第8話・トス&シュート
1966年2月4日・アクィラ
今日の搭乗員待機所は、異様な雰囲気に包まれていた
『これより、出撃ミーティングを開始する!』
アクィラ飛行長のダンテ大佐が、エミリアを連れて前に立つ。彼はヴェノムやバンパイアを撃墜した経験のあるエースである。特にバンパイアを落としていることから、エクソシストの異名を持つ。階級で空に上がれないのが不満らしいが
『我々航空隊が受け持つ攻撃目標は、海岸部から100キロほど内陸に入った、カデンという旧都市跡のコアに決まった』
『やるのは一カ所なんですかい?』
第三中隊の中隊長が手を挙げて質問した
『今はな。まずは戦力を集中し、確実に潰す。ムッソリーニだって沿岸都市のソウケンしか攻撃予定に入れていない』
流石にこの時点で勝手な行動を取るわけにはいかない。第一段、第二段の作戦を踏んでからの掃討爆撃だ
『よって諸君らが望むような降爆や、機銃掃射は全面的に許可しない!』
一斉にブーイングの嵐がピストに鳴り響く
『降爆じゃなきゃ、正確な爆撃は望めませんぜ!』
『機銃掃射なら、誰が殺ったかすぐわかるのに、横暴だーっ!』
何の事は無い、エミリアのためと奮い立つ彼等にとって、正確な一撃を加えられる方法が望ましいだけだ
『落ち着け諸君』
エミリアが前に出た
『聞いてほしい』
雑音が一瞬にして消えた。飛行長涙目である
『私達は武装したら100ノットそこそこの機体でコアを相手にしてきた』
前のブリーフィングでも言ったな?と、念を押すエミリアに全員が頷いた
『凄い勢いで伸びてきて進路を塞ぐ樹木。そちらの世界で言う、タンポポの綿に乗って飛び、マツボックリやホウセンカのように炸裂し、椰子油のように燃え盛る種子を飛ばしてくる阻塞気球群』
高空以外は、前部機銃座がなければ決して突破など出来なかった
『油断していい相手では無い。一人でも人員が欠けた中隊を、私は絶対に許さない』
エミリアはこれだけは言わせてもらうと怒鳴った
『それで、この飛行長とウ゛ィエステ艦長を交えて私が作った戦法だ。文句を言わずに同意してほしい』
エミリアはそう言うと、つかつかと飛行長の後ろに下がった
『みんな、何か異義はあるか?』
顔を見合わせる隊員達
『異義なーし!』
『何の文句を言っていたのか、三割頭なので忘れてしまいました!』
何と言う身替わりの早さ、なんともイタリア人である
『全くこいつらと来たら・・・』
これではエミリアが飛行長なのと、全然変わらんじゃあないか
気を取り直して飛行プランをダンテ飛行長が説明する
『我々にはヘルシアの機体よりもっとスピードがあり、搭載能力がある。この点を十分に利用する』
そして我々の機体は幸いな事に、音速を越えることが出来る。その植物群は生物である以上、おそらくは振動を感知器官で察知していると思われる
『当該目標に近付くのに、音速を出しつつ低空を進攻する』
日本人部隊である第八中隊の隊長、柿崎少佐が手を挙げて質問した
『中高度から、効果範囲の広い焼夷弾を投下してはどうか』
ダンテ大佐は頷いた
『確かにそう考えるのは正しい。しかし我々の保有する焼夷弾には、ナパーム油が使われている』
こちらの世界の植物性の物を投下しては、無用な情報を与えかねない。未だ確立した攻撃方法を得ているわけでは無い我々にとって、それは得策ではなかった
『これは迂闊でしたな』
肩を竦めて柿崎少佐は座った
『ナパーム等を除いた焼夷弾を生産するまで、それは待ってほしい。低空進攻は、そのかわりとして命中精度を上げるための物だ。トスボミングをする上でな』
トスボミング、機体を目標上空で離脱上昇させながら爆弾を投じるやり方だ
『これに四個中隊を投じる事にした』
72発の一トン爆弾が投じられるのだ
『一個中隊はミサイルを搭載。誘導が可能か試す。そして、万が一の護衛に一個中隊。よって攻撃隊は六中隊で行い、残りはアクィラの直援だ』
『『『な、なんだってー!』』』
つまり攻撃出来ない隊が、最低三つ出来てしまうじゃないか!
