、そのままヴェリオルの前に立って開口一番そう言った。そういえばネイラスは研究所に行っていたのだったなと思い出しながら、ヴェリオルが訊く。

「面白いもの?」

「ええ。『奇才』と所長は言っていましたが」

「どんなものを作ったのだ?」

「とっても役に立ちそうなものです」

 悪戯っぽく笑うネイラスに、ヴェリオルが片眉を上げた。

「ほお。役に立ちそうなものか。それは見てみたいな」

 二人の会話に、少し離れた場所で書類を整理していたガルトが割り込む。

「視察されますか? 夕方からなら少し時間がありますが」

「ああ、そうしよう」

「では、夕方までにこれだけの書類を終わらせてください」

 目の前まで来てバサリと渡された書類の量に、ヴェリオルが顔を顰める。

「……多いな。これを夕方までにだと?」

「机の上の書類もです。終わらなければ視察は無しになります」

「…………」

 ヴェリオルは黙って一番上の書類に目を通して署名をする。そうしてなんとか、予定よりも遅い時間に今日の分の執務を終わらせて、お忍びで研究所へと向かった。


「ようこそ、陛下」


 出迎えた所長は、笑顔を浮かべてヴェリオルを部屋の一つに案内した。

「見てください、こちらです」

 所長が自慢げに見せた掌に乗る丸い塊を、ヴェリオルは眉を寄せて見る。何かの装置のようではあるが……。

「これはなんだ?」

「はい。ここを押すと………」

 小さな突起を押すと、装置はウーウーと鳴りながら光った。ヴェリオルの眉根の皺が深くなる。

「これが何だ?」

「すごいでしょう」

「…………」

 すごいのかどうか分からない。光るということはランプのようなものなのかとヴェリオルが思った時、装置の音と光が消える。

「勿論これだけではありません。こちらを見てください」

 所長は装置を置いて、傍らに丸めて置いてあった紙を机の上に広げた。

「ジンが考えた新型の大砲の図面です。従来のものと比べて、威力も飛距離もかなり伸びています」

 所長の言葉に、ヴェリオルが身を乗り出す。

「新型の大砲? こういったものを先に出せ」

「ジンが本気で取り組めば、もっとすごいものが出来るかもしれません」

 ヴェリオルが顎に手を当てる。新型の大砲、その性能が本当に素晴らしいものならば、今頭を悩ませていることのいくつかが解決するかもしれない。

「ほお、そうか。では本気になってもらおう。可愛い妹のために、な」

 その時、ノックの音がした。

「ジン様をお連れしました」

 少し高めの声がしてドアが開く。

 ヴェリオルが口角を上げた。



◇◇◇◇◇



 イリスの兄は使える。

 予想外の事実に、ヴェリオルは機嫌がよかった。

「思わぬ拾い物でしたね」

 そう言って笑うネイラスに、ヴェリオルが頷く。

「ああ」

 見た目は異常だったが、それは関係ない。必要なのはその頭脳。おまけに妹の名を出せば、あっさりと転がってきた。

 イリスには兄がいかに優秀であるかを大袈裟に伝えてやろう、そうヴェリオルが思った矢先――。


「陛下、愛しています」


 機嫌よくイリスの部屋に来てみれば、そこには思わぬ人物が居座っていた。

 ハラハラと涙を流すメアリアに呆れ、そんなメアリアに味方するイリスにヴェリオルは苛立つ。

「お二人が並んだ姿は、なんて絵になるのでしょう」

 イリスの賞賛を聞きながら、ヴェリオルはフェルディーナへチラリと視線を向ける。フェルディーナは無表情でイリスを見つめていた。

 やはりよく分からない女だと思いながら、ヴェリオルはメアリアとランドルフの関係を暴露し、イリス以外を部屋から追い出した。メアリアのたくらみとはイリスを味方につけることだったのかと脱力する。実にくだらないことを考える。

 それにしても――。

 イリスを着替えさせてやり、ヴェリオルは互いの額をくっつけて忠告した。

「もう少し考えろ」

 これから王妃となる者として、これでは少々不安がある。妃教育をどうするか早めに考えなくてはいけないなと思いながらイリスの質問に適当に答えていると、不意にイリスの言葉が途絶えた。

