第7話・出撃前夜
1966年2月1日・ヘルシア
轟音をあげてRー9が着陸する。機体はミラノ空軍管区のもの、イタリア空軍はかの管区から50機のRー9をヘルシアに派遣することを決定していた。これはその最初の一機だった
『旋風とはまた違う機体なんやなぁ』
フィリネは格納庫から、好奇心満々の顔で整備服の袖で汗を拭い、着陸する機体を眺めた
『はぁ・・・』
それに周りの整備班員達がため息をついて答えを返していた
『なんやなんや、みんな元気ないやん』
『班長~、この部隊が来たら、艦隊が出ていってしまうんですよ?』
艦隊の男は万を越えている。それに女王様扱いされた上に、食べ物の気前も良かった。それでいて、朝のスポーツ。大抵の女性陣が完全にメロメロになっていた
『50人ぐらい今更増えても・・・あの機体じゃあんまり物ももってきてくれそうにないし~』
空軍の皆、まだ出会ってもないのにえらい言われようである
『まったくもぅ・・・遊びほうけるのも程々にしときぃや、うちらかて、いつ出るんやわからへんのやから』
フィリネは呆れる
『でもでも~、班長は良いんですか?』
『なにがや?』
良いのかって言われても、思い当たる節が無い
『そりゃ、ねぇ!』
『そうですよ!』
キャーと、姦しく他の班員が笑う
『しらばっくれちゃって~』
『あの少尉さん、ですよ』
少尉?少尉・・・
『な!うちとあの男とが、なんやっちゅうんや!』
スパナを振り上げる
『またまた~、屋上で仲良くデートしてたじゃないですか~』
『ね~』
さすが、小さい所帯。何事も筒抜けである
『なに寝言こいてんのや、全然ちゃうって!』
顔を真っ赤にして憤慨する。だぁれがあんな唐変木な野郎と付き合わなきゃならんねん
『でもいいんですか?妹さんがあんな事になって、子供作らなきゃならないんじゃ』
『だから、なんで!あんな男と作らなきゃならんのや!』
ちなみに希望と立場によりはするのだが、ある一定の年齢期間や、家族を失った者は子作りをしなければならない。パイロットや整備員は希少な職種なので、配備に穴が空く為にかなり自由ではあるのだが
『それに、うちにとってはこの子が子供やねん』
自分が整備した機体をこつんと叩く
『そして、子供はこれに乗るパイロットの皆が生きて産めばいいねん。そやろ?』
『・・・もう。班長の整備馬鹿には呆れますよ』
処置なし、と、班員が肩を竦める
『でも、本当に脈ないんですか?』
フィリネは即答した
『全くない!』
戦艦、V・ムッソリーニ
『へっくしゅ!』
直純は盛大にくしゃみをした
『ずびばぜん・・・っと、誰かが噂したみたいです。申し訳ない』
『女性かね?』
第二艦隊司令、デ・ラ・ペンネ中将が笑う。彼の普通の海軍服だが、所々光るものがある。宝石だ
彼の経歴を栄光づけた人間魚雷での作戦。その帰還の際に身につけていた宝石を売り払う事で無事に返って来れた事から、海軍軍人たるもの、身嗜みとして一つは宝石を持つべきだ、と訓示し、自ら多数を保持しているだけの事はある
『いえ・・・特に相手もいませんので』
『まったく、君らはストイックで困る』
中将は手を差し出した。あ、指輪が無くなっている
『あちらの首脳部との会議の後、秘書さんを捕まえてこうだよ、あなたの為に戦わせてもらいます。出来ればこの指輪をあずかってほしい。必ず帰ってきます、とだ。これでもう一度会えるし、戦勝、あるいは生還祝いに飲みに誘って』
完全な死亡フラグじゃないか、指輪が母親のものだったら尚更だ
『閣下がおモテになるのはわかります、それよりも』
直純が話題を変えさせる。ペンネは不満そうに頷いた
『解っている。核砲弾の事は、我々も熟慮しているさ』
なにせ、44発しかない代物だ
『北米での使用事例では、植物の変異が見られています』
史実長崎でも、異常植物の発生が報告されている。それに被爆クスノキを見てわかるように、被爆したからとて、植物自体が死なない可能性も少なくない。しない方がマシな結果に成り兼ねない
『我が国の核保有量が目減りしてしまうことも、帝國の意志としてはあるのだろう?』
『はい、転移に付き纏うのは、再転移の危険性です』
戻って来た時に、フランスに負けてもらっては困るのだ
『使用は保有量を越える砲弾が出来てから、可能な限り限定して行っていただきます』
『その目付けが君だからな、わかったよ。だが、第二段作戦には口をだしてくれるなよ?』
頷く直純。しかしあの作戦について・・・個人としては第二段の作戦こそ避けるべき物だと考えるのだが、核以外の事柄まで口を出すのは、イタリア国家の主権に関わる。それは出来ない
『出航は明日、観戦武官として存分に我が海軍の手並みを見てもらうよ』
『承知しております』
大戦では地中海で多大な活躍を成し遂げ、スエズ・エジプト動乱で戦艦二隻の撃沈を見せ付けたイタリア海軍の実力を知りたいというのは海軍軍人の性として否定できない
『謹んで拝見させていただきます』
アクィラ