『つべこべ言うな!行く隊もそれぞれ決まっている!残るものも、第一次攻撃だけで済まない場合もある。だれたら承知せんからな!』
『ふぁーい』
明らかにテンションが下がった返事である
『出撃メンバーは格納庫のボードに張り出してある。私も偵察管制中隊の機で出る!56機を一度に出すなんて滅多にないんだ!気を引き締めていけ、以上解散!』
とりあえず出撃メンバーを確認するべく、隊員の一部が駆け出す
『うちは外されるんじゃないか?』
そう言葉を交わすのは、第八中隊の日本人達だ
『初が居るし、一応客員だしなぁ』
イメージが悪いのと、自国の人間では無い部隊を投入するべきかどうか・・・
『どうだろうな』
柿崎中隊長が話に加わる
『練度の確かさからみれば、俺達は先導機部隊としてうってつけだぞ?』
なにせ、イタリア海軍ジェット艦載機部隊養育の為の部隊であると共に、ヨーロッパのどの飛行隊よりも、長距離編隊飛行に慣れている
『誰か、飛行長の予定表を見に行かせたのか?』
柿崎は周りを見る。ここで話しているよりも、実際どうなっているのか見て知った方が早い
『ああ、それなら初が真っ先に・・・』
『中隊長!出撃ですよ!中隊長!』
初が喜色満面で戻って来た。あいつ・・・自分の立場考えずにまっしぐらかよ。さすが、日本人にしてイタリア人の魂を体言する男、やることに抜かりが無い
『だそうだ』
『一番隊の中で下手くその癖に、出撃を喜ぶなよな、まったく』
サポートする身にもなれってんだ
『まぁそういうな。暫くはイタリアに厄介になるんだ。きっちり仕事こなして、お駄賃もらわなきゃな』
柿崎は笑う。皆、ああは言うが、あいつの目だけは信頼している。パイロットの持つ目は、視力の良さに限らない。直感ともいうべきか、一瞬の風景で状況を掴む判断力の事である。鍛えればモノになるだろうから、そう言っているのだ
『さて、発艦作業に遅れると事だ、第八中隊。直ちに発進準備にかかれ!』
『了解!』
さっと全員が敬礼をして待機所から格納庫へと駆け出していった
雑踏から離れた所で、エミリアは誰にも聞かれないよう呟いた
『撃破なんてしなくていい・・・無事にみんな帰って来てくれ』
V・ムッソリーニ
『砲戦距離は、やはり三万かな?』
ペンネ中将はあごを撫でつつ首を傾げた
『であるならば、戦艦以外の参加は認められませんな』
砲術長は不満そうに椅子に座り込んだ
『ヘルシアで得た情報を元にしますと、こちらの御座船と呼ばれている戦艦の主砲戦距離は、ユトランド海戦での戦艦群と同等かそれ以下の一万五千が最大と見ていいでしょう。それの倍を見込めば、敵の対応力を完全に越えることが出来ると思われます』
実際の所、御座船が動くという事は十年以上無いらしいですが、と、参謀長は付け加えた
『まぁ、こちらの世界にあったであろう兵器の範を完全に越えるだけの攻撃を行うべきでしょうな』
安全を考えるならば、と、これは作戦参謀の言葉だ
『後は回を重ねるごとに近付いて、安全距離を縮めていく。しかないかな。うーん』
ペンネ中将は苦笑した。そういう慎重かつ冷静な事の運びは、性にあわないんだがなぁというのが丸わかりだ
『相手の敵生体の被害状況を確認しながら攻撃するので、五斉射程度ごとに、一度砲戦を途切る必要もあります』
ただ一気呵成に敵を撃破しては、後々のデータとして残しておけない。面倒だが、これは守っておかねばならない
『弾種は榴弾かね?やはり』
森を焼き払うには、一番効果がありそうな砲弾である
『最初はそれでしょうね。ですが、あちら側が言うコアに達するかどうか・・・』
意外と森という空間は、砲弾の威力を減殺してしまう
『そのうえで徹甲弾をぶち込めばよかろう』
おそらくは抜く事が出来るはずだ。たとえ最大硬度を持つ樹木を重ねてあろうと、1.5トンのマッハを越える金属の塊を弾くだけの力はありえまい
『核砲弾が使えれば楽なんだがね』
全員の目が、直純に集まった
『承知できません。現状の案で進めていただきたい』
相手は全員佐官以上の中、きっぱりと直純は要請を断る
『我々の最強の武器が、たかが少尉の手に委ねられて好きに出来んとはな』
参謀達はため息をついた
『まぁそういうな、後先考えずとも行動するのが、我々イタリアの良いところだが』
場を宥めたのはペンネ中将だった
『ほらあれだ、困難に憂うカッコイイ俺様が出来るチャンスだぞ、当海軍比1.5倍ぐらいで』
『モテますかね?』
ペンネは頷いて断言した
『間違いない』
暫く沈黙があった
『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、という言葉がありましたな!』
『苦難に打ち勝ってこそ、男をあげることが出来るというもの』
なんと身代わりの早い・・・頭痛くなってきた
『少尉』
『は、は!?』
不意にペンネに問われたので、慌てて返答する直純。その眼光に竦みあがる
『最悪の場合、使う許可を迅速に君が出せるかが艦隊の存亡にかかわるぞ?』
言葉尻は優しいが、冷汗が脇から滲み出る。この人、流石に実戦を越えて来ただけはある
『・・・出します。帝國は製造される核砲弾よりも、艦隊。いえ、イタリア海軍を重要視しておりますから』
ふいっと、眼光から厳しさが抜けた
『フフン♪ま、そんな事が無いように願うがね』
・・・大任なのだ。言うまでもなく。忘れぬようにしなければ
『それでは、赴くとするか』
ペンネの言葉と同時に、後方から轟音が上を過ぎ去っていった。アクィラの航空部隊が飛び立ち始めたのだ
『時に少尉、手を開きたまえ。それでは戦う前に怪我をしてしまうぞ』
他人に聞こえないように、ペンネは立ち上がって直純の肩を叩き囁いた。見れば、指が真っ白になるほど拳をにぎりしめている。なっ!はっ、離れない!?
『初めてとはそういうものだ。頑張りたまえよ』
そう、初と違って、俺にはまだ一度も実戦経験がないのだ
『前衛部隊前進!我々の実力を、この世界に見せ付けるのだ!』
ペンネの号令で、大和に似ながらも二重測距儀を持ち、ターレット基部に書かれたアバンティ!(イタリア語で前進!ドゥーチェが興した新聞の名。イタリア艦では、砲塔のターレットや、空母には艦橋横にスローガンを書く事がままある)の言葉と同じように、七万トンの巨体が増速し、艦隊の先頭へと踊り出た
『旧沿岸都市、ソウケン。か・・・』
直純は目標の都市の名を呟いて、艦の前方を遠くを見つめるのであった
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第九話【~焔~】
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旋風はコルセア相当です