「弟殿下の恋人と知っていて、お相手をさせたのですか? それはあまりに酷ではございませんか」

 メアリアはそのつもりであったのだし、ランドルフはそのことに関しては何も思わないだろう。しかしイリスが気にするのならとヴェリオルは首を横に振った

「いや、抱いていない」

「あら、そうだったのですか」

 覗き込んでくる瞳は何の疑念もない。

「…………」

 思わず視線を逸らす。


「……まあ、いいですけど」


 いいのか。それはそれで残念な気もする。

「寝るぞ」

 独占欲の塊である他の側室とは大きく異なる、そんなところも魅力の一つか。

 横になったイリスが眠りにつくと、ヴェリオルは静かにベッドから降りて部屋を出た。部屋の外に立っていたユインが敬礼をする。

「メアリアのこと、何故報告に来なかった?」

 ユインが動揺した感じで一瞬視線を彷徨わせ、背を伸ばす。

「申し訳ございません。すでに陛下はこのことをご存知だとフェルディーナ様から伺ったので……」

「お前は誰に忠誠を誓っている?」

「陛下です」

「分かっているなら良い。これからは何かあれば小さなことでも報告するように」

「は!」

 敬礼をするユインを一瞥し、そのままヴェリオルは後宮の出入り口へと向かい――しかし途中にある部屋の前で止まった。軽くノックをすると、誰何の声が聞こえる。

「開けろ」

 一言発すると、ドアが開いた。

「……何をしに来られたのかしら?」

 あれだけやり込められても、なおも己を睨み付けてくる気の強い女――メアリアに、ヴェリオルは懐から取り出した髪の束を投げた。

「これは……」

「見覚えがあるか?」

「まさか、殿下の……?」

 震える手で髪を握りしめるメアリアに、ヴェリオルは目を眇めて告げた。

「ランドルフから伝言だ。『メアリア、もうこんなところは嫌だ、君に会いたい』」

「――――!」

「泣いていたな」

「殿下……!」

 メアリアの目から大粒の涙が零れる。

「あれがどうなるかは、そなたしだいだ」

「…………」

 メアリアはひとしきり泣くと、涙を拭いてヴェリオルを見上げた。


「何を……お望みですの?」


 ヴェリオルの口角が、かすかに上がった。



◇◇◇◇



「殿下方を監視していて、偶然ある情報が手に入りました」


 珍しく、少し歯切れ悪い感じで報告するネイラスに、ヴェリオルは持っていたペンを置いた。

「殺された料理人が、あるお屋敷に出入りしていたようです」

「誰だ?」

「……レオル殿下の所有するお屋敷です」

「…………」


 レオル。


 ヴェリオルは、久しぶりに聞いた腹違いの兄――長兄の名を、心の中で反芻する。……関わっているのか。

「更に、ザルビナ国に潜り込ませていた者からの情報で、我が国の誰かがザルビナ国の者と密かに連絡を取り合っている形跡があるようです」

「……誰かとは?」

「そこまでは分かりません。しかし……一つの可能性が出てきましたね」

「…………」

 レオルとザルビナ国とサラ。繋がっているのか。

 ヴェリオルは俯き、額に手を当てた。


 『ヴェリオル、君は存在してはいけない。そう思わないかい?』


 幼い頃聞いた、レオルの言葉が蘇る。

 頬を撫でてくる血まみれの手、床に転がる剣、微笑み、生暖かく濡れる下半身――。


 『残念だったね。大きくなったらまた挑戦してごらん』


 存在してはいけないのなら、何故殺さなかった? そして何故今更になって、行動を起こす?

 本来なら王になっていた優秀な長兄。貴族から聞こえる陰口。

 そう、本来なら――。


「陛下」


 肩を揺すられてハッとする。

「この国の王はあなたです。ヴェリオル陛下」

 見下ろしてくる瞳。それを暫く見つめ、ヴェリオルは肩に乗る手を振り払う。

「そんなことは分かっている」

 自分の机に戻れと手を振り、ヴェリオルはペンを手にした。



◇◇◇◇



 何故また居るのか。

 すまし顔でお茶を飲むメアリアに、ヴェリオルは苛立つ。

 『他の側室が居る前でイリスに傅け』

 そうは命じたが、決してべったりとイリスに付いていろとは言っていない。

「そなた……いや、そなた達、余が不快になると分かっていてわざとやっているだろう」

 ささやかな嫌がらせのつもりなのか。

 メアリアが無礼にも、扇でヴェリオルを指す。

「早く処分すれば良いでしょう? また繰り返しますわよ」

「…………」

 女の勘なのか、それともフェルディーナかユインが漏らしたか。どちらにしろ、メアリアは暗に知っていると告げていた。

 ヴェリオルがイリスのまだ短い髪を手で梳き、抵抗するようにイリスが軽く首を振る。

「疑わしきは処刑ですわ。向こうがガタガタ言うようなら軍を出して征服してしまえばよいではありませんか。ねぇ、フェルディーナ」

 視線を向けられたフェルディーナが口角を上げた。

「……簡単に言うな」

 そんな簡単にすむのなら、とっくにやっている。

「またお姉様を怪我させるつもりですの? 頬の醜い傷痕を見て何も思いませんの?」

「もう怪我などさせない」

 残ってしまった傷跡をイリスは諦めていた。それが心に突き刺さる。

 そこに馬鹿な侍女が割り込んできた。

「イリス様を怪我させたのはあなたでしょう?」

「やったのは私じゃありませんわよ」

 余計なことまで話し出すメアリアに、更に苛立つ。

「もういいから部屋に帰れ!」

 メアリアも侍女たちも部屋に帰し、ヴェリオルはイリスをベッドへと運び、着替えをさせた。

「気になるか? ――誰がお前をこんな目に遭わせたのか」


 もう少し、あと少し――待ってくれ。


 あっさりと眠ってしまったイリスの頬の傷を指でなぞる。

 ヴェリオルは部屋を出た。後宮を出て待っていた騎士に告げる。


「王太后の離れへ行く」


 『たとえ何があろうとも、貴女を全力で守ることを私は誓う』

 その為には――使えるものは使わなければいけない。

 薄暗い廊下を、ヴェリオルは真っ直ぐ前を見て歩いた。



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