『郵便機が届いたぞぉ~!』
出撃前にアクィラへと届けられた品は、家族や知人、恋人からの郵便だった
『郵便か・・・』
エミリアは、郵便物を受け取っては狂喜乱舞する乗員達を見て、微笑んだ
『・・・』
唯一浮かない顔をしているのは、第八戦闘飛行隊・・・初ら日本人達だった
『この機会に受け取れなかったら、日本という国からの郵便はずっと来ない・・・か』
なにせ世界が違う、送りようがない。既にイタリアに着いている分は今回で終いなのである、家族持ちに辛い現実だ。スキマでもいれば別なのだろうが
『第八!そっちには手紙一束と包みが一つだ!』
担当の者が放り投げるのを、隊員が受け止める
『おお!全員の分あるぞ!』
確認していたそいつが確かめて、喜びの声をあげる。それに呼応して、他の隊員もわっと群がる
『初、貴様には包み、手紙には兄貴だな。妹さんからだ』
『なんなんだ、初音はこんな物送り付けて』
初は怪訝な顔をしている。まさか入っちゃおらんだろうな
『なんだった?早く開けてみてくれよ!』
『食い物だったら分けろよな!』
『お、応』
周りにせかされて、初は封を開ける。中から出て来たのは・・・黄色い長方形の物体、これは
兄が失礼しております。是非皆さんでお食べください
メモ紙がひらりと舞い落ちた
『おっ!カステラじゃないか!名前が張ってあるぞ!』
わらわらと奪い取るようにカステラが無くなっていく
『えっと、俺の分は、と』
初が探ると、底に名前の貼った袋がある
兄貴へ、切れ端を処分しといて。追伸。ナオ君には手紙をちゃんと渡すこと
『あー、なんだ。残念だったな初』
完全なついでの文に、ポンと肩を叩かれる初、もう灰になってしまっている
『ナオ君て・・・直純少尉の事か?』
エミリアがその単語に反応する。その、なんだ、随分フランクな・・・彼のイメージからしてそんなあだ名がつくとは。もしや非番の時は柔らかい性格なのだろうか
『あんな風になったのは、一年半ぐらい前の話だよ・・・俺は切れ端・・・何でこんな扱いをされにゃあならんのだ・・・』
あんまりな扱いに、問答が出来なさそうだ
『なんなんだ、それは?食べ物みたいだが』
話題を変えてみる
『卵と砂糖、小麦粉で出来たお菓子さ、元々はポルトガルという国の、カステーリャ地方にあったお菓子なんだが、今はふわふわの別物になってる』
あ、中隊長さん。説明ありがとうございます
『お菓子なのか』
その隣で初が代わる代わるに慰められている
『おら、初。航空糧秣のあまりなガムやるから、落ち込むな』
『仕方ねぇな、食堂からくすねて来た(本来は持ち出し厳禁)ハンバーガーやるから、な?』
『秘蔵の塩饅頭、やるから』
他の隊員達は、どこから出したのか、手に手に食料を初に渡している。そういえば、コック長が
『日本人の奴らは勤勉だし、仕事もありえねぇくらいきっちりする(イタリア人目線)そして大抵の事には目くじら立てる事も無い。だがな、食い物には注意しろ、後はどうでもいい!食い物だけは出来るだけの事をしてやれ、いいな!』
と、新米を叱りながら言っていたのを思い出す。やっぱり食べ物にはうるさいんだろうか、この人達
『『『いいな!妹さんに悪口でも言おうもんなら、ただじゃおかないからな!』』』
・・・餌付けされてないか?こいつら
『食べますか?』
中隊長さんがちぎって渡してくれた
『いいんですか?』
『かまわんよ』
有り難くいただく
もきゅもきゅもきゅ
『どうだい?』
中隊長がニヤニヤしている
『・・・砂糖?の粒がザラッとして、でもふんわりとした生地ですごく美味しい・・・んですけど』
言うべきか言わざるべきか
『なにか帯みたいな異物が気になるかい?』
『え、あ、はい・・・飲み込んだりしていいものか、ちょっと・・・』
あっはっは!と、中隊長は笑いを堪えきれずに吹き出した
『吐き出して吐き出して、それはただの紙だから。食べちゃダメだよ。こうやってホントは食べるんだ』
中隊長は自分のカステラの底紙をめくって噛り付いた
『お、教えてくれても・・・』
『いやぁ、これでまた同志を増やせたよ。自分も初見の時に紙を飲み込んだ事があってね。随分笑われたよ』
してやったぜって顔をしないでください
『あーいたいた、エミリアさん!』
郵便機のパイロットが駆けて来た
『ここの連中の手紙は所定の位置にあるから、それを持ってきゃいいんだが、あんたさんはヘルシアの誰かに言付けとかはないか?伝えとくよ!』
言付け・・・一応部屋は片付けてきたし、腐るような食料は置いてない
『大丈夫です。ありがとう』
『そうか、気をつけてな。てめぇ等も頑張れよ!』
発艦に時間がないのか、それだけ言うと彼は身を翻した
明日から航海が始まる。その先に一体なにがあるのか・・・それは誰にもわからなかった
次回、享楽と絶望のカプリッチョ第八話【~トス&シュート~】
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